14 雪の王
14 雪の王
「今夜はパジャマパーティだよ! 朝までパーッと騒ごうよ!」
パジャマに着替えたティフォンは、寝室にあるキングサイズのベッドにお菓子を広げていた。
隣には、浴衣姿でお行儀よく正座するイズミが。
「そーれなら、おーいしいジュースがあーりまーす」とオレンジジュースを振る舞うフロウラ。
俺も巻き込まれて、みんなで仲良く「かんぱーい!」とグラスを打ち合わせる。
しかしパーティが始まって数分もたたないうちに、ティフォンとイズミはコテンと眠ってしまった。
「今日はたくさん遊んだから疲れたんだろうな」
俺はお菓子に埋もれて眠るふたりに、布団をかけてやる。
気付くとフロウラは寝室のベランダに出ていた。
「つーきが、キレイでーす」
満月をバッグに俺を見つめるフロウラは、光のヴェールのようなナイトドレスを着ている。
月明かりで身体のシルエットがぼんやりと浮かび上がっていた。
「ユーニバス様、こーちらにいーらしてくーださーい」
「ああ」とベランダに出た途端、胃が持ち上げられるような違和感を覚えた。
ベランダがゆっくりと持ち上がり、夜に咲く植物のように屋根に向かって伸びていく。
やがてベランダは、城の頂上にある展望台のような場所に着いた。
そこは天も地も、遮るものがなにもない場所。
城は海と陸の境目に建っているので、目の前はすべて海で、背後にはすべて陸。
さらにこの展望台だと、地上と星空の境目にいるかのようだった。
俺は思わずつぶやく「すごい絶景だな」。
この景色をティフォンとイズミが見たら、大喜びだろうな……と口にしかけて、俺はフロウラが跪いていることに気付いた。
「どうしたんだ、フロウラ?」
「ここは私たち雪の精霊にとって、特別な場所とされています。
ここに立って発した言葉は、『王の言葉』とされ、この世界のすべての雪の精に届くのです」
それは別に驚きはしなかった。
精霊には独自の通信網のようなものがあるからだ。
むしろ、フロウラの口調がいつもと違うことのほうが、俺には驚きだった。
「もしここで、私が『すべてを氷結させよ』と命じれば……。
かつてこの近隣の村がそうであったように、この世界は氷に閉ざされるでしょう」
「そんなところに俺を招いて大丈夫なのか?」
「ええ。この城はすでに、あなた様のものですから」
フロウラは膝を折ったまま、忠臣のように俺を見上げながら続ける。
「ユニバス様、私とここで契りを交わしてください。そして『雪の王』となり、我ら雪の精霊を導いてください。
私はこの城でユニバス様を待ちながら、そのことだけを夢見て生きておりました」
フロウラはさらに深く身をかがめ、俺の靴に顔を近づけようとする。
俺は慌ててしゃがみこんで止めた。
「待て、フロウラ、俺は精婚するつもりはない」
ハッと顔を上げたフロウラは、信じられない様子で目を見開いている。
「そ、そんな……!? 私のなにがいけないというのですか!?
風の精霊姫のティフォンさんや、水の精霊姫であるイズミさんとは精婚できて、雪の女王である私とは、できないとおっしゃるのですか!?」
フロウラはすっかりうろたえている。
あたりの空気がピンと冷たくなるのを感じ、俺は慌てて言った。
「違うんだ、フロウラ、聞いてくれ。俺は誰とも精婚していない。
もちろん、ティフォンとイズミともだ」
「う……うそです! あのおふたりのエーテル体は、幸せの絶頂そのもの!
あれほどのエーテル体になるのは、新婚か、子供が生まれたときのみです!
精婚をせず、子を宿さず、あそこまで精霊を幸せにできる行為など、この世にあるはずがありません!」
「エーテル体は人間の俺には見えないから、ふたりの幸せのほどはわからない。
でも、本当に俺はふたりとは精婚をしていないんだ」
落ち着かない様子のフロウラに、俺はコンコントワレであったイズミとの精婚式で言ったことを聞かせた。
「俺はいまの精婚の制度には反対だ。人間と精霊が対等な立場で結ばれる儀式でなければ、俺は嫌なんだ」
「で、でも……! 精婚こそが人間と精霊を繋ぐ、唯一の方法で……!」
「いや、精婚自体に反対しているわけじゃない。精霊を奴隷のように扱える制度に反対しているんだ。
だから俺は、人間と精霊が対等になれる、新しい『精婚』の制度を作ってみせると約束した。
その制度ができたら、俺はティフォンとイズミと精婚する」
俺はフロウラの手を取り、「もちろんフロウラ、キミともだ」。
しかしフロウラは、まだ納得がいかない様子だった。
「しかし、そんなことは現実には無理です……!
精婚の制度は、人間の国王たちと、精霊王たちの間で交わされた、最初で最後の『盟約』……!
それを変えるには、すべての王の承諾がなければいけません……!
しかもこの盟約は成立の際に、女神が仲裁しなければなし得なかったほど、大変な盟約とされています……!
女神の力がなければできなかったものを変えるなど……不可能です……!」
「そうかもしれない。だがやるだけやってみたいんだよ」
「言うだけなら簡単です! でもいったいどうやって、盟約を変えるおつもりですか!?」
俺は、すでに進めている計画の一端を、フロウラに話して聞かせる。
「……これでわかっただろう? だから俺は、一箇所にとどまることができないんだ」
「お……おおっ……! まさかユニバス様が、そこまで私たち精霊のことを、思ってくださっていただなんて……!
そして口だけではなく、本当に実行に移してくださるだなんて……!
ああ……! 本当……! 本当に、幸せです……! 私のエーテル体が、高まっていくのを感じます……!」
フロウラの頬は、雪どけ水が溢れだしたかのように濡れていた。
「はいっ、お待ちしております……! ユニバス様の旅が終わり、ここに戻って来てくださるまで、いつまでも……!
そしてこの地より、ユニバス様の旅のご無事を、いつどんな時であろうとも、見守らせていただきます……!」
『我が、『雪の王』よっ……!』
気付くと俺は、無数の雪だるまに囲まれていた。
書籍化情報の続報となります!
この『精霊たらし』を出版してくださるのは、マッグガーデン様です!
そして書籍化にあたりまして、加筆修正を行ないました!
ユニバスと精霊姫たちの活躍がさらに楽しめるような内容となっております!
さらに書籍版では「ざまぁ」を加筆いたしました!
いままで生ぬるかったある人物への「ざまぁ」が追加され、完全なるトドメを刺されますので、ぜひお手に取って最後の瞬間を看取っていただけると嬉しいです!