21 無能からの恵み
21 無能からの恵み
『イドオンソード』で呼んだ水はいつまでも止まらない。
俺たちの頭上からは絶え間なく雨が降り注ぎ、足元は水浸しになっている。
村全体に、陽光を受け輝く雨がキラキラと広がっていく。
それは、ゴールドラッシュを告げる狼煙でもあった。
「み……水だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ドドドドド……! と村のほうから砂埃を巻き上げ、人夫たちが押し寄せてくる。
「誰だ!? どこのどいつが掘り当てやがったんだ!?」
「ああっ、見ろ! あそこにいるのは、無能のユニバスじゃねぇか!」
「ウソだろ!? まさかアイツが掘り当てるだなんて……!」
「でも、ちょうどいい! 全部横取りだっ!」
人夫たちは水の柱のまわりに集まると、勝手に騒ぎ出した。
「やったやったーっ! ついに掘り当てたぞーっ!」
「俺たちが力を合わせたおかげだ!」
「やっぱり俺たちは井戸掘りのプロだぜ!」
駆けつけた村人たちにも、さっそくアピールを始める。
「村長! 俺たちが掘り当てたぜ!」
「どんなもんだ! 報酬は掘り当てたヤツがもらえるんだよな!?」
「なら、ここにいるヤツら全員で山分けだな!」
「おおっと、あそこにいるユニバスはなにもしてねぇから、やる必要はねぇよな!」
俺はさすがに言い返さなければと思ったが、言葉がうまく出てこない。
かわりに、女性陣たちが猛然と抗議してくれた。
「あなたたち何言ってるの!? 横取りしようだなんて、最低だよ!」
「こちらの水は、ユニバス様が掘り当てたものでございます!」
「おぉん! なんという浅ましい者たちでしょう!」
しかし人夫たちには取り合おうとしない。
「おいおい、お嬢ちゃんたちこそなに言ってるんだ!」
「この水の勢いを見ればわかるだろ! 相当深く掘らないと、ここまで水は出ないんだぞ!」
「そんなすごいことを、そこにいるヒョロっちい若造がひとりでやったって言うのかよ!」
「いくらなんでも無理があるって! 俺たちが掘ったって考えるほうが自然だろうが!」
村長も、人夫たちの言うことを信じているようだった。
「うーん、ユニバスといえば、無能で知れ渡っている若者……。
この村を救ってくれるほどの偉業を、成し遂げられるとは思えん……。
掘りあてたのはやっぱり……」
「……ユニバスさんだよっ!」
ふと、甲高い声が割り込んでくる。
見るとそれは、俺たちがこの村に来たばかりの頃、家のなかで「のどがかわいた」泣いていた子供と、その母親たちだった。
いかにもワンパクそうな子供たちの集団が言った。
「おいらたち、見てたんだ! ユニバスさんが地面に大穴を開けるところを!」
人夫たちは肩をすくめて笑った。
「ぎゃははは! そんなわけあるかよ!」
「そこのクソガキどもは、暑さで頭をやられちまったんだろ!」
「村長、そんなクソガキどもの言うことなんてほっといて、俺たちがクエストを達成したってギルドに報告を……」
しかし子供の母親たちが、ずいと前に出た。
「私の息子をクソガキだなんて言わないで!」
「私はこの子たちが見たことを信じます!」
「それに、ユニバスさんのことも信じています!」
「だってユニバスさんは、水が欲しくて困っている私たちに水を恵んでくださったんです!」
「それに比べてあなたたちは、この村に着く早々、子供たちに見せびらかすように水を飲んでいたでしょう!?」
村の母親たちの口添えは、まさしく鶴の一声となった。
村長は「うむ」と頷くと、俺に向き直る。
「ユニバスさん、いや、ユニバス様。私たちはあなた様のことを、たいそうな無能だと聞き及んでおりました。
ですがそれは間違いだったようです」
村長はくるぶしまであがってきている水に、ばしゃりと膝を浸すと、
「この村を救ってくださり、ありがとうございました……!
あなた様がいなければ、この村は滅んでいるところでした……!」
村人たちは次々と跪き、俺の頭を下げる。
「ああ、ありがとうございます、ユニバス様……!」
「ありがとう、ユニバス様っ!」
「この村を救った勇者として、あなた様のことは語り継いでいきます……!」
村人から口々に感謝の言葉を告げられ、俺はいたたまれない気持ちになった。
だってこれは、俺ひとりでやったことじゃない。
むしろ精霊たちの力が無ければぜったいに無理だったことだ。
「いっ……いや、俺……。ティフォ……イズミや、イドオンが……」
それを言葉にしようとしても、相手が人間だとうまくいかない。
ティフォンやイズミに視線で助けを求めたが、ふたりはニコニコするばかりでなにもしてくれない。
「そうそう、ぜんぶユニバスくんがやったんだよ! わたしたちは見てるだけだったんだから!」
「流れる石でございます、ユニバス様!」
気付くとイドオンの姿がどこにもない。
枯れ井戸のほうを見ると、彼女はバイバイと手を振りつつ、井戸の中に引っ込んでいくところだった。
おそらく彼女が帰り際にやってくれたのであろう、吹き出した水はしばらくすると止まり、今度は井戸から水が湧き出るようになった。
そして村長は、俺がこの村に水をもたらしてくれたと、ギルドに報告することを決めたようだ。
人夫たちは、村長を騙すことに失敗したとわかった途端、態度が急変した。
「ゆ……ユニバスくん! さっきはすまなかった! 無能だなんて言って悪かったよ!」
「これまであったことは、お互いすべて水に流して、仲良くやろうじゃないか!」
「仲直りの印として、俺たちも手伝ったってことにしてくれないかな!?」
「な、頼むよ! でなきゃ俺たち、今日のあがりがゼロになっちまう!」
「あがりが無いとメシも今日のメシも食えねぇんだ! それだけじゃなくて野宿になっちまうんだよぉ!」
「お願いだ! 俺たちを助けてくれよぉ、ユニバス様ぁ!」
人夫たちから泣きつかれ、俺はいたたまれない気持ちになった。
しかしそれを言葉にしようとしても、相手が人間だとうまくいかない。
「いっ……いや、だっ……たら、そっ、その……」
不意に突風がおこり、ゾンビのように足元にすがりついていた人夫たちが一掃された。
「まったく! さんざんユニバスくんのことをバカにしといて、水が出たらこれだもん!
誰があなたたちなんか助けるもんですか! もう街に帰ろう、ユニバスくん、イズミちゃん!」
ティフォンはぷりぷりしながら俺とイズミの手を取ると、村の出口のほうへとグイグイ歩き出す。
「そ……そんなぁ~~~~~~っ!?」
打ちひしがれたような絶叫が、いつまでもいつまでも背中に追いすがってきた。
停馬場に着くと、トランスの馬車が変わらぬ様子で出迎えてくれる。
しかしトランスの隣には、ボディがへこんだ魔導馬が牽引する、車輪の外れた馬車が停まっていた。
俺はその魔導馬がつい、気になってしまった。
「ユニバスくん、なにしてるの? それ、トランスくんじゃないよ?」
「ああ、わかってる。この魔導馬は、人夫たちが乗ってきた馬車を引いていたやつだ」
「それなのに、中を開けるだなんて……? あ、わかった! お返しにイタズラをするんだね!?」
「そんなことはしないよ。転倒した拍子にかなり痛んだようだから、ちょっと修理してやろうと思って」
「ちぇっ、つまんないの。わたしだったら絶対にイタズラをするのになぁ」
「魔導装置は人間の暮らしを豊かにするためにあるのであって、困らせるためにあるわけじゃない
それにこの痛んだ状態のまま走ったら、この魔導馬は帰りに荒野の途中で停まる可能性がある」
「いいじゃない。そのほうがあの人夫さんたちにいい薬になると思うけど」
「そうかもしれないが、持ち主は故障した魔導馬を、荒野の真ん中に置き去りにするかもしれない。
そうなったら、コイツがあまりにも可哀想だからな」
「まったく……ユニバスくんはやさしすぎるよ。人間にも精霊にも魔導装置にも」
ふてくされるティフォンに「でも、そこが素敵なところですよね」と微笑むイズミ。
「……よしできた、っと。これでこの魔導馬も新品同様に走れるようになるはずだ。
それじゃ、俺たちも帰るとするか」
「うん!」「かしこまりました」
俺たちはトランスの馬車に乗り、一路、カラストラの街へ。
書籍版の第1巻の発売日が9月10日(金)に決定いたしました!
それに伴い、表紙も公開です! このあとがきの下、もしくは活動報告をご覧下さい!