13 ユニバスの秘密
13 ユニバスの秘密
村人たちはとうとう頭を抱えて崩れ落ちる。
フロウラの氷のような瞳は、溶けたように涙で溢れていた。
それと連動するかのように、ツララのような城や、凍っていた海も溶け始める。
周囲にあった氷像も、ぐしゃりと崩れ落ちていた。
海岸を覆っていた曇天はかき消され、さんさんとした太陽が降り注ぐ。
肌を刺すようだった風はやさしい暖かさから、むわっとした熱風に変わる。
じりじりとした熱気が砂浜からたちのぼり、俺たちの肌にじわじわと汗が浮かびはじめた。
ふと、俺の胸で泣いていた三人娘が顔をあげる。
「な……なんだか暑くなってきたね」
「そうですね……」
「こーのあたりは、ほーんとはこーのくらいの、アーツアツの海だったのでーす」
暑さのせいで、もう涙も乾いているようだ。
「よし、それじゃせっかくだから、みんなで遊ぶとするか!
寒い海じゃなくて、常夏の海で!」
「さんせーっ!」「はいっ!」と頷くティフォンとイズミ。
「こーのときを、まーっていたのでーっす!」
フロウラは俺から離れると、雪の結晶のようなドレスをバッと脱ぎ捨てる。
俺たちは「わあっ!?」とビックリしたが、ドレスの下からは大胆なビキニが現われた。
「ユーニバス様といーっしょに、こーの海でおーよぎたくて、ずーっとじゅーんびしーてました!」
「あはは、フロウラちゃんって小学生みたい! じゃあさっそく泳ごうよ! ごうごう!」
それから俺たちは、青い空と海、そして白い砂浜を貸し切りにしたみたいに、めいっぱい遊んだ。
砂遊び、スイカ割り……そして4人いたのでビーチバレーもやった。
もう俺とティフォンの唇は真っ青になったりしない。
カラ元気を振り絞る必要もなく、みんな心の底から笑顔になった。
「あーっ、楽しかったぁ! いっぱい遊んだら、喉がかわいちゃった!」
「よーし、それじゃあスイカにかき氷だ!」
「わーっ! やったぁーーーーっ! おいしいーーーーっ! やっぱり夏はこうじゃなくっちゃね!」
「これも、フロウラ様のおかげですね」
「うん! ありがとう、フロウラちゃん! お城から出てきてくれて!」
「こーちらこそ、ユーニバス様をつーれてきてくださって、あーりがとうごーざいまーっす!」
ティフォンとイズミはあっという間にフロウラと仲良くなってくれた。
そして沈む夕日を眺めながらバーベキューをやったあとで、フロウラは言う。
「きょーうは、ぜーひとも、とーまっていってくーださい」
「ええっ、お城に泊めてくれるの!? やったーっ、泊まるーっ! まるまる泊まるーっ!」
ティフォンがすっかり乗り気だったので、せっかくだから俺はお言葉に甘えさせてもらうことにした。
4人でフロウラの城に向かっていると、村人たちはまた信じられない顔をする。
「え、えええっ……? フロウラ様が、人間を城に招き入れるだなんて……!」
「俺たち村の人間はもちろんのこと、この国の王や勇者様でもシャットアウトしてたのに……」
「なんで無能のユニバスだけは、招き入れるんだよ……!?」
「うわあああっ!? やっぱり信じられないぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」
村人たちの阿鼻叫喚を背に、俺たちは白くて美しい城に招かれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
城内は氷が大理石のように使われており、置かれている彫像や調度品までもがすべて氷でできている。
しかし寒いというわけではなく、この国の高い気温のおかげでひんやりとして過ごしやすかった。
唯一、氷でない調度品は、額に飾ってある引き伸ばした真写だった。
案内された寝室には、壁一面を埋め尽くすほどの巨大な真写が。
ティフォンとイズミが「うわあっ!」と声を揃える。
「この壁の真写、ユニバスくんじゃない!」
「はい、勇者パーティにおられた頃のユニバス様です!」
「そうでーす」と応じるフロウラ。
「ユーニバス様がこのかーいがんにいーらっしゃったときに、撮ーったものでーす。
ゴーキブリどもが、じゃーまをしてきーましたが」
「ああ、それでユニバスくんは押しのけられてるみたいになってるんだね」
壁の真写は、俺が写っているところを切り取って拡大したものだった。
横からブレイバンらしき男の手が伸びていて、俺の髪をわし掴みにしている。
「あれ? このユニバスくん……髪のツムジのところが金色になってるけど……?」
「ああ、俺はもともとは金髪だったんだよ。勇者パーティにいる頃はブレイバンに毛染めをぶっかけられて、黒にさせられてたんだ」
「えっ、なぜなのですか?」とイズミも話に加わってくる。
「ブレイバンは銀より金のほうが偉いと思ってるんだよ。ほら、ブレイバンは銀髪だろ?
俺が金髪なのが面白くなかったみたいだ」
それは衝撃の事実だったようで、ティフォンもイズミも、フロウラも唖然としていた。
「く、くだらない……! 銀より金が偉いだなんて……!」
「でも、ユニバス様はもう勇者パーティではないのですよね? それなのにユニバス様は黒髪でおられます。
もう、染められる必要はないのでは……?」
「そうでーっす! ユーニバス様のきーんぱつ、みーてみたいでーす!」
俺はすでに馴染んでいる髪をかき上げながら言った。
「ああ、俺は旅の途中で本当の黒髪になったんだよ。だからこれは地毛だ」
「ええっ、そうなの!? なんで!? もしかして、勇者のヤツにやられちゃったとか!?」
「いや、違うよ、自分ですすんで黒髪にしたんだ」
「なんでなんで!? なんで黒髪にしちゃったの!?」
「別にいいじゃないか、理由なんて」
「よくないよ! すごく気になるから教えて! でないとわたし、納得できないよ!」
「納得? なんで納得する必要があるんだ?」
「だって、せっかくユニバスくんとお揃いの髪の色になれると思って喜んでたんだよ!
それなのに、ほんとの黒髪になっちゃうだなんて……! ひどいよ、ユニバスくん!」
「そんなこと言われてもなぁ」
「ユニバスくんは金髪じゃなきゃやだ! やだやだやだっ!
そうだ、フロウラちゃん! このお城に金髪のウイッグとかない!?」
「あーります」とドレッサーから取りだした金髪のフサフサを、問答無用で俺に被せる女性陣。
しばらく無言で、じっと俺を見つめたあと、
「……やっぱり、ユニバスくんは黒髪のほうがいいね」
「……はい、わたくしもそう思います」
「……がーっかりです」
金髪になった俺がどんなビジュアルだったかはわからないが、勝手に失望されて、なんだか納得がいかなかった。