48 破滅の拳、自業自得(ざまぁ回)
降格を言い渡された途端、ホーリードゥームは衝動にかられる。
――早いとこ、このクソババアを殺しておかないと、マズいことになるっ……!
いま彼女は、そのクソババアこと聖機卿の執務室にいて、ターゲットとはふたりきり。
絶好の暗殺チャンスだったが、それはできなかった。
聖機卿の口から降格を言い渡されたということは、すでにこの国の上層部たちは、降格の事実を知っているということになる。
なぜならば大聖教女クラスの降格ともなると、聖機卿が思いつきで発令できるものではなく、上司にあたる聖皇女の承認が必要となるからだ。
降格を発令した直後に聖機卿が死んだとあれば、真っ先にホーリードゥームが疑われてしまう。
そうなってしまうと、もはや1ランクダウンではすまないだろう。
ホーリードゥームは悔しさを全身で噛みしめながら、聖機卿の執務室をあとにする。
やり場のない怒りをどうやって発散させようか悩んでいると、
「うぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
背後から耳慣れた蛮声とともに、ツカツカと足音が急接近。
ホーリードゥームが何事かと振り向いた途端、
……ドスウッ……!
通り魔のような不意討ちっぷりで、強烈なボディブローが腹にめりこむ。
「ぐはあっ!?」と身体をくの字に折って、吹っ飛ばされるホーリードゥーム。
レッドカーペットに倒れた瞬間、通り魔は跳躍、追撃のために飛びかかってきていた。
その見覚えある顔に、ホーリードゥームは肺から息を絞り出す。
「ぼ……ボッコ!?」
そう、通り魔の正体は彼女の手下のひとり、ボッコであった。
ホーリードゥームはスカートがめくれあがるのもかまわず、ボッコを蹴り返す。
「ボッコ、いきなりなにをするのですかっ!?」
ボッコは後ろでんぐり返しでカーペットを転がったが、その勢いを利用して立ち上がる。
「そりゃこっちのセリフだ、ホーリードゥーム! いつもいつも、いきなり殴ってきやがって!
でもそれも、今日でおしまいさ! なにせ、同格になったんだからね!」
「うっ……! 立ち聞きしていたのですか!?」
「さぁね! でもいまやこの城は、アンタの降格の噂でもちきりさぁ!」
ホーリードゥームはつい先ほど、聖機卿殺しをあきらめたばかりだった。
しかし憎悪の炎はまだくすぶっており、ボッコの一撃で一気に再燃。
立ち上がると、拳闘のようなポーズを取った。
それは片手だけを掲げ、もう片手は腰に当てるという独特のスタイル。
「ちょうどムシャクシャしてて、探していたところだったんですよ……!
動くサンドバックである、あなたをね……!」
挑みかかるホーリードゥームは、ボッコの頬めがけてフックをはなつ。
いつもなら顔面をやすやすと捉えていたパンチであったが、この時ばかりは空を切った。
「へへ、修道士タイプの聖女はアンタだけじゃないんだよっ! そらあっ!」
返しのフックがホーリードゥームの頬をバチンと捉える。
「ぐっ!?」とよろめいたところに、返す刀のような一撃が降り注ぐ。
右、左、右、左、と猛烈なボッコのラッシュ。
壁際に追いつめられたホーリードゥームは、腕で顔をガードするのに精一杯。
「どうしたどうしたぁ! 相手が反撃してくるサンドバックだと、手も足も出ないのかいっ!?」
しかしホーリードゥームのガードが、わずかに開いたかと思うと、
……ぶしゅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!!
紫色の霧が吹き出し、ボッコの顔に浴びせられた。
「ううっ!? め、目がっ!? 毒なんて汚えぞっ!?」
ボッコのラッシュは強制中断、顔を押えて後ずさる。
「ふふ、毒は私にとって舌のようなもの。いわば身体の一部なんですよ。
相手を骨までしゃぶりつくすための、ね……!」
もはや勝負は決したとばかりに、大きく振りかぶるホーリードゥーム。
『HOLY』の指輪が天井のシャンデリアの光を受け、刃物のようにギラリと輝いた。
「ボッコ、あなたは私には絶対に勝てないのです。
さぁ、聖なる刻印とともに、私の前に跪きなさいっ……!」
しかしその拳は振り下ろされることはなかった。
……ガンッ!
不意に背後からの一撃で肩を打たれ、ホーリードゥームはウッと腕を押えて振り返る。
そこには、手に手にモップやホウキを持った聖女たちが。
そう、ホーリードゥームにさんざん殴られてきた、彼女の手下たちであった……!
「ホーリードゥーム様、いや、ホーリードゥームっ!
私たちはあなたの横暴っぷりに、嫌気が差していたんです!」
「横暴なだけならまだしも、手を上げるなんて最低!
もう、我慢の限界ですっ!」
「次期聖皇女の最有力候補だからって、我慢して従ってきましたが……。
それも今日で終わりですっ!」
「もう、あなたには誰も殴らせませんっ!」
1ランク降格しただけなのに、それも降格したのは数分前だというのに、この見放されっぷり。
いかに彼女がウルトラバイオレンスな人物であったかが、容易に想像できるであろう。
しかしホーリードゥームに悔悟の念などさらさらない。
なぜならば、彼女は自身の『拳』と『毒』でここまで成り上がってきたと思い込んでいるから。
実際には、事あるごとに無能だと罵っている、ユニバスのおかげだったのだが……。
ともかく彼女は反省しなかった。
「ふん、動くサンドバッグが増えましたね。
ちょうど1個じゃ殴り足りないと思ってたんですよ!」
……バッ!
ホーリードゥームは封印でも解くかのように、腰に当てていた片手を前に出す。
固められた拳には『D』『O』『O』『M』とイニシャルをかたどった指輪が。
シャンデリアの光を受けたそれは、暁のような輝きを放っていた。
「この『破滅の拳』が現れたからには、あなたたち全員、ただではすみませんよ」
明日がこなくても構わない者だけ、かかってきなさい。
さぁ……今宵はケンカパーティですっ!」
しかしそのパーティは、秒の速さで終わりを告げる。
ホーリードゥームが、パーティ開始を告げる拳を振りかぶった途端、その肘が、
「あなたたち、なにをしているのですかっ!? 今すぐやめなさいっ! やめないと……!」
後ろから止めに入った聖機卿の顔面に、
……メキッ!
と、嫌な音をたててめりこんでしまったから。
鼻血を出してブッ倒れる聖機卿。
聖機卿が城内の暴力沙汰に、しかも聖女どうしの争いに巻き込まれるなど、前代未聞の珍事。
その騒動の元凶はホーリードゥームとされ、彼女にはさらなる追加処分が下される。
なんと、聖女ホーリードゥーム……。
『大聖教女』から『聖教司女』、そして『聖教司女』から『大聖女』へランクダウン……!
2ランクダウンした聖女というのは、長きにわたる聖女の歴史においても、彼女が初めてのことであった。
次回からはユニバスサイドに戻ります、ご期待ください!