03 ラブラブ大作戦
03 ラブラブ大作戦
食後はみんなで後片付けをする。
そのあとティフォンは腹ごなしにもうひと泳ぎしたいというので、しばらくここに留まることにした。
馬車の中にビーチチェアとパラソルがあったので、馬車の横にセッティングする。
イズミはビーチチェアに座るのは初めてなのか、横たわるのではなく、座面にちょこんと正座していた。
ティフォンは水辺にやってきて、「ユニバスくんもイズミちゃんも泳ごうよ!」と誘ってくる。
「いや、俺はいい」
「あの、わたくしも、ちょっと……。申し訳ありません」
「そんなぁ! 水の中、すっごく気持ちいいのにぃ! ……あいたっ! 足がつったぁーーーー?」
「大丈夫か? ほら、手を貸せ」
俺は水辺でしゃがみこみ、ティフォンの手を取る。
次の瞬間、「それーっ!」と海に引きずり込まれてしまった。
……どっ、ぱぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!
「うわっぷ、なにすんだよ!?」
「あははははは! 引っかかった引っかかった! せっかく入ったんだから、いっしょに泳ごうよ!」
「俺は作業服なんだけどな……まあいいか」
俺はティフォンといっしょに泳ぐことにする。
その様子をイズミはすごく羨ましそうな顔で見ていたので、何度か誘ったのだが、彼女は決して海に入ろうとはしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらく泳いだあと、ティフォンは海からあがり、ビーチチェアに寝転ぶ。
泳ぎ疲れたのか、あっという間に寝息をたてはじめた。
思わぬ長居となりそうだが、寝ているところを叩き起こすのもかわいそうなので、俺はヒマつぶしに泳ぎ続ける。
すると、いままで傍観者だったイズミが、スックと立ち上がった。
そして、清水の滝から飛び降りるような、決死の表情で、
「ゆ……ユニバス様! わ……わたくしも、泳がせていただいても、よろしいでしょうか!?」
「別に俺に断らなくても、海で泳ぐのは自由だろう?」
「いいえ、わたくしは海で泳ぐのは初めてなのです!
初めてのことは何事も、ユニバス様のお許しを頂かないと……!」
もしかして、最初のティフォンの誘いを俺が断ったから、イズミも遠慮してたのか?
と思ったら、違った。
「そういうことなら、いっしょに泳ごう」と俺が誘うと、イズミは「はひっ!」と引きつれた悲鳴とともに、着物姿のまま、心中でもするかのように海に飛び込んだ。
そして、一秒もたたずに溺れはじめる。
「うわっぷ!? あっぷ! はぷっ!? そ、そうでした! わ、わたくし、泳げないのでした!」
「なにっ!?」
泳げない水の精霊なんて初めてだ。
俺は急いでイズミの元に向かい、沈んでいく身体を抱きかかえる。
「大丈夫か?」
「はっ、はひぃ……。す、すみません、お見苦しい姿を、お見せしてしまって……」
「イズミは精女に通うのに地下水脈を通ってるんだろ? それなら泳げるんじゃないのか?」
「いえ、海のなかでは秘泡の中におりまして、他の水の精霊様たちに運んでいただいているのです」
『秘泡』というのはおそらく、俺が本当の水の精霊王と会いに行くときに包まれていた、呼吸のできる泡のことだろう。
「そうだったのか……」
「幻滅なされましたよね? 水の精霊姫ともあろう者が、水が不得手だなんて……」
「そんなことはないよ。誰だって苦手なことのひとつやふたつはある。
イズミの場合はたまたま、それが水だったってだけだ」
ふと気がつくと、俺たちの身体は流され、馬車のある場所からかなり遠ざかっていた。
戻ろうとイズミの身体を抱いたまま泳いだが、ぜんぜん進まず、むしろ馬車からどんどん離れていく。
俺は海に呼びかけた。
「おいおい、水の精霊たち、いったいどうしたんだ? ふざけて遊んでるのか?
俺ひとりならともかく、今は水が苦手なイズミがいるから……」
いつもなら精霊たちの声が返ってくるのに、なぜか今は無言。
潮の流れは急変し、俺たちを馬車から遠ざけようとしているかのようだった。
「水の精霊様たちは、いったいどうなさったのでしょうか……?」
イズミは不安そうにしている。
「大丈夫、俺がついてる。しっかりつかまってろ」
俺はイズミの肩に手を回して抱き寄せる。
イズミも「は、はひっ!」と返事をして、遠慮がちに俺に寄り添った。
イズミはすっかり怯え、震えていた。
俺は彼女を怖がらせないように、楽天的な態度を装う。
「せっかくだから、俺たちも昼寝でもするか」
「ええっ!? こんなときに、お昼寝でございますか!?」
「水の精霊の流れには逆らわず、身を任せることだ。
彼らには彼らなりの考えがあって、俺たちを流しているんだろう。
大丈夫、彼らは俺たちに危害を加えようとしているわけじゃない。
現に俺たちの身体は、普通に海に浮かぶより浮いている。
これはイズミが泳げないことを知っていて、気づかってくれているんだろう。
だから沈むことはないと思うが、心配なら、もっとそばに来るといい」
俺はイズミの肩から手をすべらせ、腰にあてがう。
イズミはビクリとしていたが、水の精霊の特徴である魚の胸ビレのような耳を赤魚のように染めながら、さらに俺にくっついた。
マシュマロみたいに柔らかな身体が、ぴったりと寄り添う。
「イズミ、俺の胸に頭を乗せて」
「か、かしこまりました」
イズミは緊張気味に、魚の胸ビレのような耳を、俺の作業服の胸ポケットのあたりに控えめにあてがった。
「……ユニバス様の、お胸の音が聴こえます……。とくん、とくん、って……」
人間の鼓動の音というのは、聴いていると不思議とリラックスできる。
母親のお腹の中にいたときのことを思い出すから、というのが理由のようだが、俺は精霊にも効果があることを発見していた。
「この音を聴いてると、気持ちが落ち着くだろ?」
イズミはウットリした表情で、「はい……」と答えた。
頭を撫でてやると、「ふわぁ……」と夢見心地で目を細める。
俺たちはそのまま、安らかな眠りに落ちていく。
その途中、「ユニバス様とイズミ様のラブラブ大作戦、大成功っ!」と、どこからともなく声が聴こえたような気がした。
今後は、本文の最初にも各話タイトルを記載するようにしたいと思います。