07 『精霊たらし』のスキルを発動したら、とんでもないことに
俺たちは、水の精霊の国『コンコントワレ』を目指して出発した。
全盛期のトランスなら1日もかからない距離だが、多くの力を失った今のトランスだと、何事がなくても1週間以上はかかるだろう。
そしてそれ以上に、大きな問題がひとつあった。
それは『フーリッシュ王国をどうやって抜け出すか』ということ。
俺たちがいなくなってから数時間しか経っていないというのに、国内はどこもかしこも厳戒態勢。
俺の作った連絡用の魔導装置のおかげで、今や王都からの伝令は、瞬時に領内の果てまで行き渡るようになっている。
そのため俺たちの馬車も、あっという間に巡回の戦闘馬車に囲まれてしまった。
「こうなったらもう、強行突破だっ! ティフォン、一気に国境を抜けるぞっ!」
「わかった! ユニバスくん!」
「頼むぞ、トランス! そして地の精霊たちよ!」
トランスはいななくような素振りをする。
その口から「がってんだ!」と地の精霊たちの声が漏れた。
俺たちは太陽を背に、荒野のなかをひた走る。
前からは津波のような戦闘馬車たちの群れが襲来し、後ろからも戦闘馬車たちの蹄音が地震のような響きを持って追い立ててきた。
でも、なにが来てもトランスの敵ではない。
たまに自爆覚悟で飛びかかってくる兵士はいたが、すべてティフォンの起こす風に阻まれていた。
この勢いのまま隣国へとなだれこむつもりであったが、問題発生。
国境にはまるで戦時のように馬を拒む柵が置かれ、頑強に武装した兵士たちが壁となって待ち構えていた。
どうやら、なにがなんでも国外脱出は阻止したいらしい。
迫り来る戦場に、ティフォンはすっかり度肝を抜かれていた。
「わああっ!? あんなのいくらトランスくんでも突破できるわけないよっ!?」
「ああ、無理だ! だからティフォン、キミの力を貸してくれ!
この馬車を、風の力で浮かせるんだ!」
「ええっ!? そんなの無理だよ! だいいち、やったことないし!」
「やってみなきゃわからんだろう! 頼む、ティフォン!」
「ううっ、ユニバスくんに頼まれると、断れないんだよねぇ……。
わ、わかった! でもわたしひとりの力じゃ無理だから、みんなを呼ぶね!」
ティフォンは山びこを呼ぶみたいに両手を手に当て、天に向かって叫んだ。
「風の精霊のみんなーっ! わたしに力を貸してーっ!
お願い! このままじゃ捕まっちゃうのーっ!」
精霊姫の呼び声が響き渡った途端、あちこちからシャボン玉のように風の精霊たちが浮かび上がってくる。
彼らはタンポポの綿毛のような見目をしていて、ふわふわとティフォンの元に飛んできた。
風の精霊はティフォンの両手いっぱいに集まったが、彼女は半泣きで俺のほうを見る。
「だ……ダメっ! これじゃ全然足りない! 馬車を浮かせるほどの力にならないよ!」
「なら、俺がやってみるっ!」
俺は人さし指を天に掲げながら、大きな声で宣言する。
「俺と遊びたい風の精霊たち! この指、とーまれっ!」
これは『精霊たらし』のスキルのひとつ、『トゥギャザー・ギャザー』。
立てた指に、精霊たちを集める力を持つ。
俺の声が辺境の国境にこだましたとたん、空が口々にささやいた。
「ユニバスだ」「ユニバスだ」「ユニバスだ」「ユニバスだ」「ユニバスだ」「ユニバスだ」
「ユニバスだユニバスだユニバスだユニバスだユニバスだユニバスだユニバスだユニバスだっ!」
「ユニバスだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺の指先に白い綿毛が付着したかと思うと、それは一気に俺の腕にまとわりつく。
いや、それどころか身体が、いやいや馬車全体が雲間に突入したみたいにふわふわモコモコしたもので包まれてしまった。
真っ白でなにも見えなかったが、隣から、とても信じられないといったような絶叫が届く。
「うっ、うっそぉーーーーーーーーーーーーっ!?!?
この子たちぜんぶ、風の精霊っ!? わたしが呼んだときには、ちょっぴりしか来てくれなかったのに……!」
その声はちょっとショックを受けているようだったが、今はそれどころじゃない。
「ティフォン、早く! みんなと一緒にこの馬車を!」
「わ……わかった! みんな、この馬車を持ち上げて! せぇーのっ!!」
消え去る振動、感じる浮遊感。
雲が消え去ると、周囲には澄み切った青空が広がっていた。
眼下には、烏合の衆のような兵士たちが、あんぐりと見上げている。
「とっ……とんでるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
トランスは透明な山を登ってるかのように、グングン上昇していく。
こうやって空を飛ぶのも久しぶりだな、なんてと思っていると、御者席に置いていた手が、ふと柔らかい感触に包まれた。
見ると、俺の手に、ティフォンの手が重なっている。
「どうした?」と尋ねると、彼女は繋いでいないほうの手を、わたわたと振りはじめた。
「あっ、えっと、ユニバスくんが落ちたら危ないと思って!
こうして手を繋いでおけば、落ちてもすぐに助けられるでしょう!?」
「それもそうだな、ありがとう、ティフォン」
俺は頷きながら、手をしっかりと握り返す。
すると、ティフォンの頬が桜色に染まった。
もはや、俺たちの行く手を遮るものは何もない。
辿る道すらも無かったけど、そんなことは些細なことだった。
だって俺たちの空はどこまでも晴れ渡り、どこまでもどこまでも開けていたのだから。