37 真実の悪魔
37 真実の悪魔
ロザリアの命を受けたオンザビーチは、トコナッツの国にて『ツインデビル・デストラ討伐』を公に宣言する。
時は『勇者祭』の真っ最中であり、この声明は多くの新聞に取り上げられた。
「あーしはこれから、勇者といっしょにデストラをブッ殺しに行くし!
しかもそれだけじゃない、国王もお連れして、目の前でブッ殺してやるし!」
このサプライズに、トコナッツの国王は大喜び。
勇者パーティの勇者と魔導女が再び集まり、トコナッツを苦しめてきた悪魔を倒してくれるというのだ。
勇者祭に行なわれるイベントとして、これほどトコナッツ国民の支持を得られるものはない。
国王は1も2もなく同行を承諾する。
周囲の家臣たちもこぞって同行を申し出たのだが、オンザビーチはそれをバッサリと切り捨てた。
「学院の子たちが20人でシニストラを倒したのなら、あーしは10人パーティで行って、新記録を作ってやるし!
それにツインデビルはどっちも『幻惑』を使うから、大勢で行くほうが被害が大きくなるし!」
それはもっともらしい言い分であったが、本音は別のところにあった。
そう、『トコナッツ国王暗殺』という、本来の目的に邪魔が入ってしまうからだ。
それから数日後、『ツインデビル・デストラ特別討伐隊』が編成される。
そのメンバーは、魔導女オンザビーチ、勇者ブレイバン、トコナッツ国王、選りすぐりの宮廷魔導女と聖女があわせて5名、記者、荷物持ちという構成であった。
ちなみにではあるが、宮廷魔導女たちはロザリアの息のかかったもので、オンザビーチの暗殺をサポートする手筈となっている。
そして討伐当日、デストラの封印された洞窟に入った一行は、荷物持ちの先導で通路を進んでいた。
オンザビーチの隣にはブレイバンが並んでいて、オンザビーチの肩に手を回そうとする。
「ちょ、なにするし、ブレイバン! やめろって!」
「なんだよ、お前は俺様に気があったんじゃねぇのかよ。でなきゃ、こんな美味しい話に俺様を誘うわけがねぇ」
「美味しい話って……相手は悪魔だから、油断するなし」
「へっ、魔導女学院のガキどもが20人で倒せたような雑魚だろ?
俺様どころか、お前ひとりでも楽勝だろ。手柄を独り占めできるチャンスなのに、なんでこの俺様を誘った?」
「ブレイバンってば最近、ヘマばっかりだったっんしょ?
精婚式はメチャクチャにされるし、ワースワンプとキングバイツの国王の暗殺疑惑をかけられるわで、ヤバいらしいじゃん」
「そうなんだよな。俺様はぜんぜん悪くねぇってのに……。
でもこのクエストに成功すりゃ、トコナッツとの同盟はさらに強固になる。
ワースワンプとキングバイツの国王も俺様を見直すことだろう。
とにかくチャンスが巡ってきたぜ! 頼りになるのはホーリードゥームなんかより、やっぱりお前だよな!」
ニカッと笑うブレイバンに、フンと片笑み返すオンザビーチ。
そのやりとりは、かつての勇者パーティを彷彿とさせる。
しかしそれは表面ばかりで、その裏はドロドロに汚れていた。
――たとえ悪魔をブッ殺したとしても、国王が死んだ場合、あーしの評判低下は避けられない……。
だから、国王が死んだミスを被ってもらうヤツが必要だったし。
以前だったら、バカのユニバスがその役割をしてたんだけど、今はヤツはいない……。
次におバカなヤツとなると、戦士マッスルックなんだけど、ヤツにはまだ使い道があるし。
となるとあとは、ブレイバンしかいないっしょ。
ヤツは2回も国王暗殺の疑惑をかけられているから、罪を被せるにはちょーどいいし。
そこで、オンザビーチの黒い思惑は強制中断。
「ギャッ!?」
地面の出っ張りに足を取られ、豪快にすっ転んでしまった。
「ぎゃははははは! なにやってんだよオンザビーチ!」
「って、なんでこんなに歩きにくいし!? 荷物持ちは何やってるし!?」
先頭を歩いていた荷物持ちは、ギョッと振り返る。
「ええっ、洞窟が歩きにくいのは当たり前です! それを、私にどうしろと!?」
「歩きにくいんだったら、歩きやすいように平らにならすのがフツーっしょ!?」
「えええええっ!? 大勢の人夫を呼んで、整地しろとおっしゃるのですか!?」
「ちげーよ! ユニバスが荷物持ちをやってたときは、歩くそばからどこも平らにしてくれてたし!」
「そんなムチャな!? 神様じゃあるまいし、ひとりで地面を平らにするだなんて、不可能です!」
「チッ、そんなこともできねーのかよ! ったく、使えねーし!
だったらさっさと助け起こすし! ユニバスだったら、転んだらすぐ来てくれたし!」
それからも、オンザビーチとブレイバンは苦情の嵐だった。
やれ暑いだの、やれ歩き疲れただのと言いたい放題。
勇者パーティにいた頃はユニバスに言えば、ほとんどのストレスは解消された。
今の荷物持ちももちろん優秀な人材ではあったが、しょせんはただの人。
精霊を自在に操れるユニバスとは、有能さでは比べるまでもなかったのだ。
勇者と魔導女のワガママっぷりは、熟練の荷物持ちをマジ泣きさせ、国王も苦笑させるほどであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして一行は、デストラが封印されている洞窟の最深部へとたどり着く。
デストラもシニストラと同様、深い谷底の中にいた。
そこまでは縄ばしごを使って下り、一行はデストラと対峙する。
シニストラは漆黒の悪魔であったが、デストラは潔白なる悪魔であった。
「よぉーし、サクッとブチ殺してやるとするか! うてーーーーーーーーっ!!」
リーダー気取りのブレイバンの合図とともに、魔導女たちが魔法による一斉射撃を行なう。
魔導女学院の生徒たちより数倍の腕前を持つ魔導女たちの攻撃魔法は、城門などであれば一撃で吹き飛ばすほどの威力があった。
しかし、デストラの表皮にはキズひとつ付けられない。
蚊に刺されたほどにも感じないとばかりに高笑いするデストラに、ブレイバンは慌てた。
「お……おい!? コイツは、マジもんの悪魔じゃねぇか!?
魔導女学院のヤツらでも倒せるほどの雑魚じゃなかったのかよ!?
おい、オンザビーチ、テメーが責任とってなんとかしろよっ!」
「ギャーギャーうっせぇよ! 邪魔だからどくしっ!」
ブレイバンを押しのけ前に出たオンザビーチは、最大級の攻撃魔法である『爆炎』を放つ。
しかしそれは彼女の手のひらから、
……ぽふっ。
とわずかな煙を吐くだけで終わってしまう。
このパーティにおいて、いや世界でも有数の火力を持っているはずの、魔導女オンザビーチ。
それが、魔法を覚えたてのような煙しか出せなかったので、同行者たちは騒然となる。
「おいオンザビーチ!? 悪魔の前でふざけてんじゃねぇよ!」
「ふ、ふざけてねーし! 爆炎魔法を使うの久しぶりだから、ちょっと調子が出ねぇだけだし!」
「おい、悪魔の野郎が攻撃してるぞ! きっとあれは『幻惑』だ!
食らったらヤベェことになるから、さっさとなんとかしろよっ!」
「だからうるせぇって! いまから本気でやるし!」
オンザビーチは言い返しながら、無意識に片手を宙にさまよわせていることに気付く。
まるで、メガネからコンタクトレンズに変えたばかりの頃、ついクセでメガネの位置を直す仕草をしてしまうかのように。
そしてついに、彼女は思い知る。
失った者の大きさに。
――戦闘になると、ユニバスがいつも、あーしの手を握ってくれてた……。
精霊の力で、あーしの魔法の威力を底上げしてくれてたんだっけ……。
あーしが手を抜いて魔法を使っても、すげー威力だったから、あーしはどんどん手を抜くようになっちゃって……。
そっか……あーしはユニバスがいなきゃ、魔法も使えない身体になっちゃってたんだ……。
次の瞬間、少女は緑色の光に包まれていた。