40 相造性の指輪
40 相造性の指輪
それから俺たちは洞窟をさらに進む。
行く手に王家の扉はあったものの、さすがに秘密の通路だけあってモンスターとの遭遇はなかった。
これで最後っぽい王家の扉を開けたとき、地図を見ていたポーキュパインが「あっ」と声をあげる。
「どうされましたか?」とイズミが尋ねると、ポーキュパインは飛び上がるくらいビックリしていた。
「なっ、なんでもない!」
珍しくアタフタして、地図を背中に隠していた。
そんな不自然な一幕はあったものの、俺たちはついにデストラのいる最深部にまでたどり着く。
秘密の通路の果ては、岩肌に偽装した鉄扉となっていて、そっと開くと広い空間が見えた。
こっそり中を覗いてみると、そこはデストラのいる谷底の中腹だった。
遠方には、巨大な神像のように座っているデストラの姿が。
十数メートルほどの眼下には、岩の檻に囚われた国王や勇者たちの姿が見えた。
「パパ!」と乗りだそうとするポーキュパインを、俺は慌てて押しとどめる。
「邪魔しないで!」と睨み付けてくる彼女に、俺は額に汗して告げた。
「こっ……ここ、は、たっ、高い位置に、ありっ……ます、からっ。
ののっ、のりのり、乗り出しすぎると、おっ、落ちてしまいます」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あんた、下にいるパパを見た!? 倒れてたから、早く助けないと!」
「あっ、慌てない、でくだ、さいっ……。でっ、デストラがいるのでっ、しっ、慎重にっ、かっ、かからないと……みっ、見つかって、しまい、ますっ……」
「じゃあ、どうするつもりなの!?」
俺の額の汗を、イズミが拭ってくれている。
俺はイズミになら流暢に話せるので、会話の相手の変えた。
「ちょっと考えるから、待っててくれるか」
事情を察したイズミは、ニコッと微笑む。
「はい。かしこまりました、ユニバス様」
「ったく、なんで精霊相手には普通にしゃべれて、ウチにはオドオドしてんの……!」
イライラするポーキュパインをよそに、俺はしばし考えにふける。
国王たちのいる下の地面までは、岩壁の手掛かりを伝えば降りられるだろう。
しかし問題は地面に着いたあとで、デストラの目をどうやってかいくぐりながら人質を救出するかだ。
寝るまで待つという手もあるが、国王が倒れているとなると、悠長なこともしていられない。
すぐに救出するには、あの手を使うしかないか……。
俺は、ティフォンとイズミを見やる。
ふたりはじっと俺の顔を見つめていた。
「ティフォン、イズミ。キミたちふたりの力を貸してほしい。
しかしこれからやることは、キミたちのプライバシーに踏み入るような行為だ。
だから……」
「もう! 嫌なら断ってくれてもいいだなんて言わないでよね!」
「左様でございます。わたくしたちはユニバス様の命令なら、どんなことでも従いますので」
そう言われると逆にやり辛くなってしまったが、「どんな方法でもいいから、早く!」とポーキュパインに急かされてしまう。
俺はしかたなく、作業服のポケットから、4つの指輪を取りだした。
「これは俺が試験的に作った、『相造性の指輪』だ。
嵌めて手を繋ぎ合うことにより、属性相生や属性相克の効果を促進することができる。
ただひとつ欠点があって、手を繋ぎ合っている者の記憶や思考が、お互いにわかってしまうことがあるんだ。
キミたちの思い出や考えていることが、他人に見られるだなんて嫌だろう?」
だから俺はこの指輪を試作段階で封印し、世には出さなかったんだ。
きっと精霊姫たちも嫌がるだろうと思っていたら、ふたりともノータイムで首をふるふるした。
「え? ぜんぜん嫌じゃないよ? ユニバスくんに見られるんだよね?」
「左様でございます。わたくしたちはもう、身も心もユニバス様に捧げております。
見られて恥ずかしいところはありますが、嫌なところなどひとつもございません」
「うわぁ、そう考えるとなんだかドキドキするね、イズミちゃん!」
「はい、うれしはずかしです!」
妙なところで盛り上がる精霊姫たち。
まさかすんなりオッケーが出るとは思わなかった。
「あ……それと大事なことを言い忘れてた。見られるのは俺だけじゃなくて、ポーキュパイン様にもだ」
すると精霊姫たちは、形容しがたい表情になった。
「え……パインちゃんにも見られちゃうの?」
「はい。それはちょっと、ご遠慮いただけると……」
これにはすぐに異論が飛んでくる。
「ちょ、どうしてよ!? 異性のユニバスがオッケーで、同性のウチがダメだなんて納得いかない!」
俺はすかさず言い添える。
「あっ、それに見られるのは精霊のキミたちだけじゃない。
人間側……つまり俺とポーキュパイン様の考えていることも、キミたちに見えるかもしれないんだ」
「ええっ、それ最高! ユニバスくんの考えてることがわかるだなんて!」
「そ、それは、天国への片道切符のようでございます!」
精霊姫たちはますますノリノリになったが、ポーキュパインはトーンダウン。
「ええっ、ウチの考えてることを見られちゃうの? それはちょっと……」
ティフォンとイズミは「それでいいの?」みたいな表情で、ポーキュパインをじっと見つめる。
やがてこの国のお姫様は、腸を断たれたような声で叫んだ。
「えぇい、わかった! これもパパを助けるためよっ!
でもユニバス! もしウチの考えていることを見たとしても、誰にも言っちゃダメだからね!
もし言ったら、あのときみたいにボコボコにするから!」
お姫様に極寒の声で脅され、俺はのけぞりながらなんども頷いた。
それから俺たちは『相造性の指輪』を嵌め、輪になって手を繋ぎあう。
俺の両隣にはティフォンとイズミ、対面にはポーキュパイン。
俺は、正面にいる人間とは目を合わせずに言った。
「これから、風の精霊と水の精霊の属性相克を行なう。
相克のコツは、『ひたむきな思い』だ。
なんでもいい、自分がこれだと思えることを、ひたすら願うんだ」
「うん!」「かしこまりました」
ティフォンとイズミは真剣な表情で頷き返す。
ポーキュパインはどんな顔をしているかわからなかったが、そのまま続ける。
「よし、それじゃあ始めよう。みんな目を閉じて、念じるんだ。そして、願うんだ。
自分が、これだと思えるものを……!」
俺は告げながら、ゆっくりと瞼を降ろす。
しかし次の瞬間、「ひゃっ!?」と背中に氷を入れられたような声がした。
目を開けると、ポーキュパインが手を振りほどき、信じられない様子で精霊姫たちを見ていた。
「めっ、目を閉じた瞬間、まるで電撃みたいに、両手からすごい想いが伝わってきた……!
それがユニバスだらけで……! あなたたちいったい、どれだけユニバスのことが好きなの……!?」
ポーキュパインは明らかに引いているようだったが、精霊姫たちはなぜか鼻高々だった。
「へっへーん! ユニバスくんを想う気持ちなら、誰にも負けないよ!」
「わたくしも、ユニバス様への忠誠心はどなたにも負けません! ユニバス様のためなら、この命も捧げる所存です!」