38 王女ポーキュパイン
38 王女ポーキュパイン
かつての仲間たちが、悪魔の片割れと戦い、そして敗れていたとも知らず……。
俺たちはトコナッツの王都にいた。
王都の勇者祭がどんなものなのか見てみたいとティフォンにせがまれたので、ちょっと寄り道してみたんだ。
「勇者は大っ嫌いだけど、お祭りは大好き! 楽しいねぇ、ユニバスくん!」
屋台の食べ物を両手に、賑やかな人通りを練り歩くティフォンはすっかり上機嫌。
隣には、母親のようなイズミが付き添っている。
俺はその後ろを歩いていたのだが、あまり気分がいいとは言えなかった。
なぜならば、俺は人混みが苦手だから。
「精霊混みなら平気なんだけどな……」
なんて独り言を口にしながら、ふと目に入ったギルドの建物。
通りすがりに窓を覗いてみたら、受付カウンターに立っている人物が手招きをしていた。
「あれは……!」
俺は精霊姫たちを呼び戻し、祭り巡りを一時中断してギルドに入る。
ギルドの中は勇者祭のせいか、人気はあまりない。
ティフォンは受付嬢を見た途端、ケチャップまみれの口をあんぐりさせていた。
「うわぁ、レセプルちゃん!? なんでわたしたちの行く先々にいるの!?」
「その理由はすでに申し上げましたわ。ユニバスを這いつくばらせ、勇者様の無念を晴らすと」
ティフォンは「うえぇ」と嫌そうな顔をし、イズミは困り顔。
俺はべつに気にしていなかったので、そのまま話を進めた。
「ってことは、またなにか仕事をくれるのか?」
「ええ、そのつもりでしたわ。でもあなたを名指しで指名するクエストが入ってきたんですの。
あなたみたいな人夫を名指しするだなんて、ただの人違いか、依頼人は相当な変わり者ですわね。
名指しのクエスト場合は、名指しされた者に優先的に割り当てられるんですの」
レセプルの言葉を肯定するつもりはないが、俺も何かの間違いじゃないかと思ってしまった。
一部の地域では誤解は解けつつあるものの、なにせ俺は無能として有名だ。
そんな人間にクエストを依頼するなど、正気の沙汰ではない。
ちょっと嫌な予感はしたが、名指しのクエストは断ることもできるはず。
話を聞いてからでも遅くはないだろう。
「で……どんなクエストなんだ?」
するとレセプルは、ギルド内の待合室を鼻先で示す。
視線で追ってみると、がらんとしている待合室にはただひとり、フードを深く被ったローブの少女が、うつむき加減で座っていた。
「依頼人から直接聞くといいですわ」
「なんだ、持ち込まれたばかりのクエストだったのか」
それにしても、依頼人がその場にいるというのに変わり者呼ばわりするとは……。
レセプルの歯に衣着せなさっぷりは相変わらずだな。
俺は緊張しつつ、ローブの少女のいるテーブルに近づいていく。
「あ、あの……」
「座って」
少女の冷たい声に、俺は黙って従う。
丸テーブルの対面側に座ると、ティフオンがすぐに俺の右隣に座る。
左隣にはイズミの気配もあったが、気にしているどころではなかった。
「ユニバス、あんた本当に、シニストラを倒したの?」
「どっ……どう……」
「どうしてそれを」と返したかったが、言葉が出てこなかった。
「その気持ち悪いしゃべり方は、相変わらずね」
少女がそっと顔をあげると、窓から差し込む陽光で、フードの奥が明るみに出る。
見覚えのある顔に、俺は思わず声をあげてしまった。
「あっ、あなたは、ぽぽっ……!」
少女は「しっ」と鋭く歯を鳴らす。
「ウチはいま城を抜け出してきてるんだ。だから名前は呼ばないで」
「あ……はい」
彼女の名前は『ポーキュパイン』。
魔導女学院の前理事長にして、このトコナッツ王国の王女だ。
彼女は俺のどもり癖を知っているので、俺の反応など無視してどんどん話を進めていく。
「国王……つまりウチのパパがデストラの討伐に同行して、捕まっちゃったみたいなの。
この事は、今は王族の一部の人間しか知らない。でも公になるのは時間の問題ね」
そういえば、この国の新聞はここ数日、オンザビーチのデストラ討伐の話題で持ちきりだったな。
自分の父親が誘拐されたというのに、ポーキュパインはクールだった。
「デストラは、パパとブレイバンとオンザビーチを人質にして、封印の解放を要求してきてるの。
封印の解放には王族たちすべての承認が必要なんだけど、ロザリア様を筆頭とする一部の方々が、どうしても賛成してくださらなくて……。
このままじゃ、パパが殺されちゃうかもしれないの」
「あ、わかった」とティフォンが口を挟んでくる。
「それでユニバスくんに、助けに行ってもらいたいって話なんだね」
「そう。最初はシニストラを倒した魔導女学院の子たちに頼むつもりだった。
でもその子たちは『無理』の一点張りで……。
それで問い詰めてみたら、あんたの名前を白状したの」
ポーキュパインは手を伸ばしてきて、テーブルごしに俺の胸倉を掴んだ。
大人びた切れ長の瞳で、俺を切り裂くように睨み据える。
「ユニバス、ウチといっしょにパパを助けるのを手伝って。
拒否は許さない、これは命令。あんたはウチに借りがあるんだからね」
「借りってなぁに!?」と興味津々のティフォン。
ポーキュパインはフンと鼻で笑った。
「コイツが勇者パーティにいた時、旅の途中でウチの城に立ち寄ったことがあったの。
泊まっていったときに、コイツがウチの部屋に夜這いをしてね」
俺の両脇から、たて続けに絶叫が轟く。
「ええっ、夜這い!? いいなぁ!」「はい、ユニバス様からの夜這いだなんて、夢のようです!」
「フン、ウチにとっちゃ悪夢だったよ。なにせ素っ裸のコイツといる所を、真写に撮られちゃったんだから。
それを新聞にバラまかれて、ウチは『魔導女学園』の理事長から降ろされんだから」
するとティフォンは急にしらけた様子になった。
「あ、なーんだ、そういうことだったの。たぶんそれ、誤解だと思う」
「誤解なわけないでしょ。人の部屋にすっぱだかで入ってきといて……しかも部屋には鍵が掛けてあったんだよ」
俺がなにも言えずにいると、ポーキュパインは話題を強制的に戻した。
「とにかく、あんたはこれからウチといっしょに、デストラの洞窟に行ってパパを救出する。
いいね? ウチにあんなことした以上、嫌だとは言わせないからね」
「は、はぁ……」
当時、俺は彼女にボコボコにされた。
どうやらそれだけでは、罪の清算にはならなかったらしい。
俺はなし崩し的に、国王救出クエストを請け負うことになってしまった。