06 俺はいつの間にか、木の精霊たちの憧れになっていた
ティフォンは馬車から出てくると、花嫁から旅の剣士風のいでたちになった。
そういえば、まだ中は見てなかったな、と俺は馬車の中を覗いてみる。
魔導馬車はかなり高度な魔法練成がなされていて、室内は外見よりもずっと広かった。
台所や居間だけでなく、ベッドルームやバスルームまで完備。
ティフォンの話によると、勇者はこの馬車で主要都市を巡り、各地で『精婚式』を行なう予定だったそうだ。
最後は8人の精霊姫たちを乗せて、新婚旅行に出かける流れになっていたらしい。
そのためか、馬車の設備のなかでもウォークインクローゼットは特に広々としていて、まるで世界中の衣料品店を集めたかのような品揃えだった。
「せっかくだから、ユニバスくんも着替えたら?」
とティフォンに言われたが、男物の服はどれも派手で、まるで歌劇舞台の主役が着るみたいなラメラメのしかなかった。
完全に勇者の服装の趣味だったので、俺は一張羅の作業着のままでいることにする。
内装を確認し終えたあとは、俺は外装に手を入れることにした。
今のままでは派手すぎて、どこを走っていても目立ってしまうからだ。
といっても改造するだけの時間もないので、とりあえず木材か何かでまわりを覆うことにしよう。
俺がそう言うと、するとティフォンはキョトンとした。
「木材なんて馬車の中にはないよ?」
「まわりにいっぱいあるじゃないか」
俺たちはいま山の中にいるので、まわりは木だらけだ。
「ああ、木の精霊さんに分けてもらうんだね!
そういうことなら、わたしに任せて!
風の精霊と木の精霊は仲良しなんだから!」
ティフォンは得意気に胸を張るなり、馬車の中から大きな斧を担ぎだしてくる。
そして、道から少しはずれた所にある森めがけ、「そりゃー!」と雄叫びをあげながら走っていった。
門番のように立っている木に、身振り手振りで話しかける。
しかししばらくして、ガックリと肩を落とし、斧を引きずりながら戻ってきた。
「痛いから嫌だって……」
まぁ、無理もないか。
木の精霊に木材を要求するのは、人間に例えるなら肉や骨をよこせと言っているも同然だからな。
「ちょっと、俺が交渉してみよう」
「えっ? 精霊のわたしが頼んでもダメだったんだよ?」
「まぁ、ダメ元ってことで」
俺は、さっきティフォンが話しかけていた木に近づいて挨拶する。
「やぁ」
すると、枝がビクッと震えた。
「あなたはもしかして、ユニバスさん……?」
「なんだ、俺のことを知ってるのか?」
「この国で、あなたのことを知らない木の精霊はいないよ!
なんたって僕たちは、地脈で繋がってるんだからね!
いやぁ、会えて嬉しいよ!」
木の精霊は、広げた両手のような枝をぶんぶん振って喜んでいる。
なかなか好感触のようなので、俺は前置きをすっ飛ばして用件に入った。
「いきなりで悪いんだが、木材を分けてもらえないかな?
なるべく痛くないように切るから」
「すごい! 噂どおりだ!
ほとんどの人間は、僕らに断りも無く切り倒すのに!」
普通の人間は、相手がティフォンのような高位の精霊でもなければ、姿を見ることができない。
それどころか、精霊の声すらも聴くことができないんだ。
木こりは、木の精霊の存在を知っているものの、彼らとコミュニケーションができない。
だから結果的には、断りも無く切り倒すこととなる。
ちなみにではあるが、トランスを動かしている地の精霊たちも、他の人間の目には見えない。
俺という人間に話しかけられた森の木は、驚き混じりで答えていた。
「キミに木工として使われた木材はみんな言ってるよ! 長持ちして丈夫で、ずっと人間の役に立てて最高だって!
だからキミに木工として使われるのは、僕たち木の精霊の憧れなんだ!」
すると、まわりにいた木たちも「僕も使って!」と勧誘してくる。
とうとう森の大合唱が始まり、ティフォンは「わたしの時とぜんぜん違う……」と唖然としていた。
俺は交渉の末、森の木の中から太い枝を何本か切り落とし、木材に加工する。
ティフォンや地の精霊たちにも手伝ってもらって、木の釘で馬車のまわりに木材を打ち付けた。
俺はその途中、馬車の後部に、船首像を飾るような台座があることに気付く。
「なんだこれ?」
ティフォンが苦虫を噛みつぶしたような顔で教えてくれた。
「ああ、それは下僕となった精霊、つまりわたしがミスをしたら、縛り付けて晒し者にするための装置なんだって。
勇者のヤツ、嬉しそうに言ってて超キモかった」
「精霊を縛り付けるだなんて最悪だな。頭がおかしいとしか思えん」
するとティフォンは「ふふっ」と笑う。
「なにがおかしいんだ?」
「人間って、精霊をモノみたいに思ってる人ばっかりなのに、ユニバスくんは違うよね」
「当たり前だ。精霊は俺たちと同じで生きてるんだからな。同じ大切な命だ」
「うふふ、ユニバスくんが木の精霊たちに大人気だった理由がわかったような気がするよ。
わたしたち精霊のことを認めてくれて、嬉しいな。
わたしだけじゃなくて、他の精霊たちも喜んでると思うよ。
みんなにかわってお礼を言っておくね。ありがとう、ユニバスくん」
花がほころぶような微笑みを向けてくれるティフォンに、俺は思わずドキリとしてしまう。
それに、改まってお礼なんか言われるとなんだか照れる。
危うく金槌で指を打ちそうになるハプニングはあったものの、俺たちの馬車は無事に地味になり、再出発をすることができた。
次回、本作最大の奇跡が巻き起こります!
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