34 最深部へ
34 最深部へ
結局、魔導女学院のギャルたちは20人全員、俺のパーティのほうに移ってきてしまった。
洞窟の中は冷気が支配していたが、こっちは熱気ムンムン。
かたや対岸はドラハンのみ。
ヤツは木枯らしのような風に吹かれ、ひとり震えていた。
「ぐっ……! ぐぐぐっ……!
最高の『精霊使い』の僕よりも、あんな無能を選ぶだと……!?」
「当然だよ! あなたみたいなド変態よりも、ユニバスくんのほうがいいに決まってるじゃない! ねーっ!」
ティフォンの音頭に「ねーっ!」と盛り上がるギャルたち。
ドラハンの笑みは霜が降りたように強ばっていた。
「は……はんっ! まさか魔導女学院の生徒のレベルが、ここまで落ちていたとはな。
目の曇ったメスブタどもなど、こっちから願い下げだ!」
ヤツが必死になって強がっているのは、人間が苦手な俺でもすぐにわかった。
追い討ちをかけるように、その足元に鍵が投げ込まれる。
投げ終えたギャルがドラハンに向かって叫んだ。
「ねーねー! この先に、こっちと向こうで同時に鍵を使わないと通れない場所があるみたいなんだけどぉ!
そこに着いたら、その鍵を使ってもらえるー?」
「は、はんっ!? この僕に、鍵を使え、だと!? そんな雑用を、この僕に……!?」
「うん、いちいちそっちに行くの面倒だからぁー! そんじゃ、よろしくー! んじゃユニバスさん、行きましょう!」
俺はギャルたちに囲まれ、押されるようにして移動を開始する。
振り返ると、ドラハンは地団駄を踏んで鍵に八つ当たりをしていた。
それからの道中は、対岸のドラハンが何度か躓いて転んだ以外は順調だった。
そしてついに、洞窟の最深部にたどり着く。
最後に立ちはだかる扉を抜けると、分かれていた通路はひとつになり、絶壁の淵へとたどり着く。
絶壁にはロープと木で作った吊り橋が架けられていて、対岸の石碑へとつづいている。
あの石碑こそが、『ツインデビル・シニストラ』の封印。
絶壁を覗き込んでいたティフォンが「うひゃあ!」と叫ぶ。
「うわぁ! 下になんか黒くておっきのがモゾモゾしてる! よく見えないけど、あれがもしかして悪魔!?」
その隣にいた俺は、視線を落として頷く。
「ああ、あれがシニストラだ。ここから見ているぶんには封印があるから、ヤツは襲ってこれない」
「へぇ、そうなんだー! やっほー! こんにちは、悪魔さん!」
手をぶんぶん振って呼びかけるティフォンと、眼下の暗闇に向かってぺこりと頭を下げるイズミ。
ギャルたちも珍しがって、魔導真写装置を谷底に向け、なんとかシニストラの姿を撮ろうとしていた。
そんな俺たちの背後で「はんっ」と鼻持ちならなない声がする。
「観光気分はそのくらいにして、さっさと封印を確認してくるんだ。
僕はキミたちと違って忙しい身なんだ。このあとは街に戻って、レディたちとランチの約束があるんでね」
しかしギャルたちはもうドラハンの言うことなど誰も耳を貸さない。
彼女たちは俺と精霊姫を交えてさんざん記念撮影をしたあと、ようやく吊り橋を渡った。
ティフォンとイズミも面白がってギャルたちについていき、石碑の前でもまた記念撮影。
俺はドラハンといっしょに、吊り橋の前で待っていた。
「あーたのしかった! それじゃ、帰ろーっ!」
しばらくして、吊り橋の上を飛んで戻ってくるティフォン。
そのあとにギャルたちとイズミが続く。
このとき、俺は気付いていなかった。
ドラハンの様子がおかしいことに。
ヤツは俺を突き飛ばすと、腰に携えていたナイフを引き抜く。
そのギラリとした凶刃で、吊り橋のロープを切断してしまったんだ。
「きゃああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
吊り橋は崩れ、イズミとギャルたちは暗闇へと転落していく。
「……なっ!?」
俺は肝が潰れるような思いで絶壁を覗き込み、手を伸ばして叫んだ。
「頼む! 風の精霊たち! 彼女たちを助けてくれっ!」
イズミとギャルたちが谷底に地面に叩きつけられる直前、羽毛のような風の精霊たちが集まってきて、着地点に巨大なクッションを作る。
彼女たちはそれに受け止められ、ふわんふわんと浮いて無傷で地面に降り立った。
ホッ、と胸をなで下ろす俺のすぐそばで、チッ、と舌打ちがする。
「ふん、助かったか。でもあのメスブタどもにとっては、落下死よりも辛い死になったようだね。
なにせ相手はあのシニストラだ。メスブタどもをたっぷりといたぶって殺すに違いない」
振り向くと、ドラハンはお手上げのポーズを取っていた。
良心の呵責を感じるどころか、満更でもない表情をしている。
「どぉら、僕はひと足先に、ギルドに任務失敗の報告に戻るとするよ。
僕のモテっぷりに嫉妬した無能が、吊り橋を切ってメスブタどもを殺したってね」
「ま……待て!」
「はんっ、僕にかまってていいのかい? その間に、メスブタどもが悪魔のランチになってしまうよ?
まぁ、無能のキミに出来ることといったら、そのランチを指を咥えて見ているだけだろうがねぇ。
ククククク! ……な……なにっ!?」
ドラハンの邪悪な笑みが消し飛ぶ。
俺はもう一も二もなく、谷底に向かってダイブしていた。
「ゆっ……!? ユニバスくぅぅぅぅーーーーーーーーーーーんっ!?」
ティフォンが絶叫とともに飛びついてきて、落ちゆく俺を支える。
俺はティフォンと風の精霊たちの力を借り、イズミとギャルたちのいる谷底に着地した。
「ゆ、ユニバス様!」「ユニバスさんっ!」と女性陣に囲まれながら、俺は暗闇を見上げる。
絶壁がつくりだした影に隠れるようにして、シニストラが座っていた。
それはヤツ自身の黒さともあいまって、吸い込まれるような漆黒が広がっている。
突如として、凶星のような真っ赤な眼光が浮かびあがった。
天の裂け目のような口が開き、がしゅう……! と冷気が漏れる。
「……オオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
吹き付けるブリザードのような咆哮に、ギャルと精霊たちは凍りついたように立ちすくんでいる。
その威圧感はすさまじく、人間も精霊も、もはや声をあげることすらできなくなっていた。
遥かなる高みから、嘲笑が降り注ぐ。
「ククククク! シニストラは別名『ウソの悪魔』と呼ばれている!
捕らえた人間が複数いる場合は、己の手では殺さず、ウソで惑わして殺し合いをさせるんだ!
その人間の憎しみあいこそが、シニストラの糧となる!
そして最後のひとりとなった人間はシニストラに取り込まれ、仲間を殺した絶望に、永遠に苦しめられるのだ!
どぉら、誰が最後のひとりになるのか、ここで高みの見物といこう!」
俺はすでに動き出していた。
ギャルを見ると緊張して言葉が出なくなるので、シニストラを睨みつけながら叫んだ。
「みんな! 俺とひとつになるんだ! そしてありったけの力を、ヤツに向かってぶつけるんだ!」
周囲から、震え声がした。
「むっ……むむっ……無理……!」
「こ……怖い、怖いよぉ……!」
「み……見るのもヤダぁ! 目なんて合ったら、怖すぎて死んじゃうよぉ……!」
「あ……あんなの、勝てっこない! 勝てっこないよぉ……!」
「あ……あたしたち、ここで死んじゃう……死んじゃうんだ……!」
俺はシニストラから視線を引き剥がし、震えを抑えながらあるものを見据えた。
それは俺にとっては、悪魔との眼の付けあいよりよっぽど怖い、ギャルたちの目。
アイシャドウに彩られたその瞳は、俺にとってはまさに恐怖の象徴。
目に映すだけで頭の中で警報が鳴り渡り、沸騰した胃液がこみあげてくる。
しかし俺は、ありったけの力を振りしぼった。
「お……おおっ……! 俺を、しっ……ししっ、信じてほしい……!」
たったそれだけのことを言うだけなのに、俺は全身が汗びっしょりになっていた。
しかし、応えはない。
ギャルたちどころか、頼みの綱のティフォンまでもが、絶望に支配され、瞳の光を奪われていた。
ただ、ひとりをのぞいて。
「ああっ、こんなに汗をかかれて……『ふきふき』させていただきますね」
俺の額に、そっとハンカチがあてがわれる。
ひんやりとしたそれは、いつも俺にとってのオアシスだった。
見つめると、彼女はこんな地獄のような場所だというのに、穏やかに微笑み返してくれる。
「……はい、ユニバス様。わたくしは、ユニバス様を信じます……!
いつまでも、どこまでも……! たとえ、地獄の底に堕ちようとも……!」