20 解き放たれた聖剣
20 解き放たれた聖剣
それから俺たちは5分ほど走り、『カレキットの村』に到着する。
村は、草木ひとつ生えていない茶色い岩山に囲まれた立地にあった。
村の外に馬車を停めて入村する。
ずっと日照り続きのようで地面はヒビ割れ、足元からはカゲロウが立ち上っていた。
石造りの家の中には、「のどがかわいたよー」と泣く我が子をなだめる母親たちの姿が。
見かねた俺はイズミに頼んだ。
「なあイズミ、悪いがキミの水を村人たちに分けてやってくれないか?
もちろん、キミの体調を崩さない程度でいいから」
水の精霊にとって、体内の水は血液にも相当する。
そんな大事なものを見ず知らずの人間に分け与えるのは、抵抗を感じてもおかしくはない。
「はい、かしこまりました。ユニバス様の仰せのままに」
しかしイズミは素直に頷いて、通りすがりの家の前にある水桶に、水を注いでまわってくれた。
彼女の力があれば、ある程度の水は恵んであげられるが、それにも限界はある。
いちおう村にも井戸があるようだったが、ぜんぶ枯れているようだった。
村を歩きまわりながら、ティフォンがグッタリと言う。
「うわぁ、暑ぅ……。暑いうえに草や木もないだなんて、最悪だよぉ……」
「この村の方々は、どうしてこのような場所に住んでおられるのですか?」
俺はイズミの問いに答える。
「まわりの岩山が地下迷宮なんだよ。訪れる冒険者を相手に商売しているらしい」
地下迷宮と聞いて、ティフォンが急に元気になった。
「地下迷宮があるの!? 入りたい!」
「今は地下迷宮内が高温になってるから、閉鎖されてるみたいだ」
「なーんだ、つまんないのぉ」
村をひとまわりしたあとで、村の中央の広場に行ってみると、ちょうど落馬車した人夫たちが集まっているところだった。
人手が集まったところで、この村の村長が説明してくれた。
「お前さんたちには、これから井戸を掘ってもらう。
井戸を掘り当てたぶんだけ、報酬を払わせてもらうからな。
あと、水源は村の東のほうに多くあって、西のほうに行くほど少なくなる。
だから東のほうを重点的に掘るといいかもしれんな」
そのあとで、人夫たちのリーダーである現場監督らしき男が、掘る場所の区分を人夫たちに割り振った。
村長の話どおり、人手を東側に重点的に割り振っていたのだが……。
「おいユニバス! お前だけは西だ! 西を掘れ!」
すぐさまティフォンが食ってかかる。
「そんな!? さっき村長さんが西側は水源が無いって言ってたじゃない!?」
「そうだったかなぁ? いずれにしても、お前なんかが近くで作業されたら迷惑なんだよ!」
人夫たちがやんやと加勢する。
「お前は勇者様のパーティにいる時も、さんざん足を引っ張ってきたんだろ!?」
「そうそう! 俺たちの足まで引っ張られたらかなわねぇや!」
「どうせ、俺たちが水を掘り起こしたときにそばにいて、手柄を横取りしようって魂胆なんだろうが、そうはいくか!」
「お前みたいな無能に、1¥たりとも稼がせてたまるかよ!」
「せっかく来たのに残念だったな! お前は砂遊びだけして、手ぶらで泣きながら帰るんだな! ぎゃははははは!」
俺たちはシッシッと村の西側に追い立てられてしまう。
仕方なく、人気のない村はずれをあてもなく歩いた。
ツルハシすらも貸してもらえなかったので、まずは掘る道具から調達しないと……。
と思っていたら、肩をいからせ先頭を歩いていたティフォン急に立ち止まった。
「あっ……あぁぁぁぁーっ!?」
「ど、どうされましたか、ティフォン様!?」
「み、見て、あそこ……!」
ティフォンが我が目を疑う様子で指さしていた先、そこは枯れ井戸だった。
しかし井戸の中から、ちいさな頭のようなものが覗いている。
その頭は俺たちの声に気付くと、ひょっこりと顔を出した。
それは忘れもしない、前髪を長く前にたらした少女……。
「い……イドオンちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
『イドオン』は、かつて俺とティフォンは逃避行の旅の途中で立ち寄った村の守り神で、井戸の精霊だ。
ティフォンはさっそく彼女の元に走り寄っていた。
童女のような身体の両脇に手を差し入れて抱え上げ、子猫のように抱き寄せて頬ずりしまくる。
「あぁん、イドオンちゃん、ひさしぶりーっ! どうしてこんな所にいるぉ!?」
頬をムニムニと寄せ合って変顔になるふたり。
「おぉん、イドは井戸があるところなら自由に行き来できるのです。
それよりも、ユニバス様たちはなぜこんなへんぴな村に?」
俺はイドオンにこれまでの事情を話す。
そして、もしやと思って尋ねてみる。
「なぁ、イドオン。キミの力で、この村の井戸に水を取り戻すことはできないか?」
「おぉん。そんなことは、このイドにかかれば簡単です。
でもせっかくですから、ユニバス様の力を見せつけるべきでしょう」
「俺の力? 俺には水を取り戻す力なんてないが……」
そこまで言いかけて、俺ははたと思い出す。
「もしかして、イドオンソードを使えと言ってるのか?」
『イドオンソード』、井戸の精霊たちに伝わる伝説の聖剣。
抜けば井戸という井戸から水が吹き出し、それは天まで届き、その水はひと振りで星をも割るという。
俺はその剣を、イドオンから譲り受けている。
イドオンは「おぉん」と頷いた。
「この地でイドオンソードを抜けば、この村の大地から豊かな水があふれることでしょう」
「でも大丈夫なのか? 吹き出した水は天まで届くんだろう?」
「おぉん。それは使い手が制御できます。そしてユニバス様ならそれが可能です。
だからこそ、イドはイドオンソードをあなた様に託したのです」
「なんだか楽しそう! やろうよ、ユニバスくん! わたし、馬車からイドオンソードを取ってくるね!」
言うが早いがティフォンは一陣の風のように去っていき、イドオンソードを手にすぐに戻ってきた。
その聖剣を俺が受け取ると、イドオンは枯れ井戸から少し離れた場所にある、ヒビ割れた平地に移動する。
「おぉん、ユニバス様、ここでイドオンソードを抜くのです。そして、空に掲げながらこう叫ぶのです。
『井戸よ、我が呼び声に答えよ。それとイドオンは、俺の嫁』と」
すかさず精霊姫たちから待ったがかかった。
「ちょいまち、イドオンちゃん! その掛け声、後半いらないでしょ!?
前半の言葉だけで、イドオンソードの力を使えるんじゃない!?」
「イドオン様、本当のことをおっしゃってください! でないと同じ水の精霊として……!」
わぁわぁと言い争いになる精霊少女たち。
俺そっちのけで話し合い、しばらくしてから結論が出たようだった。
イドオン、ティフォン、イズミは俺の前に整列すると、改まった様子で咳払いする。
「おぉん、ユニバス様、先ほどの掛け声は間違いでした」
「おほん、正しくは、『井戸よりも深くイドオンを愛し、捕らえた人魚のようにイズミを離さず、千の風となってティフォンを抱きしめる。ついでに井戸よ、我が呼び声に答えよ』だったみたい」
「こほん、それが正しい掛け声のようですので、何卒よろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げる三人娘。
「……とうとう、ついでって言っちゃってるし……。
まぁそれでイドオンソードの力が使えて、みんなも納得するのなら、俺は別にいいけど……」
俺は枯れた大地を踏みしめるように立ち、腰に提げたイデオンソードを抜く。
鞘から現われた刀身は、青き光を内包する水晶のようだった。
それの切っ先を、ゆっくりと天に掲げる。
精霊少女たちの長く飛び出た耳が、一様にピーンとアンテナのように立った。
まるでこれから宣言されることを、一言一句聞き漏らさないとするかのように。
俺は腹の底から叫んだ。
「俺は……! 井戸よりも深くイドオンを愛し……! 捕らえた人魚のようにイズミを離さず……!
千の風となってティフォンを抱きしめる……!」
そして深く息を吸い込んで、息継ぎする。
「そして井戸の精霊たちよ! キミたちは、ついでなんかじゃない……!
どうか俺の呼び声に答え、力を貸してほしいっ……!」
するといきなり、足元で激しい振動が起こった。
まるで巨大なモグラが地の底からせり上がってくるかのように。
精霊三人娘は立っていられなくなり、「キャッ!?」とバランスを崩す。
俺は両手を広げ、すかさず彼女たちを抱きとめた。
そして、奇跡が起こった。
……ずどばっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
まるで巨人が飲むシャンパンのコルクかと思うほどに、大地が弾け飛んだ。
まさに星を切り裂く神の剣のごとく、水柱が天を突き上げる。
雲を切り裂き、あたりに剣閃のような虹が広がっていく。
「す、すげえ……!」「すごい……!」「すごいです……!」「まさか、ここまでとは……!」
俺たちは抱き合ったまま、唖然と空を見つめていた。
この『精霊たらし』は現在、書籍化の作業が進んでおりますが、書籍化のほかにコミカライズも決定いたしました!
担当してくださる漫画家様やレーベル様は追ってお知らせいたしますので、ご期待ください!