16 金の精霊レセプル
16 金の精霊レセプル
俺は馬車を走らせ、フロウラ岬から最寄りにある『カラストラの街』に着いた。
御者席から乗り出したティフォンが、あたりを見回しながらウキウキと言う。
「うわあーっ! 大きな街! 冒険者さんたちがいっぱいいるよ!」
「そうだな。トコナッツはモンスターが活発な国のひとつなんだ。
そしてどこの国でも、王都から離れるほどモンスターが多くなる。
トコナッツ王都からこの街はだいぶ離れてるから、モンスター被害も多いんだろう」
「わたしも、冒険者さんになりたい!」
「えっ?」
「冒険者さんになるのって、子供の頃から憧れてたんだ!
なんだか楽しそうじゃない!? いろんな所を冒険して、わるいモンスターをやっつけて、お宝が手に入るんだよ!」
「それはおとぎ話の中だけだ。現実はそうはいかないよ」
「でもでも、お仕事探してるんでしょ!? だったらわたしたちも冒険者になってみようよ!
ねっ、いいでしょ!?」
「でも、冒険者になるためにはギルドに登録が必要だ。
精霊はギルドには登録できないぞ?」
「そんなの、ユニバスくんが登録して、わたしたちが一緒に行けばいいだけじゃない!」
「それはまあ、そうなんだが……。イズミはどうだ?」
「はい、わたくしはユニバス様が望むのであれば、どのようなことでも付き従わせていただきます」
「イズミちゃんもいいんだったら、決まりだね! さぁさぁ、ボケッとするより冒険しよーっ!」
ティフォンに押し切られるような形で、俺たちはこの街にあるギルドに向かった。
ギルドというのは正式には『総合人材ギルド』と呼ばれ、複数のギルドが集まった、大きな組合のようなものである。
昔は、ギルドといえば『戦士ギルド』『盗賊ギルド』などといった風に細かく分かれていた。
それだけでなく、国ごとによってもまちまちの形態が取られていた。
それらが国家間の協議で統一されて、横の繋がりとしてひとつになったのが、現在の『総合人材ギルド』である。
どこかひとつの街のギルドで加入手続きをすれば、他国のギルドも利用できるようになり、仕事を斡旋してもらえる。
この街のギルドの建物は、古い酒場を改造して作ったような木造の平屋だった。
その入口に立った途端、俺の胸の内に苦い思い出が蘇る。
俺も昔は冒険者に憧れ、ギルドに登録しようとした。
しかし人間相手だと口下手な俺は、受付嬢とマトモに話せず、まわりの冒険者からもバカにされて、逃げ帰ったんだ。
しかし仕事を探す以上は、人間と話すのは避けては通れない道。
俺は重い足取りを振り払うようにして、スイングドアをくぐった。
受付カウンターにいる小柄な少女を目にした途端、俺は「キミは……!?」と声をあげてしまう。
続けて名前を呼びかけたが、彼女の胸にある名札が目に飛び込んできた。
俺はとっさに言葉を飲み込んで、すぐに平静を装う。
「……キミが、このギルドの受付嬢かい?」
少女は中学生くらいの見目で、金色の縦ロールの髪を、バネのように弾ませていた。
顔立ちは人形のように愛らしく、受付嬢の制服であろうメイド服もよく似合っている。
しかし態度は限りなく素っ気なく、可愛らしさをぶち壊しにしていた。
「見ればわかるでしょう」
俺の横からひょっこり顔を出したティフォンが、「かわいいーっ!」とカウンターに近づいていく。
少女の耳のあたりから飛び出した、金色の牛の角を指さす。
「その耳、あなたは金の精霊さんだね!」
「見ればわかるでしょう」
「わたしはティフォンだよ、よろしくね! あなたのお名前は?」
「見ればわかるでしょう」と、胸の名札を示す受付嬢。
そこには『レセプル』と書かれていた。
「レセプルちゃんだね! わたしたち、冒険者になりに来たの!」
「あなたはおバカさんですのね。精霊はギルドに登録できませんことよ」
あけすけに突き放す態度のレセプルだったが、コミュニケーションモンスターのティフォンはこのくらいでは怯まない。
「そんなのわかってるよー!」と手を耳をパタパタさせながら、笑顔で応じる。
「わたしたちは付き添いで、登録するのはこっちのユニバスくんだよ!」
レセプルは「ユニバス……?」と眉をひそめる。
「ユニバスに、ティフォン……。もしかしてそちらにいるもう一人の方は、イズミさんですの?」
「はい、初めまして、イズミと申します」と丁寧に頭を下げるイズミ。
ティフォンはイズミの名前を言い当てたことを、ことさら驚いていた。
「レセプルちゃん、わたしたちのこと知ってるの!? なんで!?」
「私はあなたのようなおバカさんと違って、近隣諸国の新聞も読んでいるのですわ。
そこにいるユニバスが、勇者様とティフォンさんの精婚式をメチャクチャにしたことくらい、存じ上げているのですわ」
レセプルは可愛らしい顔を、これでもかと険しくして俺を睨む。
「勇者様に恥をかかせるだなんて、恥を知るのですわ! この無礼者っ!」
「そんな!? ユニバスくんはわたしを助けてくれたんだよ!?」
まずいな……。まさかこんな所で、俺に敵意を持っている彼女に出会うとは……。
俺たちの手配書は、この国にはまだ出回っていない。
でも、彼女がもし俺たちのことを衛兵に通報したりしたら、俺たちはまた逃亡の身に……。
レセプルは俺の考えを読んだかのように、鋭く言った。
「本来ならば、衛兵に突き出してさしあげたいところですが……。
あなたには多少の感謝もありますので、特別に見逃してあげますわ」
ティフォンは「多少の感謝ってなあに?」とすかさず口を挟む。
「勇者様から、ティフォンさんとイズミさんという精霊姫を遠ざけてくれたことですわ。
偉大なる勇者様には、あなたがたのようなおバカさんは相応しくありませんもの」
「なにーっ!?」「まぁ……!?」と驚きを隠せない精霊姫コンビ。
「勇者が好きな精霊だなんて、初めて見た! ウソでしょ、レセプルちゃん!?」
「なにか、悪いものでも召し上がられたのでしょうか……?」
「おかしいのはあなた方のほうですわ。偉大なる勇者様の前から、自らの意思で逃げ出すとは……。
まあ、そんなことを、おバカさんのあなた方に、いくら説いてもムダなのはわかっておりますわ。
それよりも、ユニバスのギルドの登録を行ないましょう」
「えっ? 登録させてくれるの?」
「ユニバス様のことを、かなり嫌われているようにお見受けいたしますが……」
「その理由は、さきほど申し上げたのですわ。多少の感謝の気持ちはあると。
それではさっそく『ステータスオープン』といくのですわ」
レセプルは受付嬢という立場にありながら、ここでやっと笑顔を見せる。
しかしそれは、底意地の悪いニヤリとした笑みだった。
「無能のユニバスがどれくらい無能か、しっかりと拝見させていただくのですわ……!」