22 精霊使いドラハン
22 精霊使いドラハン
カラストラのギルドに向かうと、ギルドの建物のそばにある井戸で、びしょ濡れになったレセプルが四つ足でむせていた。
「げほっ! ごほっ! がはっ! し、死ぬかと思いましたわ……」
「ただいまー! レセプルちゃん! どうしたの?」
「暑いので、水浴びでもされていたのでしょうか?」
レセプルは濡れ光るツイテールを振り乱す勢いで立ち上がった。
「服のまま水浴びなど、するわけがないでしょう!
ちょっと井戸で水を汲もうと思ったら、いきなり井戸から水が吹き出してきたのですわ!」
俺たちは顔を見合わせる。
ティフォンは「うわぁ、そりゃ災難だったねぇ」とわざとらしい口調で言った。
レセプルは身体のあちこちから雫を滴らせながら、スカートを絞っている。
「そんなことよりも、あなたたちはなんでこんな所におりますの?
クエストはどうしたんですの?
まさか私が与えたクエストを、やりたくないだなんておっしゃりに来たわけではないでしょうね?」
「ああ、それならもう終わった。だから報酬を受け取りに来たんだ」
「そんな、見え透いたウソをつくだなんて……。
ユニバス、あなたはマトモなウソもつけないほどの無能だったんですのね。
よろしくて? 井戸掘りの仕事というのは、何ヶ月もかかるものなのですわ。
それを半日もかからずに終わるだなんて……おハーブ生えますわね」
「いや、本当なんだ。村長から、クエスト達成の魔導伝書が届いているはずだから、調べてみてくれないか?」
「はいはい。今日はもう仕事になりませんから、そのくだらないウソに、もう少しだけ付き合って差し上げますわ。
制服を着替えてまいりますから、ギルドのサロンで待っているといいですわ。
あ、サロンに備え付けのお茶は、最下級職の者は飲んではなりませんから、手を付けてはなりませんよ」
それだけ言って、裏口からギルドに戻っていくレセプル。
ティフォンがその背中に「けちー」と声をかけると、扉の向こうからチラリと顔が飛び出した。
「くやしかったらクエストをこなして、最下級職から脱出してみせることですわね。
無能のユニバスには逆立ちしても無理でしょうけれど……おーっほっほっほっほ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
おろしたての制服に身を包んだレセプルは、『報酬受取カウンター』の向こうで何度も目をこすっていた。
震える手元には、カレキットの村の村長から送られてきたのであろう、クエスト達成報告書がある。
「こっ、これは、なにかの間違いですわ……!
クエストの中でも重労働な『井戸掘り』を半日で、それもたったひとりでこなしてしまうだなんて……!
大勢の人夫を派遣したのに、よりにもよって、無能のユニバスが達成するだなんて……!」
レセプルは報告書から顔をあげると、ジロリとした上目を向けてくる。
「ふん、どうせ隣にいる精霊たちに泣きついたのでしょう」
俺はティフォンが口を挟むより先に答える。
「そうだ。俺は特になにもしちゃいない。ぜんぶ、精霊たちのおかげだ」
俺がすんなり認めたのが、レセプルとしては面白くないようだった。
フンッと鼻を鳴らし、引き出しから札束を取り出す。
「きっと、村長がボケていたのですわね。
でもその村長がクエスト達成を認めている以上、村がどんな状態になっていようとも、報酬は支払われる決まりとなっているのですわ」
「受け取るのですわ」とカウンターに置かれたのは、3つの札束。
あわせて300万¥の報酬。
本来この仕事は大勢の人夫の力が必要なので、報酬も関わった人数で分配されるのが普通である。
でも村長からクエスト達成報告には俺の名前しかなかったので、全額俺の総取りとなった。
ちょっと申し訳ないと思いつつも、これでしばらくは金の心配はしなくて良くなる。
おれは受け取った札束を、複雑な気持ちでポケットにしまった。
不意に背後から、「ハァイ」と甘ったるい声がする。
振り返ると、貴族の身なりをした長髪の男が立っていた。
その顔に、俺は見覚えがあった。
このギルドのエースと呼ばれている、『精霊使い』ドラハンか……!
背後にはローブのフードを深く被った、精霊の少女たちが付き従っていた。
彼女たちの首には首輪がなされ、犬のようなリードでドラハンの手首と繋がっている。
俺は一気に不快な気持ちになった。
俺の知る限りではあるが、『精霊使い』というのは、精霊に魔導首輪などの拘束具を付けて束縛する。
精霊が逆らうと、首輪から弱点属性が滲み出るようになっていて、精霊を苦しめ、無理やり従わせるんだ。
そんなことをしてまで精霊に言うことを聞かせるのは、間違ってると俺は思う。
当の精霊であるティフォンとイズミも、さぞや嫌な顔をしているだろうと思ったのだが……。
「い……いいなぁ……」「はい、憧れますぅ……」
ふたりは瞳をトロンとさせた恍惚の表情で、ドラハンを見ているっ……!?
それは、思いも寄らぬ反応だった。
これまで旅をしてきた限りではあるが、ティフォンは今までどんな男に声をかけられても、彼女は軽くあしらっていた。
イズミは男を見るだけで怖がって、俺の後ろに隠れていたくらいなのに……。
それなのにこのドラハンという男に対しては、まるで白馬の王子様を前にしたかのよう。
この男は……もしかして相当な『精霊たらし』なのか……!?
ドラハンは俺には目もくれず、ティフォンとイズミに優雅な一礼をした。
そして長い髪をかきあげ、キザな流し目をキメる。
「どぉら、今日はレセプルをデートに誘いに来たんだ。でも彼女は勇者様ひとすじのようでね」
すると俺の背後にあるカウンターから、ツンとすました声がする。
「当然ですわ。あなたがいくら当ギルドのエースでも、偉大なる勇者様とは比べものになりませんもの」
ドラハンは口元を緩めながら肩をすくめた。
「はんっ、手厳しいなぁ。では今日はこの精霊のお嬢さんたちとデートにしゃれこむとしよう」
「ああ、そのふたりは飼い主のいない野良精霊ですから、好きなだけ持っていくといいですわ」
「はんっ、このお嬢さんたちも、この僕に飼われたくてたまらないって顔をしているね。
どぉら、僕のペットにふさわしいかどうか、確かめてあげよう」
ドラハンは指先でティフォンのアゴをクイと持ち上げると、まるで味見でもするかのように唇を……。
「……や……やめっ……!」
俺の叫びは掠れて声にならなかったが、精霊姫たちの耳には届いた。
ピクン! と長い耳が震えたかと思うと、
……パカァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
ティフォンの見事なアッパーカットが、ドラハンのアゴを捉えていた。
ドラハンは「はんっ!?」とのけぞり、控えていた精霊女たちに受け止められる。
ティフォンは夢から覚めたように、カッと目を見開いていた。
「なっ、なんなのあなた!? いきなり顔を近づけてきたりして! ビックリして、思わず手が出ちゃったじゃない!」
イズミは「こっ、この殿方、怖すぎます!」と俺の後ろに逃げた。
ドラハンはカウンターパンチに目を白黒させていたが、やがてキザの仮面を取り戻すと、
「は……はんっ、この僕とキスできるのが信じられないようだね。
でもこれは、キミたちがいままでさんざん僕としてきた、夢のなかのキスじゃない。
夢よりずっとスウィートなキッスを、キミたちにあげよう」
するとティフォンの肌に、ぶわっと鳥肌が走った。
「き、キス!? あなた、わたしにキスしようとしてたの!? な、なに考えてるの!?
わたしのファーストキッスの相手は……!」
ここでティフォンはなぜか俺のほうをチラリと見たあと、ドラハンに向き直り猛然と言い放つ。
「もう予約済なんだからね!」
俺の背中で「わ、わたくしの唇も、予約済みです……!」と蚊の鳴くような声が。
ティフォンは人が変わったように、ドラハンに食ってかかる。
「だいいち、あなた何者なの!? あなたみたいなへんな男、初めて見たわ!」
ドラハンのキザを装う仮面に、ピシリとヒビが入る。
「は……はんっ、な、なかなか情熱的な照れ隠しだね。
でもそんなに意地を張らなくていいよ。さっきまで、この僕に見とれていたじゃないか」
「あなたに見とれてたって、なにを言ってるの!?
わたしが『いいな』って思ってたのは、後ろの子たちだよ!」
ティフォンはドラハンの背後にいる、犬のように繋がれた精霊女たちをピッと指さす。
「わたしもあんなふうに、ユニバスくんと一緒にいられたらいいのにな、って思ってただけだよ!
だって、あれならどこからどう見ても、わたしはユニバスくんの精霊だってわかるでしょ!?」
俺の背後からひょっこり顔を出しながら、イズミが言い添える。
「はい! それはわたくしたち精霊女子の、永遠の憧れです……!」
俺は虚を突かれた思いだった。
ティフォンとイズミはドラハンにではなく、『精霊使いに使われる精霊』に見とれていただなんて……!