10 はじめての水着
10 はじめての水着
ティフォンとイズミのガールズトークを受けた、フロウラ岬の村人たちの反応はというと……。
みな、白い息を吐いて笑っていた。
「がははは! おい、聞いたか今の!」
「世界中の精霊たちを統べることになる、勇者ブレイバン様をゴキブリ呼ばわりとは!
しかもブレイバン様は、すべての精霊姫たちに溺愛されておるんじゃぞ!」
「そんな当たり前のことも知らんとは、世間知らずにもほどがある精霊っ子たちじゃなぁ!
きっと、魔導装置もないような山奥から出てきたんじゃろう!」
「しかもユニバスとか言ったな! あれを見るがいい、お嬢ちゃんたち!」
とある村人が指し示した先には、俺が氷結させられたような、情けない姿の像があった。
「ユニバスは、ブレイバン様とフロウラ様の恋路を邪魔して、あんな風に氷結させられたっちゅう話じゃ!」
「ユニバスは無能なクセして、他人の足ばっかり引っ張るヤツだったなぁ!」
「でもいつも勇者様が一枚上手で、いつもやり込められておったんじゃぞ!」
「それってたぶん、逆だと思う……」とティフォン。
「まぁだ言うか、この田舎精霊が!」
「そこまで言うなら、お前さんたちの力で、城に閉じこもったフロウラ様を外に出してみいや!」
「そうじゃそうじゃ! そしたら少しはお前さんたちの言うことを、信じてやってもいい!」
「ちょうど年の頃もフロウラ様と同じくらいじゃから、話くらいは聞いてもらえるかもしれんぞ!」
しかしティフォンは「ううん、やらない」とバッサリ。
「えっ」
「だって、わたしは別に困ってないし。
フロウラちゃんが閉じこもって困っているのはあなたたちなんでしょ?
なんでわたしが助けなくちゃいけないの?」
ティフォンの『人間きびし』はこんな時でも健在。
彼女の冷徹さは、さながら氷の女王がもうひとり増えたかのようだ。
俺は見かねて言った。
「なんとか俺たちも協力して、フロウラを外に出せないかやってみよう」
「ええっ、ユニバスくん、それ本気!?
村の人たちはユニバスくんのことを、こんなにもバカにしてるんだよ!?」
俺がユニバスだとわかるや、村人たちは顔をしかめた。
「なんじゃ、お前さん、よく見たら無能のユニバスじゃないか!」
「フロウラ様が引きこもったのはお前さんのせいかもしれんのに、よくノコノコと顔を出せたのう!」
「お前さんがおると、フロウラ様の機嫌がますます悪くなる! しっしっ、あっちへ行った行った!」
「こっちはこれから、フロウラ様のために雪まつりの準備をするんじゃ! これ以上、問題を増やさんでくれ!」
俺たちは雪かき用のシャベルで追い立てられ、村を追い出されてしまった。
しかたなく、村から離れた空き地に避難する。
「ユニバスくん、この村の人たちはほっといて、先に進もうよ」
ティフォンはそう言ったが、俺は首を左右に振った。
「いや、俺はフロウラのことが心配なんだ。
村の人たちも言っていたように、彼女は夏の海で遊ぶのが大好きだったんだ。
それなのにこんなことをするだなんて、よっぽどの事情があるに違いないからな。
それにこのままだと、フロウラと村の人たちとの溝がますます深くなりそうな気がする」
「ユニバス様はやはり寛大で、おやさしい方なのですね。流れる石でございます」
「うーん、そこまで言うなら、わたしも手伝うけど……でもどうやってフロウラちゃんを外に出すの?
お城はでっかいツララみたいに凍ってるうえに、まわりはすごい吹雪で近づけないみたいだよ」
「ああ、だから城に行って交渉するのは無理だな。
なんとかして、向こうから外に出てきてもらうしない」
「なにか、お考えはおありなのですか?」
「ああ、そのためにはキミたちにも協力してもらわなくちゃいけない。
これからやろうとしていることは、雰囲気作りが重要なんだ。
もちろん、嫌だったら断ってくれてかまわない」
「なーに言ってるの! わたしたち、ユニバスくんの遺言でゴキブリと精婚しようとしてたんだよ!
まあその遺言はゴキブリのウソだったけど、ユニバスくんに頼まれて、できないことなんてあるわけないじゃない!」
「はい、わたくしも同じでございます! ユニバス様のためなら、清水の滝からも飛び込む所存でございます」
「そっか、ありがとうな。じゃあ、水着になってくれるか?」
「えっ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は馬車にひっこんでいった精霊姫たちを待つ間、準備をした。
海岸から離れたところにある森で木材をもらってきて、天井と柱だけでできた、壁のない家を作る。
びゅうびゅと冷たい風が通り抜ける家のなかに、木のテーブルと椅子を作って並べた。
さらに馬車の中からバーベキューマシンと、魔導保冷庫を引っ張りだしてきて設置。
最後に『氷』という吊り旗を下げれば、完成っ……!
ちょうど同じタイミングで、ビキニ姿のティフォンが馬車から出てきた。
歯をガチガチと鳴らし、鳥肌を浮かべながら。
「ううっ、さむさむさむさむさむっ! って、なにこの小屋みたいなの!?」
「ああ、これは『海の家』だ」
「う……海の家?」
「夏の海岸とかにある、休憩所みたいなもんだな。
これから、ここでめいっぱい遊んで、めいっぱい楽しむんだ」
「わ……わかった!
楽しそうに遊んでいるところを見せて、フロウラちゃんを外に出そうっていう作戦なんだね!」
「そういうことだ」
「そういうことなら任せて! イズミちゃんといっしょに……って、イズミちゃん、遅いなぁ。
ちょっと見てくる!」
いったん馬車に戻るティフォン。
次に出てきたときには、イズミの腕を引っ張っていた。
イズミの細い二の腕が見えたあたりで、引きつれた悲鳴が止まらなくなる。
「……や! や! や! や! やっぱり、恥ずかしいです!
こんなはしたない姿、ユニバス様がご覧になられたら、きっと幻滅されてしまいます……!」
「えー? そんなことないって! とっても可愛いよ!
イズミちゃんは水の精霊だから、寒さは平気なんでしょ!?
それに、精女以外で水着になるのは初めてなんでしょ? なら、ユニバスくんに見せなきゃソンソン!」
売られる子ヤギのように引きずり出されたイズミは、スクール水着だった。
水の精霊というのは人魚がそうであるように、肌の露出にあまり抵抗がない。
しかしイズミは極度の恥ずかしがり屋なので、いつも肌を覆うような振り袖を着ていた。
聞いたところによると、膝上のスカートすら一度も穿いたことがないという。
それなのに段階をすっ飛ばして水着とは、きっと今のイズミはまさに、清水の滝から飛び降りたような気持ちなのだろう。
彼女は薄布ごしの肢体を両手で覆い隠し、ヒレの耳まで赤くした半泣きの顔で俯いている。
「ゆゆっ、ユニバス様っ!? へ! へ! へ! へ! 変ですよねっ!? わたくしのこと、お嫌いになられましたよね!?」
「いや、そんなことはないよ。いつもと違うイズミが見られて、俺はますます好きになったよ」
途端、イズミはクラッとめまいを起こしたように卒倒していた。