28 冒険の準備
28 冒険の準備
高笑いのレセプルに見送られ、ギルドを出た俺たち。
ティフォンとイズミは三途の川から戻ったばかりのような、青白い顔をしていた。
「レセプルちゃんがあんな子だったなんて……」
「ユニバス様のことを、まるで親の仇のように思われているようです……」
「ユニバスくんのことを、あそこまで嫌う精霊がいるだなんて……
「はい……正直なところ、まだ信じられません……」
普段は滅多にへこまないティフォンが落ち込んでいるということは、それは相当驚くべきことだったようだ。
「いや、俺を嫌う精霊くらい、いてもおかしくないだろう。今まで偶然出会わなかっただけのことさ」
「すっごくおかしいよ! それって、勇者を好きな精霊がいるってのと同じくらい、ありえないことだよ!」
「こういっては失礼かもしれませんが、おっしゃる通りです!
それにこういってはさらに失礼かもしれませんが、レセプル様は同じ精霊だとは思えません!」
「キミたちの信じられない気持ちは、正直、俺にはよくわからない。
そんなことよりも、クエストに出発しよう」
ティフォンは目をひん剥いた。
「ええっ、まさかクエストをやるつもりなの!?」
「なんだ、ティフォン。キミがさんざんやりたがってたじゃないか」
「そ、それはそうだけど……。でもでも、まさかレセプルちゃんがあんな意地悪なことを考えてるんだなんて、思わなかったから……」
「なんにしても、クエスト破棄するわけにはいかないさ。レセプルにも迷惑がかかるからな」
「もう、どうしてそうなの!? レセプルちゃんはあんなにもユニバスくんのことを嫌ってるんだよ!?」
俺は思っていることを、そのまま口にする。
「俺は大好きなんだ。キミたち精霊が」
するとティフォンとイズミは爆発したように、ボンッ! と赤くなった。
サッと背中を向けて、ヒソヒソ話しを始める。
「やっぱりユニバスくんって、ずるいよ! あんな顔で『大好きなんだ』なんて言われたら、もう、なにも言えなくなっちゃう!」
「はいっ! わたくしも思わず、昇天しそうになってしまいました!」
なんだか、よくわからないが……。
それからは精霊姫たちの異論は無くなったようなので、俺たちはクエストに出発することになった。
街のはずれにある停馬場に向い、さっそく明日の冒険に必要な準備を行なう。
冒険は1日で終わる程度のものだが、人間20人、精霊2人ぶんの面倒を見るとなると、それなりの物資が必要となるだろう。
しかし馬車の中は魔法により拡張されているので、豪邸のような広さがある。
冒険に必要な装備や道具も取りそろえてあったので、買い足す必要もなく、すべての物資が揃った。
武器屋と道具屋が店ごと入っているようなウォークインクローゼットの中で、メンバーの装備を再確認。
俺の装備は、いつもの作業着に、大きなリュックがひとつ。
リュックには容量拡張と、重量軽減の魔法がかかっているので、中には23人分の物資がすべて納まる。
ティフォンの格好は、なぜかビキニアーマーだった。
「へへー、どぉ? 精霊軍団の子たちを見てたらいいなぁと思って、マネしてみちゃった!
これなら動きやすいし、少々暑くてもへーきだし!」
イズミの格好は、僧侶のローブだった。
「い……いかがでしょうか?
わたくしは戦いは不慣れなものですので、水の力でユニバス様を癒してさしあげたいと思いまして……」
「うん、ふたりとも、よく似合ってるよ」
すると、ふたりは背中に隠していたあるものを、サッと俺に差し出してくる。
それは、金属製の首輪だった。
「はいユニバスくん、これをわたしの首に嵌めて!」
「いちど嵌めてしまったら、わたくしたちはもう、ユニバス様のご命令には逆らえなくなります! 永遠に!」
「これでユニバスくんも、晴れて『精霊使い』の仲間入りだよ、よかったね!」
「ふっ、不束者ですが、よっ、よろしくお願いいたします……!」
ティフォンはニッコニコで、イズミはゾックゾク。
俺は困惑する。
「自分から首輪を嵌めてもらいたがる精霊なんて、初めて見たよ。
それ以前に俺は、キミたちに首輪を嵌めたりなんかしない」
「「ええーっ!?」」
「そんなに、声を揃えて驚くことじゃないだろう」
「するよ! だってユニバスくんの精霊になるのが、わたしたちの夢だったんだよ!?」
「やっぱりわたくしたちのことが、お嫌になられたのですか!?」
ふたりはショックを受けた様子だったので、俺は噛んで含めるように言い聞かせる。
「何度も言ってるけど」と前置きしたかったが、それはやめておいた。
「いいか、人間と精霊は主従関係じゃないんだ。
いまの世界の風潮はそうかもしれないけど、本来、人間と精霊は平等じゃなくちゃいけないんだ」
「でもでも、仕える人間がいないと、わたしたちは野良精霊ってことに……」
迷子のような表情で言うティフォン。
俺の脳裏には、レセプルのある言葉がフラッシュバックする。
『ああ、そのふたりは飼い主のいない野良精霊ですから、好きなだけ持っていくといいですわ』
精霊には、人間の目に見える上級精霊と、人間の目にはみえない下級精霊がいる。
そして上級精霊のうち、精霊の国を出て人間の国で暮らしている精霊というのは、ほとんどが人間に仕えている。
ようは犬や猫と同じで、人間に飼われているものはペットとして認められ、人間に飼われていないものは野良として扱われるんだ。
なかには、野良精霊を狩って売り飛ばす『精霊狩り』なる者たちがいる。
一部の例外として、精霊としての大いなる力を誇示し、人間たちに崇められるイドオンのような精霊がいる。
また精霊大臣のように、人間のモノサシで測れる立場に就いているおかげで、人間の権力者と対等に渡り合う精霊もいる。
精霊姫たちは大いなる力を持ち、また尊敬される立場にあるが、お供もなく精霊の国を出てしまえば『野良精霊』と変わりない。
彼女たちはレセプルの言葉でそのことを思いだし、不安になったのだろう。
ふたりを不安を解消するために、首輪を嵌めてやり、俺が飼い主となるのは簡単なことだ。
だがそれは、今のこの世界にはびこる常識に屈することにもなってしまう。
『精霊は人間の奴隷』という、歪んだ常識に……!
俺にとって精霊は家族だ。家族を奴隷になんてしてたまるか。
しかし言葉を尽したところで、長き歴史によって植え付けられた彼女たちの不安は拭いきれないかもしれない。
なにか、行動で俺の考えを示さないと……。
そう思った俺の脳裏に、あるものの存在が閃いた。
作業服のポケットからそれを取り出すと、光があふれる。
「ゆ、ユニバスくん……」「そちらは、もしかして……」
「ああ、イズミからもらった真珠を使って、ヒマなときに作ったんだ」
俺の手にあったのは、光の輪のように輝く、ふた組のネックレス。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」
ティフォンとイズミはまるで天使の輪を目の当たりにしたみたいに大興奮。
「す……すごいすごい! すごーいっ! こんなに素敵な真珠のネックレスを作っちゃうだなんて!」
「は、はいっ……! すごすぎます、ユニバス様! 流れる石でございます!」
夢見心地のふたりに向かって、俺は留め金を外したネックレスを向ける。
「首輪なんかよりも、俺のアクセサリーのほうが、キミたちにはずっと似合ってる。
……これが、俺の答えだ」
瞬間、ティフォンとイズミの精霊姫の顔が、咲き誇るバラのように染まった。
「ゆ、ユニバスくぅぅぅん……!」「ゆ、ユニバスさまぁぁぁっ……!」
精霊姫たちは涙目になり、ハァハァと吐息を漏らす。
ガクガクと震える太ももから、つうとひと筋の汗が伝う。
ふたりはとうとう立っていられなくなったようで、お互いを支え合うようにして、へなへなと崩れ落ちた。
「い……イズミちゃん……! わたし、もうダメっ……! ユニバスくんのこと、好き過ぎちゃう……!
もう、ユニバスくんのことしか考えられない……! どうにか、どうにかなっちゃうよぉぉ……!」
「は、はひっ……! ティフォン様……! わたくしのすべては、ユニバス様に支配されてしまいました……!
もうユニバス様なしでは、生きていけませんっ……!」