31 属性変化
『精霊たらし』第1巻、好評発売中です!
そこで今回は、書籍版の書き下ろしである、ゴーツアンのざまぁ部分を一部だけお見せいたします!
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フーリッシュ王国の魔導装置の開発部署、そこの副主任であるゴーツアン。
降格させられてしまったものの、その人事発令は『勇者祭』が終わってから行なわれるので、いまも名目上は大臣である。
ゴーツアンはなんとかして勇者祭の最中に手柄をたて、大臣の座に復帰しようとしていた。
しかしそれらの目論見は、すべて主任であるアパーレに妨害されている。
まず、ゴーツアンが隠していた『秘密の倉庫』を奪われてしまったこと。
その倉庫にはユニバスが発明した、画期的な魔導装置がまだまだ数多く眠っている。
ゴーツアンが勇者祭の最中にそれらの発明品を出すことができたなら、各国の国王たちに気に入られ、大臣への復帰も夢ではなかったのだが……。
その虎の子を、アパーレの手によって奪われてしまったのだ。
さらにアパーレは勇者祭の最中、ゴーツアンに下っ端の仕事を振っていた。
それは、フーリッシュ国内に配備した魔導装置のメンテナンス業務。
これは不調になった魔導装置を出張修理するというもので、魔導装置の部署のなかでも最もハードな仕事とされている。
しかも運が悪いことに、ゴーツアンが製作したとされるバーベキューマシンが、勇者祭の最中に連日火を吹くという不祥事が連発。
そのためゴーツアンは早朝から深夜まで、休む間もなく国内を飛び回るハメになってしまう。
いまのゴーツアンには、起死回生の一手を考えるヒマすらも与えられなかったのだ。
それでも彼は大臣に復帰する気マンマンだったので、副主任に降格になったことを家族には伝えていない。
勇者祭が終わって人事発令がなされたら嫌でも家族の耳には入るのだが、最後まで悪あがきをしていた。
そして今日も、彼の憂鬱な一日が始まる。
朝食を終えて屋敷を出る時は、かならず家族が見送ってくれるのだが、妻はゴーツアンのことを心配していた。
「あなた、今日もこんなに早くからお仕事ざますの?」
妻の問いに「あ……ああ」と力なく頷き返すゴーツアン。
「大臣ともなると、勇者祭の時がいちばん忙しいんだ。
国王や勇者と同じで、国を担う者として、各国の王をもてなす必要があるからな。
でも今日はたぶん、早く帰ってこられるかもしれん」
「そうざますの。じゃあうちでも勇者祭のパーティをするざます。
庭でごちそうを準備して待ってるざます」
「そういえば、今年はパーティをしてなかったな。
お前の作るごちそうは最高だから、楽しみにしてるよ」
「あなた、がんばるざます。
あなたが大臣になって、このお屋敷に引っ越してからというもの、奥様たちの見る目がぜんぜん違うざます。
あたくしも鼻高々で、ますますあなたのことが大好きになったんざます」
ゴーツアンはやつれた顔に、無理やり笑顔を作る。
――そうだ……。
こんな立派な屋敷で、なに不自由暮らせているのも、俺が大臣だから……。
妻の笑顔を守るためにも、俺は何としても大臣に戻らなくてはならないんだ……!
妻の隣にいた、小学生の息子が「ボクも大好きだよ、パパ!」と飛び跳ねる。
「パパが大臣になったって知ったら、クラスのみんながやたらとへーこらしてくるんだ!
ボク、そんなパパが大好き! ボクも大きくなったら、パパみたいな立派な技術者になりたい!」
ゴーツアンは我が子の頭を撫でて、疲れ切った気持ちに鞭を打った。
――この子はオツムの出来が良くないから、名門中学に入れるためには裏口を使うしかないだろう。
そのためにはなんとしてもポストが必要だ。
大臣であれば裏金も免除されるうえに、成績優秀な貧乏人のガキを1匹押し出して、特待生で入学させてもらえる。
しかし主任クラスとなると、急に巨額の裏金を要求されるようになる。
それでも金さえ払えばなんとかなるから、まだいいほうだ。
副主任まで落ちてしまうと、いくら金を積んでも門前払いをくらってしまうかもしれないんだ……!
だから俺は、何としても大臣に戻らなくてはならない……!
愛する息子の将来のために……!
ちなみにではあるがゴーツアンの父親も、フーリッシュ王国の上層部のひとりであった。
ゴーツアンも裏口入学したバカ息子なのだが、彼は自分が優秀だと思い込んでいるのでその事実を知らない。
なんにしても、ゴーツアンは愛する家族を守るために、今日も仕事へと出掛ける。
家族が想像している優雅でゴージャスな接待とはほど遠い、謝罪行脚の旅へ。
今日はフーリッシュ王都の近くにある街や村を巡り、バーベキューマシンのメンテナンスを行なう予定となっている。
のっけから黒焦げになった権力者たちが迎えてくれたのだが、その怒りはいつもより激しかった。
とある街の広場では勇者祭を記念した、大バーベキュー大会が行なわれていたのだが……。
「ゴーツアン様! いや、ゴーツアン! いったいこれはどういうことなんだ!?」
「バーベキューマシンのスイッチを入れたら、いきなり爆発したのよ!」
「髪も服もめちゃくちゃだ! どうしてくれるんだっ!」
「そんなことより、これを見ろっ!」
……バッ!
と燃え残ったドレスの胸をはだけさせられていたのは、街の有力者たちの娘。
彼女たちの鎖骨の下には、木炭で書かれたような文章が浮かび上がっている。
その文章は横一列に並べると、ひとつのメッセージになった。
『ゴーツアン』『剽窃を認めよ』『罪を告白せぬかぎり』『我らの裁きは続く』
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ゴーツアンの最後となるざまぁは、「精霊が本気で怒ったらどうなるか」を描いています!
このあとゴーツアンにはとんでもなく悲惨な運命が待ち受けているのですが、それはぜひ書店でお手に取ってお確かめください!
31 属性変化
悶絶するドラハンに、背後にいたギャルたちは騒然となる。
「な、なに? なにが起こったの?」
「なんか大地の精霊に、股間をブン殴られたみたいだったけど……」
「なにそれ、ダサっ!」
「ええっ、ドラハン様って、有能な『精霊使い』じゃなかったの!?」
「無能にカンタンにできることを、ロクにできないなんて……マジでヤバくね?」
ドラハンは胎児のように丸くなったまま、ギャルたちに向かって声を荒げた。
「う……うるさいっ! キミたちがメスブタのようにブヒブヒうるさいから、気が散ってしまったではないか!
もう地面を直したりするものか! キミたちがブーツを脱いで歩けばすむことじゃないか!
さあ、さっさと脱げっ! 脱げっ、脱げっ、脱げっ、脱げーっ!」
ヒステリックにまくしたてられ、ギャルたちは慌ててブーツを脱ぐ。
しかしその中の5人だけは、頑として脱ごうとはしなかった。
「あたしらは絶対脱がない。だって靴なしでこんな所を歩くだなんて、ぜってーやだし」
「はんっ、それなら好きなだけ転ぶがいい!
足をくじいても、僕は助けたりはしないぞっ! 置いてきぼりにするからなっ!」
見かねたティフォンが山びこのように口に手を当て、ブーツを脱ごうとしないギャルたちに呼びかけた。
「ねーねー! そんなヤツのところやめて、こっちに来たら?
ほーら、こっちはダンスが踊れるくらいに歩きやすいよ!」
対岸のギャルたちに、得意のステップを披露するティフォン。
それがダメ押しとなって、靴を脱がなかったギャルたちは短距離の転移魔法を発動、俺たちのいるルートに瞬間移動してくる。
そして、踏みしめる床に感動。
「うわぁ、超歩きやすーいっ!」
「あっちとは大違い! マジ最高なんですけどーっ!」
「誘ってくれてありがと、ティフォン!」
しかしティフォンは、チチチチとひとさし指を左右に動かす。
「お礼ならわたしじゃなくて、ユニバスくんに言って。
それに、いままでユニバスくんをバカにしたことを、ちゃんと謝って」
転移してきたギャルたちは、叱られたワルガキのようにムスッとしていた。
「うっざ……。そんなの、どーでもいいじゃん」
俺も、そんなことはどうでもよいと思っていたのだが、ティフォンはこれだけは譲れないといった厳しい表情をしていた。
「どーでもいくない! あなたたちは人を見てお礼を言う子だったの!?
しかも人をバカにして、それが間違ってるってわかったのに、謝らないなんて最低のことだよ!
謝るのが嫌なら、またあっちに戻る!? わたしが風の力で吹き飛ばしてあげるよ!?」
「ま、待って……! あたしたち、こっちにいたい! だからそれだけはやめて、お願い、ティフォン!」
ギャルたちはティフォンの一喝ですっかりしおらしくなり、俺の前に立つ。
俺はそれだけで逃げ出したい気持ちになったが、なんとか踏みとどまった。
ギャルたちは深呼吸したあと背筋を反らし、金髪の巻き毛を翻すほどに俺に頭をさげる。
「バカにしたりしてごめんなさい、ユニバスさん!
いままでのことはぜんぶ謝りますから、あたしたちを連れていってください!」
「あ……うん」
俺は蚊の鳴くような裏声は、洞窟の奥から吹き込んできた冷気にかき消されてしまう。
ティフォンはあまりの寒さに飛び上がり、凍りついたように固まった。
「ひゃあああっ!? なっ、なにっ!? きゅ、急に寒くなったよ!?」
「どうやら、『ツインデビル・シニストラ』の属性が変化しているようだな」
「へ、変化!? なにそれっ!?」
「『ツインデビル』っていうのはその名のとおり、双子の悪魔のことなんだ。
シニストラにはデストラっていう片割れがいて、それぞれが炎属性と水属性とされている。
しかしそれは固定ではなくて、入れかわることがあるそうなんだ」
イズミが「なるほど」と頷く。
彼女は水属性なので、吹きすさぶ冷気を浴びてもケロッとしている。
「もしシニストラさんが炎属性だったら、今頃は灼熱だったというわけですね」
「その通り。炎属性だったらティフォンのビキニアーマーだと快適だったんだろうけどな」
ティフォンは半裸の身体をさすりながら、情けない表情で言った。
「どどど、どうしよう、ユニバスくん! こんな格好じゃ、先に進めないよ!」
「それなら大丈夫だ」
俺は答えながら背負っていたリュックを降ろし、中からマントを取り出す。
「ほら、耐冷効果のある魔法のマントだ。これを羽織れば、かなりの寒さでも耐えられるはずだ」
俺はティフォンだけでなく、みんなにマントを配る。
イズミは平気のようだったが「せっかくですので」と受け取っていた。
ギャルは嬉々としてマントを受け取り、ローブの上から重ね着をする。
そしてティフォンとイズミといっしょに、ほっこりした表情を浮かべる。
「あ……あったか~い……! ありがとうございます、ユニバスさん!」
人間からお礼を言われるのは慣れていないので、なんだか頭の後ろがむず痒くなる。
ボリボリ掻いていると、遠方から羨むような声が聞こえてきた。
「な……なにあのマント!? 超イケてるんですけど!」
「デザインといいシルエットといい、超かわいくない!?」
ちなみにではあるが、マントは馬車のクローゼットにあった女性用のものだ。
見立てはおそらくオンザビーチがしたのであろう、どれも、これでもかと派手な色味をしているのだが、ギャルたちにはストライクだったようだ。
「いーなぁ、あたしもあんなマントほしーっ!」
「こっちはローブしかなくて、超寒いのにぃ!」
「いないいな、いいなぁーっ!」
向こう岸を見ると、魔導女のローブを着込んで縮こまっている15人のギャルと、上着など持ってこなかったのであろうドラハンが、いまにも凍えそうな表情で震えていた。
ドラハンはギャルのひとりに近づくと、彼女が着ていた魔導女のローブをむんずと掴み、力任せに剥ぎ取った。
「きゃあっ!? な、なにするんですか、ドラハン様!? ローブ、返してください!」
半袖のブラウスと短いスカートだけになったギャルは、鳥肌を立てながら抗議する。
しかしドラハンは当然の権利であるかのように、奪ったローブを身に着けていた。
それどころか、呆れ顔で顔で溜息をつく始末。
「はんっ、キミはいったい学校で何を学んできたのかな?
僕が寒そうにしていたら、すすんで着るものを差し出すのが当然だろう?」
「はあっ!? なにそれ、意味わかんねーし!」
それまで従順だったギャルが、とうとうキレてしまう。
ドラハンは彼女をすっかり無視し、「僕は、まだ寒いんだけどなぁ」と他のギャルたちに向かってぼやいていた。
しかし誰もローブを差しだそうとしなかったので、ドラハンはまた山賊と化す。
近くにいた別のギャルのローブを剥ぎ取ろうとしていた。
もちろん、ギャルは抵抗する。
「や、やめてください! やめてっ、ドラハン様! これを取られたあたし、風邪ひいちゃう!」
「はんっ! キミが風邪をひいても誰も悲しむことはない! でもこの僕が風邪を引いたら悲しむ女の子が大勢いるのさ!
さぁ、離せっ! 離さないと、こうだぞ!」
ついにドラハンは拳を振り上げ、ギャルの頬を殴り飛ばした。
「ぎゃっ!?」と吹っ飛んで倒れたギャルには一瞥もくれず、奪ったローブを次々と重ね着していく。
とうとう5人ものギャルをひん剥いたドラハン。
この暴挙には俺だけでなく、精霊姫たちも怒っていた。
「さ……最低っ! 自分が寒いからって、女の子から着るものを奪うだなんて!」
「そちらの方々! こちらにいらしてください! そんな殿方の元にいてはいけません!」
イズミの叫びに、ローブを奪われたギャル5人は逃げるように転移魔法を発動。
俺たちのいるルートに瞬間移動してきた。
俺はすぐさま、リュックの中から5着分のマントを取りだす。
ギャルたちはたまらない様子で駆けよってきて、俺の手をマントごとギュッと握りしめてきた。
「ご……ごめんなさい! ユニバスさん!」
「あたしらが間違ってました! 無能だなんて言ってごめんなさい!」
「このとおり謝りますから、許してください! どうか、ここにいさせてください!」
「あ……うん」としか答えられない俺。
俺がそれしか言わなかったのでギャルたちは不安そうだったが、イズミが間を取り持つように話に入ってきてくれたので助かった。
「へへーっ、ユニバスくんパーティにようこそ! こっちは服を奪うような乱暴者のド変態はいないから、安心してね!」
すると、ギャルたちはどっと笑った。