45 いま、あの人の元へ
時は少しだけ戻る。
『海割りの奇跡』を前に、海の精霊たちは檻の中で円陣を組んでいた。
「みんな、がんばりましょう!
私たちが海割りを成功させれば、自由に海を泳げるようになるのよ!」
「それも大事だけど、私はなによりも、ユニバスさんの遺志を守りたい!」
「そうね、ユニバスさんは私たちのことを見込んで、ホーリードゥーム様に推薦してくださったのだから!
私たちがユニバスさんに受けた恩は、この海よりも広い……!
だからこそ、そのお返しを精一杯しなくちゃ!」
「うん! ユニバスさんに直接お返しできなかったのは残念だけど……。
きっと私たちがホーリードゥーム様に尽しているところを、天国で見てくれているよね!」
「それじゃ、みんな……!
ユニバスさんのために、全力を尽しましょう!」
「おおーっ!!」
人魚の姿をした海の精霊たちは、かなり高位の力を持っている。
しかし『海割りの奇跡』ともなると、数百人規模の力が必要となる。
彼女たちはそれを、十数人でこなそうというのだ。
それはひとりひとりの負担が大きくなり、命を削ることを意味する。
それでも彼女たちは、かつてのユニバスの恩に報いたい一心で、奇跡を成功させた。
しかしやはり力不足で、海の中にできた道はだいぶ狭かった。
そのままでは通れなかったので、キングバイツの国王は、身体を横にしてのカニ歩きの要領で、海の狭間を進んでいく。
部下たちも、同じように隙間に挟まるようにして後に続いた。
それは、奇跡の凱旋とは程遠い光景。
まるで路地裏をコソコソと歩いているかのようだったが、本人たちは大喜び。
これこそ『奇跡』だ、と……!
彼らは知らない。
この時、本当の『奇跡』が、別の場所で始まっていたことを。
人間の耳には聴こえなかったが、その声は、人魚たちの耳にたしかに届く。
『……俺たちはキミたちの祖国、コンコントワレへの道を望むものである!』
檻の中の人魚たちは『海割りの奇跡』に集中していたが、ふと、雷鳴を聞いたウサギのようにハッとなっていた。
「こ、この声は……? もしかして、ユニバスさん!?」
『俺たちは決してキミたちに仇なすことはない! 種族は違えど、心はキミたちとともにある!』
「間違いない、ユニバスさんだ! まさかユニバスさんが、生きていただなんて!」
『もし俺たちを受け入れてくれるのであれば、この海を割り、その道を示してほしいっ!』
「はっ……! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」
人魚たちは海割りの奇跡で使うはずだった、残りの力をすべて使って、檻を破壊。
……どっ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
おおきな魚影のようにひとつになって、海面へと飛び出す。
……どっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
「ユニバスさんっ! いま……! いま、まいりますぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!」
海にはクジラがジャンプしたかのような、巨大な水飛沫が上がっていた。
それは、ユニバスの『海割り』に続く、奇跡のような光景。
しかし、誰も見ていなかった。
なぜならば、
「ああっ!? う、海が!? 海が元通りになった!?」
「た、大変だ! キングバイツの方たちが、海の中に沈んでしまったぞ!」
「早く! 早くお助けしなければ!」
すると、遥か遠方の沖のほうから、いくつもの顔が飛び出す。
海底から自力で這い上がってきた、キングバイツ国王と部下たちである。
彼らは先ほどまでの興奮を、怒りに転化させていた。
「くっ、くらぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
このクソ勇者がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
キングバイツ国王は、家宝の壺を野球少年のホームランによって割られた、カミナリオヤジのようになっていた。
バシャバシャ水飛沫をあげて大暴れ。
「なにが海割りの奇跡だっ!!
一度ならず二度までも、この俺を罠にハメやがったなぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
その怒気は遠く離れていても浜辺まで届き、ブレイバンを震えあがらせていた。
隣にいたホーリードゥームを、シュバッと盾にする。
「ち、違う! 違います、国王っ!
海割りはここにいるクソアマがやりはじめたことで、俺様は無関係ですっ!」
ホーリードゥームは唖然としていたが、すぐに『なすりつけモード』に意識を切り替える。
回転ドアのようにブレイバンとの立ち位置を入れ替えた。
「恐れながら申し上げます! 私は最後まで国王をお見送りするつもりでしたが、勇者が私にこう命じたのです!
沖に行ったところで『海割りの奇跡』を中断させろ、そしたら面白いことになるから、と!」
ブレイバンとホーリードゥームはいがみ合うペアのダンスのように、お互いを沖に向けて押しやった。
そうこうしている間にキングバイツ王国の面々は、どんどん沖へと流されていく。
とうとう彼らは救助のボートを待つことなく、自力で対岸にある自国まで泳ぎはじめた。
キングバイツ側の浜辺には、国王が凱旋を見せるために手配した民衆たちが詰めかけている。
本来であるならば『海割りの奇跡』のなか帰国し、大歓声で迎えられるはずであった。
キングバイツの国民は国王を英雄としてたたえ、キングバイツ王国とフーリッシュ王国の絆は、永遠のものになるはずであったのだが……。
「おい、見ろよ! 国王が泳いでこっちに向かってきてるぞ!?」
「『海割りの奇跡』を見せてくれるんじゃなかったのかよ!?」
「船に乗らずに帰ってくるなんて、海の男として一番の恥じゃねぇか!」
キングバイツ国王はトライアスロンかと思うほどに体力を消耗、ヘトヘトになって自国の浜辺になんとか這い上がる。
そこで待っていたのは、大勢の民の嘲笑であった。
国民の支持をすっかり失ってしまった国王。
彼の怒りは頂点に達し、全身を赤く塗られた阿修羅像のようになっていた。
「おっ……陸の上のドッキリなら、まだ許しもしよう……!
だが俺たちキングバイツの男にとって、なによりも神聖なる海で、イタズラを仕掛けてくるとは……!
こっ……こんな屈辱を受けたのは、初めてじゃぁぁぁぁぁ~~~~っ!
戦争! 戦争じゃあっ! あのド腐れ勇者を、ブチ殺してやるぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!!」
次回、いよいよざまぁ回です!
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そして皆様、よいお年を!
来年も、ユニバスと精霊たちを応援していただけると嬉しいです!