27 レセプルふたたび
27 レセプルふたたび
俺たちは精霊軍団と別れたあと、トランスの馬車に乗ってカラストラの街を出た。
御者席で俺は溜息をつく。
「はぁ、疲れたなぁ……。俺はただの人間の男だってのに、あんなにかしこまらなくても……」
「しょーがないよ。ユニバスくんはわたしたち精霊のアイドルなんだし!
わたしだっていまだに、ユニバスくんといるとドキドキするもん!」
「はい、ティフォン様のおっしゃる通りだと思います。
わたくしもユニバス様とご一緒できていることが、今でも夢だと思うことがあるくらいです」
ふたりは当然のように言っていたが、俺は納得できなかった。
「ティフォンなんてもう何日も俺と旅してるのに、なんでドキドキする必要があるんだよ。
イズミも夢だなんておおげさだなぁ」
するとふたりはポッと頬を染め、モジモジとうつむいた。
「だって……ユニバスくんって、カッコ良すぎるんだもん……。
精霊軍団の子たちの首輪を外してあげてるときの横顔なんか、もう反則級で……」
「はい……わたくしはまぶしすぎて、直視できませんでした……」
「あのときはふたりして、腰砕けになりそうだったもんね……」
「はい……ふたりで支えあっていなかったら、どうなっていたことか……」
「あのときのユニバスくんの顔……思い出すだけで、きゅん、ってなっちゃう……」
「ああっ、おっしゃらないでください! わたくしも、脈が乱れてしまいます!」
ふたりは両手で顔を押え、次の街に着くまでずっとイヤイヤをしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺たちの目的地は、炎の精霊の国『ヒートアイランド』。
しかし今いるトコナッツの国は暑いので、あまり長い距離を行軍せず、途中にある街や村で休息を挟みながら旅を続けた。
そしてヒートアイランドへの道のりが半分くらいまで来たところで、旅費がまた乏しくなった。
そのため俺たちは、最寄の街へと向かい、また仕事を探すことにする。
『ツエリアの街』のギルドの受付には、忘れたくても忘れられない受付嬢がいた。
「レセプルちゃん、なんでこんな所にいるの!? そっくりさんじゃないよね!?」
「私のような美しい精霊が、ふたりといるわけがないでしょう。この街のギルドの受付に転属したのですわ」
「そうなの? なんで!?」と首を突っ込むように、カウンターに身を乗り出すティフォン。
レセプルはまた、あの挑戦的な笑みを浮かべた。
「それはすぐにわかりますわ。
それよりも、あなたたちは仕事を探しに来たのでしょう? なら、ちょうどいい仕事がありますわよ」
「どーせ、また井戸掘りとかなんでしょ? わたしは冒険がしたいの!」
「もしよろしければ、冒険と呼べそうなクエストを差し上げてもよろしくてよ?」
「えっ、ホントに!? やったぁ!」
「ならその微妙なお顔を引っ込めて、大人しく待っていることですわね」
ティフォンは「うん!」と返事をし、素直にカウンターから降りる。
両手をカウンターの上に乗せ、「はやくはやく!」と飛び跳ねる姿は子供のようだった。
精霊の年齢的にはレセプルのほうがだいぶ歳下のはずなのだが、レセプルは大人のような溜息をつく。
「はぁ、慌てるんじゃありませんわ、みっともない。ただしそれにはひとつ、条件がありますの。
これは特別な所から依頼されているクエストですので、いちどクエストを発行した以上、失敗以外の中断は許されませんの」
俺が考えるまでもなく、待ちきれない様子のティフォンが即答する。
「つまり断っちゃダメってことだよね! でも冒険だったら断らないよ! だから早く、クエスト頂戴!」
「やる気があるのは結構なことですわ。それではユニバス、ギルドカードをよこすのですわ。
クエストをあなたの名前で登録してしまいますから。そうすれば、晴れてクエスト受諾となりますわ」
「やったーっ! はやくはやく、ユニバスくん!」
ティフォンに急かされ、俺は作業服の胸ポケットからギルドカードを取り出し、レセプルに渡した。
彼女はそれを『クエストプリンター』と呼ばれる魔導装置にセットし、なにやら操作をする。
しばらくして、装置から一枚の羊皮紙が吐き出された。
レセプルはギルドカードといっしょに、その羊皮紙を返してくる。
羊皮紙には、クエストの内容が書かれていた。
『ツインデビル・シニストラの定期確認任務の引率』
シニストラの山に封印されている、ツインデビル・シニストラ。
その封印の定期確認が、オンザビーチ魔導女学院の生徒20名によって行なわれる。
生徒たちの補助員として同行し、任務の遂行を手伝うこと。
期間 明日の早朝から1日間
場所 シニストラ山(現地集合、現地解散)
報酬 300万¥
ティフォンは待ってましたとばかりに歓声をあげた。
「おおーっ! これこれ、こういうのがやりたかったの!
悪魔をやっつけるだなんて、これぞまさに冒険じゃない!?」
「でもティフォン様、こちらの羊皮紙には、封印の確認と書いてありますが……?」
「確認のついでにやっつけちゃってもいいんでしょ? レセプルちゃん!」
するとレセプルは手の甲を口に当てて、コロコロと笑った。
「伝説の悪魔であるシニストラを倒そうだなんて、ヘソティーですわね。
もちろん倒してしまっても問題ありませんことよ。倒せるものでしたらね、オホホホホホ!」
「よぉーし、やろうよ、ユニバスくん! どーんと悪魔を……って、どうしたの?」
イマイチ乗り気ではない俺を見て、ティフォンがからかうように言う。
「あ、もしかして、悪魔が怖いとか?」
「いや。封印されてる悪魔を確認するだけなら、クエストとしての危険度はあまり無いからいいんだ。
むしろ、俺が怖れているのは……」
『オンザビーチ魔導女学院』。
『魔導女学院』というのは、このトコナッツにある魔導女のための高等学校だ。
将来を担う若手の魔導女が理事長に就任し、その名前が校名となる決まりがある。
今の理事長は『オンザビーチ』。勇者パーティの一員だった魔導女だ。
ちなみにではあるが、彼女が理事長に就任したのは、勇者パーティとして魔王討伐の旅をしていた最中だった。
俺のとある行動がキッカケで、前理事長の不祥事が明るみになり、オンザビーチを新しい理事長にしようという動きがあったのだ。
その声に応え、オンザビーチは旅の途中ではあったものの、新理事長に就任。
さらに彼女は続けざまに、魔王を退けるという功績を重ねた。
そして今や若手だけでなく、すべての魔導女からの憧れの存在となっている。
あ、いや、今はオンザビーチのことはどうでもいいんだ。
俺が不安視していたのは、その学校が『女学院』で、その生徒たちを引率しなくてはならないということ。
生徒という以上、ティフォンやイズミくらいの、うら若き乙女たちなのは間違いない。
しかも多数がオンザビーチに憧れているだろうから、ギャルばっかりの可能性もある。
俺は悪魔よりも、人間のギャルたちのほうが怖かった。
ふとレセプルを見ると、まるで俺の弱点を見透かしたかのように、ニヤリと笑っている。
「やはりそうでしたのね、ユニバス」
「えっ」
「カラストラの街でのあなたの言動で、わたくしはピンと来たのですわ。
あなたは、人間とまともにコミュニケーションができない、と……!」
「うっ……!」
「カラストラでそのことに思い当たった私は、このツエリアに転属願いを申し出たのですわ」
「なに? ということはキミがここにいるのは、俺にこのクエストをやらせるためだったのか?」
「そうですわ。苦手そうなクエストを与えて、あなたの化けの皮を剥がしてやりたかったのですわ」
「なんだってそんなことを……!?」
「かつてあなたは勇者様のパーティにおいて、さんざん勇者様の足を引っ張った……そのお返しですわね」
「それ、たぶん誤解だよ! ユニバスくんは……!」
「おだまりなさい! 誤解も6階もありませんわ!
ユニバス! 私はカラストラであなたを見たとき、ここで会ったが百年目だと思いましたわ!
きっと勇者様の無念を晴らすために、神が遣わしてくださったのだと……!」
レセプルは地獄の女閻魔のごとく、口が裂けんばかりに笑っていた。
「奇跡は二度もありませんわよ、ユニバス……! さぁ、クエストにお行きなさい……!
あなたのもっとも苦手とするギャルの前で失態を犯し、二度と立ち直れなくなるくらい、嘲笑されるといいですわ……!
おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほーーーーーーーーーーーーっ!!」