11 海の家
重要なお知らせが、このお話のあとがきにあります!
11 海の家
倒れたイズミはティフォンに抱えられていったん馬車に引っ込んだあと、再びティフォンに付き添われて出てきた。
てっきりいつもの振り袖に着替えてくるのかと思ったが、スクール水着のままだった。
「大丈夫か? 無理しなくてもいいんだぞ? ティフォンが着替えさせなかったとかじゃないよな?」
「むぅ、違うよ! わたしは着替えるのを勧めたのに、イズミちゃんがどうしてもこのままでいたいって言うんだもん!
ユニバスくんに褒められたのが、気絶するくらい嬉しかったんだって!」
イズミはうつむいたまま、周囲の氷が溶けそうなほどに、全身をカァ~ッと赤熱させていた。
「はっ、はい。左様でございます。はじめての水着を見ていただけて、わたくしは本当に、幸せものです……」
……精霊というのは『人間に対してのはじめての行為』を重んじる傾向にある。
初めて人間に会った日、初めて人間と交流した日、初めて人間と手を繋いだ日……。
それはさながら、我が子の誕生の瞬間を母親が忘れないように、我が子が初めて立った瞬間を鮮明に覚えているかのように、一生、大切な思い出にする。
それがいかに彼女たちにとって重要なことかは、ティフォンの反応を見ても明らかだった。
「よかったねぇ、イズミちゃん!
この調子で、わたしたちのはじめて、ぜんぶユニバスくんにあげちゃおうね!」
「それじゃあ俺のはじめても、ふたりに見てもらうとするか」
「「えっ!?!?」」
俺は軽い気持ちで言ったのだが、精霊姫コンビはまるで、視界の片隅でジャラシを振られた子猫のように、キッと反応する。
「な……なになに!? ユニバスくんの初めてって!?」「そ、そんな身に余る光栄にあずかっても、本当によろしいのですか!?」
「……なんか、ハードルが急にあがっちまったな。言わなきゃよかったかも」
期待のあまり、天の川みたいに瞳をキラキラさせる精霊姫コンビを置いて、俺は馬車に乗り込む。
そして、ウォーキングクローゼットの中にあった派手な海パンを穿く。
俺は生まれてこのかた、水着を着たことなんて一度もなかった。
肌を見せるのに抵抗があったんだが、今回は思い切ることにしたんだ。
女の子たちだけに水着を着させて、作戦の発案者である自分だけヌクヌクしているわけにはいかないからな。
馬車の外に出ると、守るもののない肌に針のような風が突き刺さる。
外で待っていた精霊姫コンビは、俺を見るなり氷像のように固まった。
「ま……まさか……ユニバスくんの水着が、見られるだなんて……!」
「は……はああっ……!? わ、わたくしが妄想させていただいた以上の、素晴らしいお身体です……!」
ふたりの少女は変態オヤジのように、ハァハァと息を荒くしている。
「もしかして、幻なんじゃ……?」「あっ、そうかもしれません!」
ティフォンがそ~っと近づいてきて、ひとさし指で俺の二の腕のあたりを、つん、と突いた。
「ひゃああっ!? 触れる! 触れるよ! イズミちゃん! 間違いない! これ、生ユニバスくんだ!」
「落ち着いてください、ティフォン様! 熱望のあまり、妄想が実体化しただけかもしれません!
その場合は、ふたり同時に触れてみると良いそうです!」
今度はイズミがすり足で近づいてきた。
ふたりは白魚のようなひとさし指を構え、タイミングを計って俺に触れようとしている。
俺はその手首を掴んで、ぐいと上に引っ張り上げた。
「ひゃっ!?」「きゃっ!?」と白い脇とともに、吊り下げられる少女たち。
「寒いんだから、小芝居はそのへんにしてくれ」
「ひゃあっ!? しゃべった!? ってことは、ホンモノのユニバスくんだ!」「ごごご、ご無沙汰しております、ユニバス様! 本日は誠に、お日柄もよく……!」
俺は、地に着いていない両足と、長い耳をぱたぱたさせて興奮するふたりの少女の手首を持ったまま、海の家に連れ込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺が、フロウラを外に出すためにやったのは、『海の家作戦』。
夏の海といえば、やっぱり『海の家』だよな。
ここで楽しく遊んでいれば、きっとフロウラも城から出てきてくれると思ったんだ。
俺とティフォンは寒さで青い顔、イズミは恥じらいで赤い顔をしつつ、ビーチで遊ぶ。
砂遊び、スイカ割り、そして思い切って寒中水泳……じゃなかった、夏の海で泳いだりもした。
俺とティフォンの唇は真っ青になったけど、笑顔は絶やさない。
「あーっ! たのしかったぁ! 泳いだらなんだか、甘いものが食べたくなっちゃった! おしることか……」
「なに言ってんだよティフォン、夏の海でおしるこなんて、我慢大会じゃないか!
夏の海の甘いものといえば、ひとつしかないだろう!」
「ええっ、なになにっ!?」
「かき氷だぁーーーーーっ!」
「うっ……うわ~~~いっ」
かき氷はひと口食べただけで、鉄の爪で握り潰されているのかと思うほどに頭が痛くなった。
どんなときでも元気なティフォンも、さすがに辛そうにしている。
漁村の村人たちは、頭のおかしい隣人に接するかのように、俺たちのやることを遠巻きに見ていた。
「こんな鼻水も凍るクソ寒いなかで水着になるだなんて……!」
「おい、寒中水泳が終わったと思ったら、今度は削った氷を食いはじめたぞ……!」
「とんでもねぇ、イカれっぷりだ……!」
「さすが無能のユニバスと、ブレイバン様をゴキブリ呼ばわりした女たちだけあるな……!」
「おい、おめえらいつまで変人どもを見てるんだ! 代理勇者様が30人、到着なさったぞ!」
「おっ、メインの勇者様たちが来てくださったか! これでやっと『雪まつり』が始められるな!」
「これだけ勇者様がおって、お祭り騒ぎをすれば、いくらフロウラ様でも城から飛び出してくるに違いねぇ!」
村人たちのその予想は、すぐに現実となる。
高くそびえる雪の女王の城から、歓声が降ってきたのだ。
「あっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
それは、長い冬の後に訪れた春風のような、待ちに待った声。
「やー……やーっと、わーたしの想いが通じたーのですねぇーーーーーーっ!!」
城のベランダから氷の階段がかかり、ひとりの少女が駆け下りてくる。
吹雪のような髪をなびかせ、雪の結晶を散らす、透き通る肌の美少女。
それはまぎれもない、雪の女王フロウラであった。
このお話の書籍化が決定しました!
これもひとえに、このお話を応援してくださる皆様のおかげです、ありがとうございます!
現時点でお伝えできるのはこのお知らせのみですが、これからは定期的に書籍化についての情報をお知らせしてまいりたいと思いますので、ご期待ください!
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