25 ボコボコのドラハン
25 ボコボコのドラハン
精霊軍団のストンピング攻撃が、ドラハンの身体のあちこちに突き刺さる。
ドラハンは、肺から絞り出した悲鳴とともに吹っ飛び、地面に叩きつけられ転がった。
引き綱で繋がっている精霊軍団は、追いかけてさらにキックの雨を降らせる。
……ドガバキグシャメキッ!
もうもうと土煙があがるなかで、のたうちまわるドラハン。
「いだいだいいだいっ! いだいいいーーーーっ!? やめろやめろやめろっ、やめろぉーーーーっ!
やめないと弱点属性を限界まで送り込むぞっ! そしたらお前たちは、死っ……!」
しかし、美女たちのキック攻撃はさらに激しさを増す。
「私たちは今まで、あなたのムチャな命令に従ってきた! でも、ユニバス様を攻撃しろだなんて、許せない!」
「私たちの憧れのユニバス様を攻撃しろだなんて! もうガマンの限界よっ! 誰があなたの言うことなんか聞くもんですかっ!」
「ユニバス様におケガをさせるくらいなら、私たちは喜んで死を選ぶわ!」
「殺したければ殺しなさい さぁ、殺しなさいよっ! でも、あなたも道連れよっ!」
……ドガバキグシャメキッ!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? 助けてっ!? 助けてくれぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
観客たちは唖然としていた。
「な、なにが、どうなってるんだ……?」
「精霊使いが、従えている精霊にボコボコにされてるぞ……?」
「そんなこと、普通なら絶対にありえないのに……?」
「しかも、一流の精霊使いのドラハンだぞ……?」
やがて、広場じゅうに轟いていた悲鳴が止む。
美女精霊たちからのリンチの果てに、ドラハンはついに泣き出してしまった。
顔はボコボコでアザだらけで、派手な服もボロボロで穴だらけ。
亀のように身体を丸め、
「まっ、参りました! 参りましたぁ! ぼっ、僕の負けです! 僕の負けですぅぅぅ!
だからもう、蹴らないで、蹴らないでぇぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!」
「……ドラハンが降参の宣言をした……。ということは勝負あり、ですわね」
見ると、審判役をつとめていたレセプルが手を掲げていた。
「ドラハン精霊軍団の、敗北ですわ!」
「きゃーっ! やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
当の精霊軍団は、負けたというのに涙を流して喜んでいた。
ティフォンとイズミもいっしょになって、喜びを分かち合っている。
「よかったね、みんな! これであのド変態から解放されるよ!」
「わたくしたちといっしょに、ユニバス様をお慕いしてまいりましょう!」
観客たちはまだ事態が飲み込めていない様子で、ざわめいている。
「ま、マジかよ……!? 精霊バトルでは無敗だったドラハンが、負けるだなんて……!?」
「しかも精霊に裏切られて負けるだなんて、聞いたことねぇぞ……!」
「ドラハンは実は、三流の精霊使いだったのか……!?」
「それとも相手が、超一流の精霊使いだったのかもしれねぇぞ!」
「いったい、あの若造は何者なんだ!?」
「あんなかわいい精霊ふたりだけじゃなくて、敵の精霊軍団までトリコにするだなんて……!」
「並の『精霊たらし』じゃねぇぞ……!?」
その疑問に答えるかのように、レセプルが再び声を響かせる。
「勝者、無能のユニバス!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
驚愕が全方位から沸き起こる。
「む……無能のユニバスって、まさかあの無能のユニバスかよ!」
「勇者様のパーティにいて、さんざん勇者様たちの足を引っ張ってきたっていう!?」
「ウソだろ!? ユニバスはすべての精霊に嫌われてるんじゃなかったのかよ!?」
「そのはずなのに、ハーレムみたいにモテモテだなんて、信じられねぇっ!?」
ざわめきをかき消すように、レセプルはさらに高らかに宣言する。
「ドラハン! 精霊軍団をユニバスに引き渡すのですわ!」
すると蹲っていたドラハンが、むっくらと顔を上げる。
顔は風船のようになっていたが、腫れぼったい瞳の奥には狂気の光を宿していた。
「いいだろう……! くれてやる……!」
手首に繋げていた引き綱を外し、あっさりと手放す。
自由になった精霊軍団は、すぐに俺のそばに寄り添ってくる。
「待つのです、精霊軍団。ドラハンに首輪を外してもらうのですわ」
レセプルのその言葉を、ドラハンは笑い飛ばした。
「はんっ……! 僕はそこまで約束した覚えはないなぁ……!
精霊軍団を渡す約束はした、だが、首輪を外すとは言っていないよねぇ……!」
「なっ……!? 首輪を外さなければ、あなたはいつでも精霊軍団を苦しめることができる……!
そんなのは譲渡とは言えませんわ!」
「はんっ! そうさ、レセプル! 金の精霊のキミならよく知っているだろう!
首輪は金の精霊の『束縛の力』によって、飼い主の手以外では、絶対に外れないということを!
だから精霊軍団はどこにも行けないのさ!
僕の命令なしで僕から離れた場合は、弱点属性が滲み出す仕組みになっているのだからねぇ!」
「卑怯だよ、そんなの!」「あんまりです!」
ティフォンイズミが抗議しても、ドラハンはそよ風のように受け流す。
「はんっ! なんとでも言うがいい! 僕を裏切る女など、この世にいてはならないんだ!
人間の女も精霊の女も、僕の言いなりになってこそ、幸せになれるのだからねぇ!」
ドラハンは下品に舌を垂らしながら、俺に嘲笑を浴びせかける。
「ククククク! 残念だったねぇ、無能のユニバスくん!
戦いというのは常にカッコイイほうが勝ち、ブサイクなほうが負けるのだよ!
どぉら、僕の言った通りになっただろう?」
俺の中では、例えようのないやるせなさと、言いようのない怒りが入り交じりっていた。
俺はどう思われてもいい、無能と蔑まれ、バカにされようが構わない。
でも、精霊たちを苦しめることだけは許せない。
俺はいつも、どもりを気にして人と話すことを避けてきた。
だが、だが……。
「……する」
「はんっ?」
「おっ……俺がいっ、今から、こっ、この子たち、をっ……じっ、自由に……するっ……!」
「ククククク! 今のを聞いたかい、みんな!? ユニバスくんは噂どおりの無能のようだ!
キミは知らないようだから教えてあげよう!
その首輪は無理やり外そうとすると、嵌めている精霊だけでなく、外そうとした者へも危害を加えるのだよ!」
俺はその言葉を無視して、そばにいた精霊軍団のひとりの首筋に手をかける。
ビクッと怯えた様子を見せたので、「怖がらなくていい、俺に任せろ」となだめる。
「い、いえ、ユニバス様……! 怖いのではありません……! もう、命を捧げる覚悟はできております……!
ユニバス様が私たちを助けようとしてくださる、そのお気持ちが……!
そしてこんな私の身体に触れてくださることが、恐れ多くてたまらないのです……!」
レセプルが鋭い声で告げる。
「やめるのですわ、ユニバス。ドラハンの言うとおり、その首輪は金の精霊の力が働いているのですわ。
金の精霊の『束縛の力』は、金剛よりも強い……!
人間はもちろんのこと、私たち精霊でも、決して外すことはできないのですわ……!」
しかし次の瞬間、俺が手をかけていた首輪が、パックリとふたつに別れ、肩から滑り落ち、
……かしゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!
地面にわんわんと音をたてて転がっていた。
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」