47 いよいよ聖女も(ざまぁ回)
勇者ブレイバンはキングバイツ王国において、勇者どころか人間のプライドまで捨て去ったお漏らし土下座を全国民の前で披露。
この瞬間、同国における勇者神話は崩壊。
これは初めてのことではなく、ワースワンプに続いて2ケース目。
しかもそのふたつの間は、1週間も離れていない。
いくら重なるにしても、舌の根が乾くヒマもないほどの不幸のワンツーパンチ。
しかしこれは偶然ではなく、必然であった。
引き起こされたトラブルはすべて、精霊に起因している。
そう、ブレイバンはユニバスを追放したせいで、一気に2国もの支持を失ってしまったのだ。
そのとばっちり、いや、報いを受ける者がもうひとり。
ホーリードゥームもさっそくお局様に呼び出され、こってりとしたお説教を受けてた。
「海割りの奇跡を披露するなどと大口をたたいたばかりか、しかも失敗して、同盟国の王を泳いで帰らせるだなんて……!
ホーリードゥームさん、いったいなにを考えているのですか!?」
そしてホーリードゥームも、ブレイバンと頭の中身はそれほど変わらない。
「お言葉ですが聖機卿様。あれは失敗したのではなく、無能のユニバスのせいなのです。
私を失脚させるべく、ユニバスが影から……」
「お黙りなさい。あなたは何かというとユニバスのせいにするのですね。
あなたのなすことをすべて妨害していたのだとしたら、あなたよりずっと有能ということになるではありませんか」
「くっ……! あの男は悪知恵だけは一流で……!」
「お黙りなさいと言っているでしょう。それともあくまで、自分は失敗していないと言い張るつもりですか?」
「はい、私は……!」
「ならばこの件は、しっかり調査しないといけませんね。
失敗でないのなら、あなたが故意に海割りの奇跡を中断した可能性も出てきますから」
「そんなことはありません。そんなことをして、何のメリットが……!」
「キングバイツの国王を亡きものに、それが無理でも笑い者にして失脚させるのが狙いだったのではないですか?」
聖機卿がホーリードゥームに向けている目は、捕まっていない詐欺師を見るかよう。
いや正しくは、嫌疑不十分なテロリスト……!
よりにもよっていちばん深い沖で、海が閉じてしまったのがその原因であった。
それに加えて、
「あなたにはそれをするだけの理由もあります。
私をはじめとする聖機卿は、近年はキングバイツの王族関係者から選出されていますから。
それもキングバイツ国王のお力によるもの。
しかしそれを亡きものにできれば、あなたにとって都合のいい人物を据えることにもなるでしょうから」
ただのお説教かと思っていたら、まったく予想外の方向に話が転がり出したので、ホーリードゥームは慌てた。
「そ……そんな! 誤解です! 聖機卿様っ! 私は、決してそんな……!」
しかしもう聖機卿の眼は曇りきっていた。
いやむしろ、クリアになったというべきか。
聖機卿は汚物でも見るかのように、嫌悪感ありありの表情を浮かべる。
「私が毒殺できないからといって、後ろ盾を奪おうと考えるだなんて、恐ろしい……!」
「なっ……!?」
驚きのあまり、「なぜそれをっ!?」と飛び出しかけたが、ホーリードゥームはとっさに手で口を塞いだ。
間を置かず、憎悪の炎が腹の底でメラメラと燃え上がる。
――ぶ、ブレイバンだっ……!
あのチャラ男がチクりやがったんだ!
おそらく何らかの見返りを求めて、この私を売ったんだ……!
あんの、ド腐れ勇者がぁ~~~~~っ!!
ホーリードゥームの推理はすべて大当たり。
ブレイバンはキングバイツ王国での『戦争』を終えたあと、まっさきに聖機卿の元を訪ねた。
そして聖機卿に、「ホーリードゥームに暗殺を依頼された」ことを知らせる。
なぜそんなチクリをしたかというと、ひとつはホーリードゥームへの仕返しのため。
『海割りの奇跡』は完全にホーリードゥームの独断で始まったことなのに、失敗のとばっちりを受けてしまったから。
そしてもうひとつの理由こそがメイン。
それは、
キングバイツ王国での『お漏らし土下座』の件を、同国内だけに留めて欲しいという、便宜のお願い……!
聖機卿は、かつてキングバイツの王族であった。
キングバイツ国王とも親しく、現在も多大なる影響力を持っている。
彼女がチョチョイと働きかければ、情報の封殺などお手の物。
もちろん、噂レベルのものはどうしようもないが、マスコミに撮られた真写の国外流出は防げるであろう。
そう、ブレイバンは勇者神話の崩壊が、これ以上進むのをなによりも怖れていたのだ。
魔王討伐という、苦楽をともにした仲間を売り飛ばしても、惜しくないほどに……!
あずかり知らぬところで、してやられてしまったホーリードゥーム。
彼女は爪が手に食い込むほどに、拳を握りしめていた。
――ブン殴りてぇっ……! あのクサレ勇者を……!
いいや、もう誰でもいいからボコボコしてぇっ……!
ホーリードゥームはとうとう、無差別テロのようなことを考え始める。
そこに、無慈悲なる裁きが下された。
「ホーリードゥームさん、これからあなたの身辺調査をさせてもらいます。
疑わしきは罰せずの精神ではありますが、故意にせよ事故にせよ、あなたがキングバイツの国王を危険に晒した事実には変わりありません。
よって、1階級降格を言い渡します」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
……ズガガァァァーーーーーンッ!! と雷に打たれたほどのショックを受けるホーリードゥーム。
今の今まで順風満帆で、次期聖皇女とまで呼ばれた期待のホープが、ここにきて降格っ……!?
聖女というのはその清らかなイメージから、出世欲とは無縁のものとされていた。
そのため、降格も昇格も滅多なことでは発令されない。
そのため、聖女界の降格というのは、出世レースにおける周回遅れとなるほどの重いペナルティとされている。
ホーリードゥームは真っ青になって聖機卿にすがったが、判決は覆らなかった。
ああ、聖女ホーリードゥーム……。
『大聖教女』から『聖教司女』へ、痛恨のランクダウン……!