33 モテモテのユニバス
33 モテモテのユニバス
その場にいたすべての者たちが、流されていくアイスオークたちを、唖然と見送っている。
いちばん最初に我に返ったのは、悪の張本人のような男だった。
「は……はんっ! ぐ、偶然に助けられたようだな!
だがまだ最強の敵である、アイスウイッチが残っている!
さぁ、氷の貴婦人よ! 今こそお前の出番だ!
その力で、ゴミどもを氷漬けにするんだ!」
しかしその時、俺は貴婦人のすぐ目の前にいた。
流されるアイスオークに気を取られているスキに、そばに近寄ったんだ。
ギクリとする彼女。
その冷たい頬に、俺は手を当てる。
「水の精霊たちよ。これなら、俺の声が聞こえるだろう?
もう、こんなことはやめるんだ」
「わははははは! 見ろ! アイスウイッチを説得しようとしているぞ!
どぉら、どこまで無能なんだ、あの男は! あんなのでモンスターが改心したら、誰も苦労はせん!
さぁ、アイスウイッチよ! 今こそその男の心臓を、氷の刃で貫くのだ!」
しかしアイスウイッチは、頬に当てた俺の手に、手を重ねた。
つう、と涙が伝い、俺の手を濡らす。
「お……おお……! あなた様は、ユニバスさま……!
心を怒りに支配されていたとはいえ、あなた様を殺そうとするだなんて、私はなんと愚かなことを……!」
「キミをそんな風にしたのも、人間が原因だ。
だからどうか気にせず、元の水の精霊に戻ってほしい。そして、俺とともに生きてくれないか」
「も……もったいないお言葉……! 私はこれより、身を清めます……!
そして元の精霊となって、あなた様の元へと戻ってまいります……!
その暁には、この身のすべてを、あなた様に捧げましょう……!」
……どばっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
アイスウイッチは一瞬にして崩れ去り、あたりの地面を水浸しにする。
そして濾過されるように、地面に染み込んで消えていく。
「ふぅ、なんとかなったな」
俺はひと息ついてあたりを見回す。
誰もがアゴが外れたような顔で、俺を見ている。
ドラハンパーティのギャルたちは、騒然となっていた。
「ま……マジ? マジであの人、ヤバくない?」
「ヤバいなんてもんじゃないっしょ!? 見た!? あの人の戦うところ!」
「見たなんてもんじゃないよ! アイスウイッチの猛攻をかわしながら、アイスオークと戦ってた味方を援護してたんだよ!?」
「しかも最後はアイスオークを10匹まとめて川に叩き込んだうえに、アイスウイッチも、一撃でやっつけちゃうだなんて……!」
「なんなの、あの人!? 無能じゃなかったの!?」
「っていうか、どこの誰だよ、あんな凄い人を無能だなんて言ったのは!?」
対岸は火事のように騒がしかったが、俺はそれどころではなかった。
風の精霊たちの力で上空に逃がしていたティフォンを、頼んで地上に降ろしてもらう。
ティフォンはすっかり腰砕けで、降りてくるなり俺にもたれかかってくる。
それは疲労でヘロヘロというよりも、驚きでメロメロになっているようだった。
「ふはぁ……ユニバスくんって、すごすぎるよぉ……。
こんなにすごい人間の……ううん、精霊をあわせても、こんなにすごい男の子、見たことないよぉ……」
「そんなことはないさ、ぜんぶ風の精霊たちがやってくれたことだ」
「そんなことあるよぉ……風の精霊姫であるわたしのピンチを、風の精霊を使って助けるだなんて……。
普通に考えて、絶対にありえないようなことを、やってのけるだなんて……ふにゃぁぁぁぁん……!」
ティフォンはショック状態に陥っているのか、瞳孔が開きっぱなし。
マタタビにやられた猫みたいに俺にしがみついてきて、スリスリ頬ずりしてきた。
「ご……ご無事ですか、ティフォン様!」
イズミやギャルたちが駆けよってくる。
イズミはいいのだが、ギャルたちに近づかれるとなんだか落ち着かない気分になった。
「お水をどうぞ!」
イズミの差し出したひとさし指を、パクリと咥えるティフォン。
チューチューと吸い付いて、ゴクゴク喉を鳴らしていた。
「ぷはぁーっ! おいしいーっ! もう元気百倍! ありがとう、イズミちゃん!
みんなも援護してくれて、ありがとう!」
すっかりいつもの調子を取り戻したティフォンは、俺の首に手を回したまま、ニコニコとみなにお礼を言う。
彼女はこんな風に、屈託なく「ありがとう」が言える女の子だ。
だからこそ、人間や精霊を問わず、誰からも好かれるんだろうなぁ……。
なんて思っていると、仲間たちの視線がすべて俺に集中していることに気付く。
彼女たちは居住まいを立たすと、黄色い声を揃えた。
「ありがとうございます、ユニバスさん!」
顔をあげたギャルたちは、いつもの斜に構えた様子はない。
年相応の、夢見る乙女のようだっ。
「戦ってるときのユニバスさん、超カッコよかったです!」
「本当! あたし、思わずキュン! ってなっちゃいました!」
「あの、ユニバスさんって彼女とかいるんですか?」
俺は「いや」と言いかけたが、ティフォンがそれを上書きするほどの勢いで「いるよ!」と反応する。
「いや、ティフォン、精霊のじゃなくて人間の彼女に決まってるっしょ!」
「もしいなかったら、あの……」
チークの頬をさらにピンクに染めるギャルたち。
対岸で「ああん、もう!」と声がした。
「も……もう、ガマンできない! あたしも、あっちに行く!」
「あたしも! もうこんなパーティ嫌だよ! あっちでユニバスさんと仲良くしたい!」
「そんな、ずるい! アンタも行くならあたしも行く!」
「んじゃ、みんなで行こうよ!」
意気投合した10人のギャルたちが、まとめて瞬間移動で岸を移動。
そろそろ逃げ出そうかと思っていた俺を、さらに手厚く取り囲んだ。
「ごめんなさい! ユニバスさん! あたし、ユニバスさんのことを誤解してました!」
「オンザビーチ様が、ユニバスさんのことをさんざん無能だって言ってたから、そう思っちゃって……!」
「バカにしたりしてごめんなさい! ユニバスさんはぜんぜん無能じゃないです!」
「この通り、謝りますから、あたしらも仲間に入れてください!」
「お願いしますっ!」
グイグイ迫ってくるギャルたち。
俺はフェロモンのような香りにドギマギしてしまい、まともに返事もできなくなっていた。