12 雪の女王フロウラ
12 雪の女王フロウラ
雪の女王フロウラが現れた瞬間、激しかった吹雪は止んだ。
かわりに初夏が訪れのような、爽やかでカラッとした風が吹き抜ける。
「やー……やーっと、わーたしの想いが通じたーのですねぇーーーーーーっ!!」
女王は生き別れの恋人と再会したかのように、氷の階段を駆け下りていた。
氷の階段は導くように形をなしていくのだが、彼女はそれすらも追い抜いてしまいそうなほどに急いている。
途中、ガラスのハイヒールが邪魔になったのか、脱ぎ捨てて裸足になって駆け出す。
長いドレスの裾をつまみあげ、白いふくらはぎまで露わにして。
想い人に会える喜びからか、頬からはダイヤモンドのような涙が流れ落ち、はらはらと風に舞っていた。
それは例えようがないほどに儚く、美しい。
精霊姫たちは「きれい……」と見とれ、村人たちは沸いていた。
「やった! ついにフロウラ様が、城から出てきてくださったぞ!」
「吹雪も止んだ! これで、この浜辺も元通りになるに違いない!」
「代理……いや、勇者様をこの地にお呼びしたのが良かったんだろう!」
「やっぱりフロウラ様は、勇者ブレイバン様を、溺愛しているんだ!」
誰もがそう確信していた。
30名もの代理勇者たちは、階段の終着点になるであろう場所にずらりと整列する。
降りてきた女王に最高のエスコートをしようと、白い歯を輝かせる笑顔で、手を差し伸べている。
人間の女性であれば、間違いなくイチコロになるようなその光景。
しかし精霊のフロウラは、素足で砂浜を踏みしめながら、
「なーんですか!? じゃーまなのです! どーくのです! あーっちへいーくのです!」
並み居るイケメンたちを野良犬のごとく、シッシッと手を振って追い払う。
そのたびに、
……キィーーーーーーンッ!!
甲高い金属音とともに、代理勇者たちは生きた氷像へと変えられていく。
村人たちは騒然となった。
「ば、ばかな!? フロウラ様が、勇者様を氷漬けに!?」
「き……きっと照れてるんだ! フロウラ様なりの照れ隠しに違いない!」
しかしその淡い希望もあっさり打ち砕かれる。
フロウラは行先にあった、氷像となった勇者を、
「どーくのです、こーのゴーキブリどもっ!」
ついには勇者をゴキブリ呼ばわりし、ふくらはぎどころか太ももまで晒しながら、氷像を蹴りのける。
氷の上を滑っていった勇者像は、その先に並んでいた勇者像を、
……スパカァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
ボウリングのピンのようになぎ倒していた。
あまりの扱いに、村人たちからは悲鳴がおこる。
「えええっ!? いくらなんでもあれは、照れ隠しを通り越している!」
「フロウラ様は、ブレイバン様のことを溺愛してるんじゃないのか!?」
「でもフロウラ様を見てみろ! あんな恋する乙女みたいな表情、今まで見たことがないぞ!」
「いったい、どこのどなたなんだ!? 雪の女王から、あそこまで慕われるのは……!」
ついにその答えが、女王の口から雪崩のように迸った。
「ゆ……ユーニバスさまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
フロウラは俺の目の前まで来ると、両手を翼のように広げて、俺の胸に飛び込んでくる。
受け止めた彼女の身体は、雪でできた小鳥のように軽かった。
「あーっ! あーああーーーーっ! ユーニバスさまっ! ユーニバスさまぁぁぁぁ!
おー会いしとうございました! おー慕い申し上げておーりましたぁぁぁぁぁっ!!」
「う……ウソ、だろ……。まさかフロウラ様が溺愛していた相手が、無能のユニバスだったなんて……」
「あの精霊っ子たちが言っていたことは、本当だったんだ……」
「でも……それならなんで、フロウラ様はこの浜辺に勇者の氷像を作られたんだ……?」
フロウラは俺に抱きついたまま、ざわめく村人たちをキッと睨みつける。
「そーれが、おーんな心といーうものでーっす!」
フロウラは、水のたよりに俺が死んだことを知り、深く絶望した。
しかしそのあとにまた、水のたよりで俺が生きていることを知ったという。
フロウラは瞳が溶けそうなほどに涙を浮かべながら、俺に訴えた。
「ユーニバス様! どーして、いーきていーたのなら!
まーっさきにわーたしの所に、きーてくださらなかったーのですか!?」
「なんだ、俺に来てほしかったのか? それならそうと、言ってくれれば……」
するとなぜか、俺の隣にいたティフォンとイズミがジト目を向けていた。
「ユニバスくんってさ、ほんと鈍いよね」「失礼だとは思いますが、わたくしもそう思います」
「ええっ、それはどういう意味だよ!?」
精霊たちの連絡手段というのは、普通の人間では受け取ることができない。
でも俺は『精霊たらし』のスキルがあるので、会いたければ『会いたい』って送ってくれれば、少なくともフロウラの気持ちだけは受け取ることができたはずだ。
しかしそれをするどころか、フロウラは意味不明の行動をしていた。
俺はそれがどうしてもわからなかったので、精霊少女トリオに尋ねてみる。
「でも、俺に会いたいならなんで、フロウラは浜辺を凍らせて、勇者像を作ったりしたんだ?」
「もう、そんなこともわかんないの!?」
「フロウラ様は、ユニバス様に嫉妬していただきたかったのでございます!」
「まったく、ユニバスくんってば……。
最初にわたしたちの国に来たときに、あれだけのことをしておいて、心を盗んでいったクセにコレだもん。
あんなことされたら、普通はいちばん大切にされてるって思うよね。
わたしは勇者の精婚式の前の夜には、ずっとベランダに出てたんだよ。
あの時みたいにユニバスくんが飛んできて、きっと迎えにきてくれるって信じてたんだから……!」
「お恥ずかしながらわたくしも、一日たりとも欠かさずに妄想させていただきました。
ユニバス様はきっと、わたくしの所に来てくださるのだろうと、信じて……!」
「そーれなのに、そーれなのに! かーってにしーんだりしーないでくださーいっ!」
フロウラの想いが伝播してしまったのか、ティフォンとイズミも涙で震えていた。
「でっ……でも! でもでも、それでも……!
わたしたちはやっぱり、ユニバスくんのことが、大好きっ!」
「生きててくださって、ありがとうございますぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんっ!!!!」」」
ティフォン、イズミ、フロウラは、がばっと俺に抱きついてきた。
ティフォン、イズミ、フロウラが俺の胸や肩にすがりついて泣いている。
俺はいまさらながらに思い知った。
「俺はいつの間にかキミたちに、辛い思いをさせてたんだな……。本当にすまなかった」
彼女たちの頭を撫でると、3人ともぐりぐり顔を押しつけてくる。
周囲で見ていた村人たちは、何が起こったのかまだ理解できない様子で、口をあんぐりさせていた。
「う……うそ、だろ……!?」
「あの気高い、雪の女王フロウラ様が、男に泣きつくだなんて……!?」
「相手が勇者だったらまだしも、あの、無能のユニバスに……!?」
「み、見ろ! あの娘の涙を!」
「し、真珠!? 涙が真珠になってる!?」
「まっ、まさか、あのお方は、コンコントワレの王女、イズミ様……!?」
「もっ、もしかしてもうひとりのお方は、ウインウイーンの王女、ティフォン様じゃないか!?」
「えっ、ええええっ!? なっ、なんでなんで、なんでっ!?」
「うっ、うそだろっ!? フロウラ様、イズミ様、ティフォン様、3人ものお方が、なぜ無能のユニバスなんかをあんなに慕ってるんだ!?」
「なんでなんでなんでっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」














