08 勇者は俺を悪人に仕立てようとしたが、あっさり失敗(ざまぁ回)
ところ変わって、フーリッシュ王国の城内。
急遽設置された『ティフォン誘拐事件対策本部』には、王国の主要人物たちが勢揃いしていた。
長いテーブルの上座には勇者ブレイバン。
その傍らには腰巾着のように、魔導装置大臣のゴーツアンが。
「まだ捕まらんのか!」と苛立つブレイバンに、ゴーツアンが言った。
「落ち着いてください、ブレイバン様。次期国王ともあろう方が、そんなに取り乱してはみっともないですぞ。
国境には最新鋭の戦闘馬車を配備しているうえに、すべてを受け止める魔導盾を装備した兵士たちがおります。
それらはすべて私の開発した魔導装置ですから、何者であっても破ることはできません。
ティフォン様をさらった不逞の輩はすでに袋のネズミ同然。
ブレイバン様はネズミが捕まるのを、ごっつぁん! とお待ちになっていればよいのです」
そこに、最新情報を携えた兵士が飛び込んでくる。
「た……大変です! たった今、ティフォン様を乗せた馬車が、国境を突破したそうです!」
「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
目玉が飛び出さんばかりに仰天し、椅子から立ち上がるゴーツアン。
「私が編み出した警備網は、たとえ軍隊が押し寄せてきても止められるはずなのに!?
いったい、どうやって!?」
「それが……魔導馬が、空を飛んだのです!」
すると、ゴーツアンは急に我に返って肩をすくめた。
「フッ、魔導馬が空を飛ぶわけがないではないか。
きっと不貞の輩は幻術の使い手かなにかで、国境の兵士たちに幻覚を見せ、そのスキに突破したのであろう」
「で、ですが、国境はそのとき、数千人の兵士がいたそうです!
それほど多くの人間に幻術をかけるのは、不可能かと……!」
「ええい、わからんやつめ! この私が幻覚といったら幻覚なのだ!
だいいち馬が空を飛ぶだなんて、そんなおとぎ話みたいなことがあって……」
……ダンッ!
ゴーツアンの言葉は、ブレイバンが机に振り下ろした拳によって遮られた。
「わかっていないのは貴様のほうだ! ゴーツアン!
あの魔導馬は、風の精霊の力を借りることにより、空を飛ぶ力もあるというのを知らんのか!」
ゴーツアンは思わず「そ……そうなのですか!?」と口にしてしまい、「しまった」と手を口に当てる。
「い、いや、もちろん存じておりますとも! なにせあの魔導馬は、この私が作ったのですからな!」
「貴様が無能なせいで、このフーリッシュ王国からネズミを逃がしてしまったではないか!」
「こ……この私が、無能!? そ、そんなことはありません! これは、わざとやったのです!」
ゴーツアンは未来の国王から怒られるのを避けたいがあまり、とっさにウソをついた。
ブレイバンは「わざとだとぉ?」とギロリと睨み返す。
「は……はいっ! 不貞の輩はまんまと私の作戦に引っかかったというわけです!
私は国内でネズミを捕まえるより、国外で泳がして捕まえるほうがメリットが大きいと考えました!
その名も……『凶悪手配書大作戦』ですっ!」
追いつめられたゴーツアンは、即興で起死回生の一手を吟じた。
まず、不貞の輩とさらわれた姫、すなわちユニバスとティフォンの似顔絵を作成する。
それを伝映装置という、映像を映し出す魔導装置を使って世界中に伝達する。
その似顔絵は、ユニバスを邪悪に描き、ティフォンは泣き叫んでいるように描いて、ユニバスの凶悪さを喧伝する内容にする。
あとは『ユニバスは生死を問わず』という形にして、賞金首にしておけば……。
寝て待つだけで、ユニバスは何者かの手によって殺されるであろう。
それだけではなく、ティフォンは『変態にさらわれた可哀想な姫』という、新しい事実が世界中に知れ渡る。
彼女が自ら式典を抜け、別の男と駆け落ちしたという、勇者にとって不名誉な事実すらも無くなる。
「……という作戦でございます!」
ブレイバンはポンと手を打つかのように、ふたたびダン! と机を叩いた。
「なるほど、それは名案だ! さすがはゴーツアン!
魔導装置における、世界最高の技術者と言われただけある!
よぉし、さっそく似顔絵の作成に取りかかれ!
出来上がり次第、伝映装置を通じて各国に流すのだ!」
ゴーツアンの口からでまかせで生まれた『凶悪手配書大作戦』は、即日実行に移された。
何重ものチェックを重ね、ユニバスは人外のような醜悪さに描かれ、ティフォンは悲劇のヒロインに仕立てあげられる。
それが伝映装置で世界じゅうに送信されたあと、ブレイバンはお忍びでフーリッシュの城下町へと馬車を走らせた。
国内の民衆の反応を見て、成果のほどを確かめてみたくなったからだ。
伝映装置というのは人の集まる広場などに、お触れ書きの看板のように設置されている。
そのまわりには多くの民が集まっていた。
ブレイバンはほくそ笑む。
あの手配書を見たマヌケな民たちは、ユニバスに激怒するであろう。
そして、こんな美しい姫をさらわれた勇者の身を案じ、気の毒に思うことだろう、と。
しかし民のリアクションは想像とは真逆で、誰もが困惑しきりの様子だった。
ブレイバンはおかしいな、と思いつつ馬車を降り、人混みをかきわけて伝映装置のそばまで行ってみる。
そこにあったのは、ふたつの伝映装置。
ひとつは政府広報用のもので、今にも死にそうなほどに悲痛な表情の、ティフォンの似顔絵がアップで映し出されていた。
そして、もうひとつは民間のマスコミ用の伝映装置。
なんとそこには、馬車で街中を疾走する、ユニバスとティフォンの画像があった。
あたりは紙吹雪が舞い散り、ティフォンはカメラ目線でダブルピースをしている。
その表情はどう見ても、変態にさらわれる真っ最中には見えなかった。
それどころか、どこをどう見てもハネムーンに向かう花嫁にしか見えない、最高の笑顔が映し出されていたのだ……!
次回、勇者のさらなる醜態!
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