04 フローティア島
04 フローティア島
どのくらい眠っただろうか。
ふと目を覚ますと、俺とイズミはラッコの親子のように、オレンジに染まる海を漂っていた。
かなり流されたようで、周囲にはもう馬車の影も形もない。
しかしそのかわりに、群島が目に入った。
「あれは……」
ひとりごちると、胸元から「ん……」と呻き声が。
視線を落とすと、寝ぼけ眼のイズミと目が合った。
「すっ、すみません、ユニバス様。気持ちよくなってしまって、つい眠ってしまいました」
「謝ることはないさ、昼寝に誘ったのは俺だからな。
それよりも、あそこに見える島に行ってみよう。
島なら遠眼鏡があるはずだから、借りて馬車の位置を探すんだ。
そろそろ戻らないと、ティフォンが心配しているかもしれん」
「はっ、はい。あちらは……?」
「あれは『フローティア島』といって、コンコントワレとトコナッツのちょうど真ん中に位置する島だ。
元々は小さなひとつの島だったんだが、『魔導フロート』という、水の精霊の力で浮く建材が開発されたおかげで、あそこまで大きくなったんだ。
ようするに、本物の島は中心にあるひとつだけで、周囲にあるのはぜんぶ人工島なんだ」
何気ない説明のつもりだったんだが、イズミは胸ビレのような耳をぱたぱたさせて、真剣に聞き入っていた。
「なるほど……! ユニバス様は、なんでもお詳しいのですね……! 流れる石でございます!
きっとあの島の方々も、ユニバス様がお立ち寄りになれば、お喜びになってくださるに違いありません!」
「いや、多分それはないと思う」
確かに、そんなことはなかった。
俺たちが人工島のひとつに上陸した途端、
「あっ!? アイツ、無能のユニバスじゃねぇか!」
「そうか! ここんところの不漁の理由がわかったぞ! アイツがいたからだ!」
「くそっ、相変わらず疫病神みたいな男だな! とっ捕まえて、思い知らせてやれ!」
俺もイズミも問答無用で捕まってしまい、檻のついた小さな岩礁に押し込められてしまった。
いままで行く先々で嫌な顔をされてきたが、ここまで手荒いのは初めてだ。
檻のある岩礁は、他の人工島に囲まれている。
金属でできた『かがり火台』がそこらじゅうに置かれており、絶え間なく炎が燃え上がっていた。
その下で、島民が俺たちを見物している。
「アイツが、不漁の原因だっていうユニバスか!」
「そうだ! アイツは以前、この島に勇者様の荷物持ちとしてやってきて、ヘマをやって本島を半分吹き飛ばしちまったんだ!」
「アイツのせいで住人の半数が、船の上で暮らすハメになったんだよな!」
「ゴーツアン様が魔導フロートを開発してくださらなかったら、私たちはずっと漂流者だったのよ!」
それは違う。
本島が半分吹き飛んだのは、魔導女が酔った勢いで「この島で山崩しをして遊ぼう」と言い出して、爆裂魔法を使ったからだ。
それに魔導フロートを開発したのは俺で、ゴーツアンじゃない。
しかし俺は、当時も今も、人間相手には思うように言葉が出せない。
弁明しようにも、ただただ牢屋の中で呻くことしかできなかった。
そのため島の人たちは、不漁の原因を完全に俺のせいにしていた。
「アイツのせいで、海の精霊たちが怒ったんだ! おかげで魚がぜんぜん獲れなくなっちまった!」
「でももう大丈夫だ! ユニバスを海の精霊たちの生贄にすれば、きっとまた魚が獲れるようになる!」
「飛んで火に入る夏の虫ってのは、まさにこのことだな!」
「しかし大丈夫? いっしょにいる女の子は、水の精霊みたいだけど……」
「かまうもんか! ユニバスといっしょにいる精霊なんて、ロクでもねぇ精霊に違いねぇ!」
「おい、ユニバス! 俺たちは食い物を一切やらないから、欲しけりゃ檻ごしに海から獲るんだな!」
「しかし無理だろうな! このあたりの海域はお前のせいで、魚が1匹も獲れなくなっちまったんだ!」
「自分のしでかした事の重大さを思い知り、苦しみながら死んでいけ!」
島にいる漁師の男たちは、これまでの不漁でたまった鬱憤を晴らすかのように、俺を罵る。
それだけでイズミはもう泣きべそをかいていた。
「あっ、あの……! ユニバス様、これは、どういうことなのでしょうか……!?
ユニバス様が、あんなに人間の方々に怨まれるだなんて、信じられません……!」
「ちょっと誤解されてるんだ。それよりも、ハラが減っただろう? なにか食べるとするか」
「えっ? それよりも、ここから出ることをお考えになったほうが……」
「水の精霊たちの力を借りれば、この檻を破ることは簡単だ。
だがそれじゃ、島の人たちとの溝はさらに深くなってしまう。
俺はなんとかして、不漁の原因を解消したいんだ。
そのためにはまず、島の人たちの誤解を解かなくちゃならない。
しかし時間がかかるかもしれないから、腹ごしらえを終えたら、キミだけでも逃げて……」
しかしイズミはセミロングの毛先を左右に揺らす。
今にも決壊しそうだった表情は、迷いなきものに変わっていた。
「いいえ。そういう事なのでしたら、わたくしもご一緒させていただきます。
水があって魚があり、魚があって水があるように、どこまでも、どこまでも……!」
檻には魔導マイクが仕掛けられてあって、俺たちの会話は魔導スピーカーを通して島じゅうに筒抜けだった。
それを聞いた島の人たちの反応は様々。
「なにが誤解されてるだ、わざとらしい!」
「ぎゃはははは! あの鋼鉄の檻を破るのが簡単だってよ!」
「それに、不漁の原因を解消したいだなんて、抜かしやがれ!
勇者様にでもなったつもりかよ! お前が飢え死にするのがいちばんの解消方法なんだよ!」
「腹ごしらえって、いったいなにを食べるつもりなのかしら?」
俺はその問いに答えるかのように、鉄格子ごしに海にむかって囁きかける。
するとイキのいい魚たちが檻の中に飛び込んできて、岩の上でびちびちと跳ねはじめた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」