15 イズミの涙
15 イズミの涙
次の日、俺とティフォンとイズミは、フロウラに見送られて城を出た。
ティフォンはフロウラがついてくるものだと思っていたらしく、残念そうな声をあげる。
「えーっ、フロウラちゃんは来ないのぉ!?」
「はーい、わーたしは、ゆーきの女王でーす! こーの城を、まーもる必要がありまーす!」
「ああん、せっかく仲良くなれたのにーっ! ぜったい、また遊びに来るからね!」
「はーい、お待ちしておりまーす!」
浜辺に出ると、村人たちが総出で作業をしていた。
この前までは氷像を彫っていたが、いまは砂像に取り込んでいる。
無数の砂像を見た瞬間、ティフォンとイズミが「わぁ!」と歓喜の声をあげた。
「ユニバスくんの像だ! それも、この前みたいに変なのじゃないよ!」
「はい! ユニバス様らしい、実に勇ましくりりしいお姿の像です!」
ふたりはまるでケーキバイキングにでも来たみたいに、砂像めぐりをはじめる。
村人たちは俺に気付くと、砂浜にひれ伏した。
「す、すみませんでした、ユニバス様!
まさかユニバス様が、精霊姫たちに溺愛されるほどのお方だっただなんて!」
「そうとは知らず、無礼な態度をとって申し訳ありませんでした!」
「それにユニバス様がいなければ、この村は危うく滅んでしまうところでした!」
「ユニバス様は、救いの神様ですっ!」
「俺たちはフロウラ様と相談して、ユニバス様の偉業を讃えていくことに決めました!」
村人たちがサッ! と示した先には、『氷』ののぼりがかかった海の家があった。
「ユニバス様のアイデアをお借りして、俺たちも海の家を始めました!
いままでは漁村でしたが、これからは観光業にも力を入れていこうと思います!」
「あ、あの、それは……」
人間相手には口下手な俺は、なにも言うことができなかった。
かわりにティフオンが口を挟んでくる。
「それじゃあさ、ユニバスくんの砂像を100……いや1000体は作ろうよ!
いろんなユニバスくんと、記念撮影ができるの!」
「おおっ、それはいいですね! さっそく今日から取りかかります!」
「あと、目立つようにどーんとでっかい胸像を作るのはどう?
山くらいあるユニバスくんの像を!
んでんで、その前でキスしたカップルはずっと幸せになるっていう噂を流すの!」
「いや、いくらなんでも、それは……」
「わーぉ! それはいいアイデーアです! さーっそく、製作にとりかかってくださーい!」
「はいっ、フロウラ様!」
「そうだ! だったらいっそのこと、この浜辺全体を……!」
話がどんどん大きくなっていきそうだったので、俺はティフォンの首根っこを掴んで馬車へと引きずっていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺たちは雪の女王フロウラと村人たちに別れを告げ、フロウラ岬から内陸を目指して旅を再開した。
その途中で、ティフォンが思いだしたように言う。
「あ、そうそう、ユニバスくん、冷蔵庫のなか、もうなにも残ってないよ」
馬車の内部は魔法の力によって、豪華な屋敷のような空間になっている。
調理場も城の厨房のように立派で、大きな魔導冷蔵庫があり、食材がふんだんに詰まっていたはずなのだが……。
「なに? もうぜんぶ食べたのか?」
「うん、ユニバスくんを助けに行くときに、海の巨大生物さんたちにあげちゃった」
「冷蔵庫に入ってたのは高級食材ばっかりだったからな。みんな喜んでたんじゃないか?」
「うん、みんな、おいしいおいしいって食べてたよ」
「なんにしても、いよいよ先立つものが必要になってきたってことか」
俺は仕事をクビになってからずっと、ほぼ無一文だ。
いままでは村などに立ち寄って厄介になっていたからいいものの、それが毎回アテにできるとは限らない。
「どこかで、仕事を探す必要があるかもしれないな」
すると、イズミがそっと両手を差し出してきた。
ほっそりした白い指のなかには、まばゆい光を放つ真珠の粒が盛られている。
「ユニバス様、よろしければこちらをお使いになってください。換金すれば、少しの足しにはなるかと思います」
「それはひょっとして、キミの……?」
「はい、わたくしの涙です」
「きれーい! いいなぁいいなぁ、涙が真珠になるだなんて!
だったらイズミちゃんが泣きまくれば、大金持ちになれるんじゃない!?」
イズミはくすりと笑う。
「でも、すべての涙が真珠になるわけではないのです。
真珠の涙はいままでで、2~3粒しか流したことがありませんでした」
「えっ、そうなの? それなのに、なんでこんなにたくさんあるの?」
「心からの嬉し涙でなくては、真珠にはならないのです。
こんなに短い間で、こんなにたくさんの嬉し涙を流したのは、わたくしにとっては初めてのことです」
「ふふ、それだけユニバスくんに会えたのが、嬉しかったってことだね!
それ、わかるわかる、わかるよぉ!
わたしも精婚式のときにユニバスくんを見つけたときは、思わず泣いちゃったもん!」
微笑むティフォンに、恥じらいと困惑が入り交じったような仕草でうつむくイズミ。
「はい、ユニバス様とご一緒してからは、わたくしにとっては随喜の連続で……。
幸せすぎて、怖くなってしまうくらいです……」
イズミは顔をあげると、真摯な表情で俺を見つめた。
「ユニバス様、わたくしはユニバス様にすべてをお捧げすると誓いました。
今のわたくしの身体にあるものは、髪の毛一本に至るまでユニバス様のものなのです。
ですのでこの真珠も、ユニバス様のものなのです。どうか、お受け取りください」
イズミの気持ちを察した俺は「そうか」と頷く。
彼女の手のひらを下から包み込むようにして持ち上げた。
「ユニバス様の手、とってもおおきいです……。わたくしはこの手に、すべてを委ねます……」
受け取ってもらえるのが嬉しいのか、イズミは安堵の笑顔で真珠を俺の手に移す。
ティフォンも我が事のように嬉しそうだった。
「じゃあ、街に着いたらさっそく売りに行こうよ! これでお金持ちだね!」
「いや、俺は売らない」
「はっ?」「えっ?」とキョトンとする精霊姫コンビ。
俺は作業服のなかでも、いちばん大切なものをしまうポケットに真珠をしまいながら答える。
「俺は他人の気持ちには疎いけど、女の子の涙を金に変えるほどヤボじゃないさ。
変えるなら、笑顔に変えるほうがよっぽどいい」
すると、ふたりは身体に電流を流されたみたいに、ビクンと硬直した。
瞬きをするのも忘れ、カッと見開いた瞳に俺を映している。
「こ……これだよ……イズミちゃん……! これだから、ユニバスくんは……!」
「は……はいっ、ティフォン様っ……! このお方、どこまで……どこまで……!」
震え声のふたりに、俺は何事かと思う。
「おいおい、どうしたんだふたりとも。俺、そんなに変なこと言ったつもりは……」
「「ど……どこまでわたしたちを、ドキドキさせたら気が済むのぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!」」
結局、イズミの真珠はさらに増えてしまった。