26 精霊騎馬
26 精霊騎馬
カランカランと音をたてて、地面を転がる首輪の残骸。
先ほどまで縛めを受けていた女性は、長年悩まされていた肩こりが消え去ったかのように、首筋をさすっている。
「え……? く、首輪が、取れ……ちゃっ……た……?」
彼女の周囲にいた精霊軍団たちは、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。
「う、うそ……うそでしょ……!?」
「私たちも何度も外そうとしたのに!? でも、なにをやっても絶対に外れなかったのにっ!?」
「わ、私は金の精霊なのよ!? 同じ精霊がいくらやっても外れなかったのに!?
な、なんでこんなに、あっさり外せちゃうのぉ!?」
騒然となる精霊軍団に、ティフォンとイズミは手と耳をパタパタしながら言った。
「ユニバスくんならそのくらい普通だって」
「はい。ユニバス様はわたくしたち精霊よりも、大いなる精霊力をお持ちなのです」
俺は苦笑する。
「おおげさだな。俺はただ、金の精霊に頼み込んだだけだよ」
と、俺はティフォンとイズミに言ってから、精霊軍団のほうに振り向きながら続ける。
「もし他の金の精霊たちも、これを聞いていたら、彼女たちを自由にしてやってくれないか」
次の瞬間、精霊軍団の首輪が一斉に真っ二つになる。
まるで積み上げた金属の皿を床にぶちまけたみたいに、ガランガランと賑やかな音が足元からした。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
精霊軍団の驚愕は、周囲のヤジ馬たちにも飛び火する。
「な、なんだ!? なにが起こってるんだ!?」
「どうやら、あのユニバスが首輪を外したらしい!」
「マジかよ!? とても首輪を外したようには見えなかったぞ!?」
「そうだよ! 首輪を外すっていったら、鍵を外すとか焼き切るとか、そういうのだろ!?」
『精霊バトル』の審判役だったレセプルは、魂を抜かれたようにポカンとしていた。
「あ……あの、無能のユニバスが……!?」
しかしすぐに我に返って、ツインテールをふるふる左右に振ると、
「きっと、耐用年数が限界を迎えていたのですわ。
でなければあの程度のことで、金の精霊の束縛が外せるわけがありませんもの。
それは金の精霊である私が、いちばんよく知っておりますわ」
レセプルは自分に言い聞かせたあと、長い髪をムチのようにしならせ、ドラハンをキッと睨む。
「はからずとも、これであの精霊軍団はユニバスのものとなりましたわ!
『精霊バトル』のルールはしっかり果たされたといえ、あなたの見苦しさは、見逃すわけにはまいりませんわ!
キッチリとギルドに報告しますから、覚悟するのですわ!」
ドラハンはワナワナと震えていた。
「は……はんっ! お……おのれ! おのれっ、ユニバスぅぅぅぅ~~~~!」
しかし俺はそれどころではなかった。
跪いた精霊軍団に泣きすがられていたから。
「あ……ありがとうございます! ありがとうございます、ユニバス様!」
「私たちはドラハンに仕えていたのですが、それもすべては将来、ユニバス様の元に仕えるためでした!」
「ドラハンは私たちをそそのかしたのです! 憧れの人に仕える前に、自分のところで修行するといい、って!」
「でもドラハンは私たちに首輪をして、自由を奪ったのです!」
「もう私たちは一生、ドラハンに飼われる運命なのだと、あきらめておりました!」
「ああっ……! やはりユニバス様は、私たちの希望の光ですっ!」
「ユニバスさまっ! ユニバスさまぁぁぁ~~~~!」
俺は彼女たちをなだめるため、ひとりずつ頭を撫でてやった。
気付くとティフォンとイズミもいっしょになって跪いていて、ドサクサまぎれに頭を撫でられようとしている。
ヤジ馬たちのどよめきは止まらない。
「す、すげぇ……! あれだけの精霊を跪かせるだなんて……!」
「アイツ本当に、無能のユニバスなのかよ!?」
「精霊に嫌われるどころか、メチャクチャ溺愛されてるじゃねぇか!」
「しかも、あの『精霊使い』のドラハンですら、首輪で無理やり言うことを聞かせてた精霊を……。
首輪なしで、あそこまで従わせるだなんて……!」
「とんでもねぇ『精霊たらし』だ……! ドラハンがまるでピエロみてぇだぜ……!」
とうとうピエロ呼ばわりされてしまったドラハン。
「はっ、はんっ! そんな二軍のメスブタ精霊どもなど、惜しくもなんともないな!
だがこれほどの面前で、最高の精霊使いであるこの僕に、恥をかかせたことは万死に値する!
無能のユニバスよ! 次に会ったときは、最高のエース精霊たちで叩き潰してやるから、覚悟するといい!」
しかし俺はそれどころじゃなかった。
よってたかって精霊たちに担がれていたから。
「お、おい、なにするんだ!?」
「ユニバスくん、知らないの? それは精霊騎馬っていって……」
「騎馬は知ってるよ! キミたち、降ろしてくれ! 女の子に騎馬をさせるだなんて……!」
「いいえ。ユニバス様を歩かせるだなんてとんでもない。
私たち精霊軍団は、こうしてユニバス様を乗せてお運びするのが夢だったのです」
「うふふ、みなさん、夢が叶ってよかったですね。わたくしもユニバス様とご一緒していると、夢が叶いっぱなしです」
「あ、そうだ! ユニバスくん、わたし、お腹がすいちゃった! お金も入ったし、なにか食べにいこうよ!
精霊軍団の子たちもいっしょに!」
「そんな、ユニバス様といっしょにお食事だなんて、怖れ多すぎます!」
「遠慮することないって! それじゃあ、騎馬できばりつつ、ゴハン食べにいこーっ!」
「なんでもいいから、降ろしてくれーっ!」
俺たちは唖然とするヤジ馬たちを残し、広場をあとにした。
みんなでそのまま街の酒場に向かい、仲良く食事をとる。
食事がすんで酒場を出ると、精霊軍団は俺に向かってひれ伏した。
人通りのある往来の真ん中で、ビキニアーマーの美女集団が土下座すると、やたらと目立つ。
「お……おい、こんな所でなんのつもりだ?」
すると精霊軍団は美しい顔をあげ、歓喜と怖れの入り交じった瞳で俺を見上げる。
「ユニバス様とお目にかかれるどころか、自由の身にしていただいただけでなく、お食事までご一緒できるんだなんて……!
私たちは、世界一の幸せ者です……!」
「そうか。それはもうわかったから、立ってくれないか?」
「いいえ、ユニバス様。どうかお別れの挨拶として、これだけはお許しください」
ティフォンが「えっ?」となる。
「お別れの挨拶って、どこかに行っちゃうの?」
「はい、ティフォン様。私たち精霊軍団は、武者修行の旅に出ます」
イズミも「えっ?」となる。
「なぜなのですか? せっかくユニバス様の精霊になれたというのに……」
「いいえ。私たちはまだ、ユニバス様の精霊になれるだけの資格はありません。
ティフォン様やイズミ様などには、まだまだ遠く及びません」
精霊軍団は、祈るような瞳で俺を見た。
「ユニバス様。ティフォン様とイズミ様とご精婚されたあとで、もし私たちに、今と変わらぬお情けをくださるのであれば……。
どうか、私たちを従者として使ってはいただけませんか?
その頃にはきっと、ユニバス様のそばに居るに相応しい精霊となって戻ってまいりますので、どうか、どうか……!」
精霊軍団は一斉に顔を伏せ、顔面を地面にグリグリとこすりつける。
俺がうんと言うまで、彼女たちは美しい顔を土埃まみれにするのをやめなかった。