36 オンザビーチ登場
36 オンザビーチ登場
俺たちは図らずも、伝説の悪魔の片割れを倒してしまった。
帰路では、ティフォンはウキウキでスキップしていた。
「お友達はいっぱいできたし、冒険もいっぱいできたし! あーっ、楽しかったぁ!
ユニバスくんに嫌われたときは思わず死にたくなったけど、誤解だってわかったし!
イズミちゃんもショックだったでしょ!?」
「はい。わたくしはあと少しで、泡になって消えるところでした」
「それにしてもユニバスくんって酷いよねぇ! いくら幻惑でも、わたしたちを蹴るだなんて!」
「いいえ。わたくしにとっては、ユニバス様の足蹴は僥倖といえるものでした。できれば膝蹴りなども……」
俺は精霊姫トークを聞きながら、ギャルたちとはなるべく距離を取って歩いていると……。
川向こうに、土壁に阻まれて進めなくなっているドラハンがいた。
「はんっ!? なんだこの壁はっ!? 来た時にはこんな壁などなかったぞ!? ふざけるなっ!」
ドラハンは怒りに任せて土壁を殴ったり蹴ったりしているが、びくともしていない。
「くそっ、こうなったら反対側の通路から……」
と引き返そうとしていたが、新たに隆起してきた土壁に阻まれていた。
進退窮まったドラハンは、川越しに俺たちがいるのに気づき、呼びかけてきた。
「はんっ、そこの無能! お前がこれをやったんだな!?
最高の『精霊使い』の僕がその気になれば、こんな壁など紙クズ同然だ!
くだらない遊びに付き合っているヒマはないから、早くこの壁を引っ込めるんだ!」
俺はティフォンを手招きして呼び寄せ、耳打ちする。
ティフォンは俺のかわりにドラハンに向かって叫び返した。
「ユニバスくんはなにもやってないって! たぶん、地の精霊たちの怒りを買ったんだろう、だって!」
「はんっ、『精霊使い』の僕が精霊の怒りを買うなんて、あるわけがない!
ヤツらはこの僕にひれ伏しこそすれ、刃向かうことなど……ぎゃっ!?」
土壁からのびてきた平手にパアンと頬を叩かれ、吹っ飛ぶドラハン。
俺からの言づてを、ティフォンは嬉々として伝えてくれた。
「地の精霊が許してくれたら、そこを通してくれると思うよ!
相当怒ってるみたいだから、ちゃんと謝らないとずっとそのままで、そこで飢え死にするかも!
あ、いちおう言っとくけど、水の精霊も怒ってるから、川に飛び込んだらもっと酷い目に遭うよ、だって!」
ティフォンの言葉に反応し、俺たちとドラハンの間にある川が、刃のように鋭く突き出した。
それだけでドラハンは腰を抜かして縮こまってしまう。
「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃーーーーっ!? おっ、お許しを! お許しをぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!」
土下座するドラハンの姿を魔導真写装置に納めてから、俺たちは洞窟をあとにする。
出口に着く頃には、背後から届くヤツの悲鳴は号泣に変わっていた。
というわけで、俺たちは無事、魔導女学院の引率クエストを達成。
300万¥の報酬を得た。
そして封印されていた伝説の悪魔が倒されたことは、あっという間にこのトコナッツじゅうの話題となる。
20人のギャルたちは新聞社の取材を受け、次の日の朝刊の一面はどれも、彼女たちの笑顔で埋め尽くされていた。
そこに、俺や精霊姫たちの姿はない。
真写どころか、ユニバスのユの字も書かれていなかった。
なぜかというと、俺がギャルたちに頼み込んだからだ。
俺たちはあくまで引率ということで、悪魔討伐には何の貢献もしていないということにしてもらった。
なにせ俺たちは追われる身だから、新聞に取り上げられるわけにはいかないからな。
このお願いにギャルたちは最初は不満そうだったが、俺たちが逃避行の旅を続けていると打ち明けると、喜んで隠蔽に協力してくれた。
「そういうことならオッケー! でも旅が終わったら、ちゃんとあたしたちを迎えに来てくださいね!」
「え?」という俺に、ギャルたちは40の瞳でウインクを返す。
「だってあたしたちはもう、ユニバスさんのものなんですから! ほら、ここに証拠もちゃーんと!」
魔導真写装置の動画を見せられ、俺はまたアタフタする。
「あははっ、ユニバスさんってばかわいいーっ! つい、いじめたくなっちゃう!」
ペロリと舌を出したその小悪魔的な笑顔に、俺はどうしても最強のギャルを思い起こさずにはいられなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところかわって、トコナッツの王都。
常夏の国らしい色鮮やかな王城の一室に、少女はいた。
少女は黒いボンテージドレスをまとい、金色の巻き毛をしきりにいじっている。
顔はひときわ派手なメイクで、アイシャドウやチーク、唇は花が咲き誇っているかのう。
少女の目の前には、宝物庫のようなきらびやかなドレスをまとう、いかにも身分の高そうな中年女性がいた。
派手なメイクの少女とは対照的な、まばゆいばかりの美白。
厚塗りの壁のような顔が、ゆっくりと動いた。
「オンザビーチさん、今日、こちらにお呼びしたのは他でもありません。
あなたの功績に、褒美を取らせようと思ったのでろざります」
オンザビーチと呼ばれた少女は、見た目に反して慇懃な態度を装う。
「ありがとうございます、ロザリア様。でも、なにについてでしょうか?
ポーキュパインを追い出した褒美は、すでに頂いてますけど」
「ええ。あなたがポーキュパインのスキャンダルをでっちあげ、『魔導女学院』の理事長の座を引きずり降ろしてくれたことは、いまでも大変感謝しているのでろざります。
ポーキュパインの権力がひとつ失われ、こちらは大変動きやすくなりましたから。
でも、今日はそれとは違うのでろざります」
ロザリアと呼ばれた女性は、傍らにあった書斎机を示す。
そこには、この国で流通している今日の朝刊がすべて広げられていた。
机上を覗き込んだオンザビーチは「これは……」と驚きの声をあげる。
「あなたが理事長をつとめる、『オンザビーチ魔導女学院』の生徒さんたちが、『ツインデビル・シニストラ』を倒したのでろざります。
これはこの国始まって以来の快挙なのでござります。国王も大変お喜びなのでろざります」
オンザビーチは虚を突かれるあまり、思わず素が出てしまう。
「う……うそ、マジで? たった20人で悪魔を倒すだなんて、ぜってーありえねーし……!」
しかしすぐに取り繕って、ロザリアに言う。
「あ、いえ、あーしが理事長を勤めてから、生徒たちの魔力も高まりましたから、このくらいは……」
「そうでしょうね。そこであなたにまたひとつ『お仕事』をお願いしたいのでろざります」
そしてロザリアが語ったのは、恐るべき計画であった。
「シニストラが倒された以上、国王は残る悪魔の片割れである『ツインデビル・デストラ』の討伐を視野に入れているのでろざります。
そこで、オンザビーチさんに討伐の名乗りをあげてほしいのでろざります。
そしてそのクエストに国王をお誘いし、お連れになってほしいのでろざります。
この国を長年に渡って苦しめた双子の悪魔。それが消え去る瞬間を特等席で見られるとあれば、国王は喜んでついてくることでろざりましょう」
オンザビーチは平易な表情で答えた。
「そこで、悪魔といっしょに国王も葬ればいいというわけですね。
戦いの最中、流れ弾に当たった不幸な事故に見せかけて……」
「その通りでろざります。
王女のポーキュパインが失墜し、現国王がお亡くなりになれば、このロザリアの家系が次期国王になるのでろざります。
そうなればあなたにも、女学院の理事長などという末席ではなく、もっといい席を用意してあげられるのでろざります……!」