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35 ウソの悪魔

35 ウソの悪魔


 俺のそばにはイズミが寄り添い、ハンカチで俺の汗を拭ってくれていた。

 そのひと拭きごとに、曇っていた窓ガラスのような俺の心が、晴れ渡っていくのを感じる。


 俺は今更ながらに気付いていた。

 水の精霊であるイズミの『ふきふき』には、心を落ち着かせる作用があるのだと。


 気がつくと、俺は自分でも驚くほどに落ち着き払っていた。


「ありがとう、イズミ。他のみんなも『ふきふき』してやってくれないか?」


 お礼を言うと、彼女は頬を桜色に染めながら頷く。


「はい、かしこまりました。ユニバス様のご命令とあらば」


 イズミは石像のように固まっているティフォンとギャルたちの間を巡り、『ふきふき』してくれた。

 それだけのことだというのに、まるで呪いが解けたかのように、瞳の精気が戻っていく。


 俺は改めてみなに言った。


「よし、みんな! シニストラは闇属性だから、水と光が弱点だ!

 俺とイズミを中心にして、ひとつになるんだ!

 俺が精霊たちの力を増幅し、イズミに与える!

 みんなも俺に、力を分けてくれっ!」


「うんっ!」「はいっ!」


 すっかり元気になった返事とともに、21人もの少女たちが動き出す。

 俺を取り囲んで、俺の身体に手を添えた。


 俺はイズミを背中から抱きしめ、腰に手を回し、お腹に両手を重ねる。

 いきなりのことでイズミはドギマギしていたが、やがて覚悟を決めたようにシニストラを見上げた。


 シニストラはなおも、俺たちを余裕しゃくしゃくで見下ろしている。

 精霊ふたりと、若き魔導女20人程度の力では、俺様にカスリ傷ひとつ付けられない……そんな表情だ。


 たしかにその通りだと、俺も思う。

 悪魔を倒すには本来、数百人規模の軍隊を動員せねばならない。


 封印されるほどの伝説の悪魔であれば、倒すのには数千人の戦力が必要だろう。

 だが、ヤツは気付いていない。


 俺たちのまわりにはすでに、千を超えるほどの味方が集まっていることを。

 俺は、闇の支配者のような悪魔に向かって叫んだ。


「風よ! 地よ! 水よ! 炎よ! 木よ! 金よ! 光よ! この場にあまねく、すべての精霊たちよ!」


 空が震え、地面が沸き立つ。

 シニストラの足元の土が盛り上がり、巨大な手となって足首を掴んで押えていた。


 シニストラは目を剥き、足元の枷を手で振り払おうとする。

 俺が「闇よ!」と告げると、暗闇がヤツの手を縛り上げた。


 シニストラは山のような巨体をわななかせ、もがいた。

 しかし、もはや自分の意思では微動だにできない。


 濃い暗闇はヤツの力の源であった。

 しかし俺は、その根源すらも味方につけていた。


 シニストラはまだ事態が飲み込めていないのか、困惑と恐怖が入り交じった表情を浮かべている。

 「は、はんっ!? で、伝説の悪魔が、怖れている……!?」と驚愕が降りしきる。


 力と時は満ちた。

 俺はイズミの手をとって、狙いを定める。


「いくぞ……みんな! 一発で、決めるっ!

 さあっ、ぶちかませぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」


「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 イズミの両手から光の剣のような洪水があふれ出す。

 それは極太の光線のように伸びていき、シニストラの胸を貫いた。


「グオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 悪魔の真っ黒な身体に次々と風穴があき、光が漏れ出す。

 ヤツは最後の力を振り絞り、俺たちに向かって手をかざした。


 砲弾のような巨大な爪先から、薄紅色の光がほとばしる。


「ま……まずい! あれは、『幻惑』……!?」


 俺はとっさにイズミを押しのけ、飛び出していく。

 身体が溶けるような桃色光線を浴びながら、俺が最後に耳にしていたのは、イズミの悲鳴。


「ゆっ……ユニバスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「バカめ! メスブタどもを『ウソの幻惑』から守るために、自分の身を犠牲にするとは……!

 無能のうえにウソつきとなって、ヤツはこれで本当に、誰からも相手にされなくなるだろう!

 クーックックックック!」


 そして、どこまでも邪悪な嘲笑だった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 気付くと俺は、不思議な柔らかさに包まれていた。

 地面に横たわっているはずなのに、背中は痛くない。


 やたらとムチムチした感触で、なんだか気持ちいい。

 そして身体のあちこちには、クッションのように柔らかく、水風船のように重い、奇妙な存在感のものが乗っかっている。


「なんだ、これ……?」


 俺は瞼を閉じたまま、手探りでそれを触ると、手のひらにむにゅっとした感触があった。

 そして「あんっ」と色っぽい声。


「あっ、ユニバスさん、気付いたみたい!」


「いいないいな、あたしもユニバスさんに揉んでもらいたーい!」


「こうしちゃえ、えいっ」


 俺のもう片手が、柔らかな感触に導かれる。

 俺は床下が燃え盛る鉄板になったかのように飛び起きた。


 俺のまわりには20人ものギャルたちが輪を描くようにて正座していて、太もものベッドを作っていた。

 いったいなにがどうなってそうなったかはわからないが、俺はその上に寝ていたんだ。


 俺はわけがわからず、生まれたての子鹿のように震えていた。

 ギャルたちは俺の身体を容赦なく、ベッドへと引きずり戻そうとする。


「まだ寝てなくちゃダメですよ、ユニバスさん!」


「あわわわっ……! たたっ、助け……!」


 俺はとっさに精霊姫たちを探す。

 ふたりはすぐに見つかったのだが、なぜかふたりとも洞窟の壁に向かって座っていた。


「ティフォン、イズミ! なんとかしてくれ!」


 しかしふたりは俺の言葉が聞こえていないかのように、背を向けたままだった。


「お、おい、ふたりともどうしたんだよ……?」


 俺が困惑していると、目の前にいたギャルが魔導真写(しんしゃ)装置を差し出す。

 そのファインダーには、シニストラの幻惑を受けたあとの、俺の姿が映っていた。


 酒池肉林を体現するようにギャルたちを抱き寄せ、精霊姫たちを足蹴にし、バカみたいに笑っている。


『わはははは! 俺はギャルがこの世でいちばん好きなんだ! だからお前たちはもう、俺のもんだ!

 この世でいちばん嫌いのはのは精霊だ! だからお前たちはあっちへ行ってろ!』


 俺は慌てて叫んだ。


「ティフォン、イズミ、違うんだ! 俺はシニストラの幻惑にかかったせいで……!」


 精霊姫たちはようやく口を聞いてくれたが、返ってきたのは極寒の答えだった。


「ユニバスくんはギャルが大好きなんて知らなかったよ。なら、ずっとそうしてれば?」


「そして精霊はお嫌いなのですよね? 嫌われ者のわたくしたちは邪魔をいたしませんから、ごゆっくりどうぞ」


「い、いや、誤解だって! た、頼むから、助けてくれぇぇぇぇっ!」


 俺は言葉と誠意を尽して、なんとか精霊姫たちの誤解を解こうとする。

 その間、俺はギャルたちに何度ももみくちゃにされてしまい、そのつど弁明に追われてしまった。

次回は掲載を1週お休みさせていただきます。

再開は 11月3日(水) の予定です。

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