44 海割りの奇跡、しかし…
フーリッシュ王国の浜辺、今までは『失敗バーベキュー会場』だったはずの場は一転。
『海割りの奇跡会場』となり、多くの人たちが詰めかけていた。
海割りの奇跡を披露できれば、フーリッシュ王国とキングバイツ王国の同盟はさらに強固なものとなるのは間違いない。
その功績をより多くの民に見せようと、ブレイバンが部下に命じて呼び集めさせたのだ。
そして今回の仕掛け人であるホーリードゥームは、白い船で沖へと出ていた。
積んでいた檻には、プライベートビーチから運んできた、多くの人魚たちがひしめきあっている。
リーダーらしき人魚が、鉄格子を掴みながら尋ねた。
「ホーリードゥーム様、これはどういうことなのですか!?
まさか檻のまま、私たちを海に沈める気ですか!?」
「そうですよ。檻の中でも『海割りの奇跡』はできるでしょう?
それに、ひとりでも逃げ出して、奇跡が失敗したら困りますからね」
「そんな、私たちは逃げません! お願いですから、自由に海を泳がせてください!」
「念には念を入れないと、ね」
ホーリードゥームは思っていた。
もしこの人魚たちを海に放した途端、独自のネットワークでユニバスが生きていることを察するかもしれない、と。
そうなると全員が奇跡をほっぽり出して逃げ出すのは目に見えていたので、檻に閉じ込めたというわけだ。
ホーリードゥームは思わせぶりな口調で言う。
「でも安心なさい。海割りの奇跡が成功したら、あなたたちを自由にしてあげましょう。
ですから何としても、奇跡を成功させるのですよ、いいですね?」
自由になれるとわかったとたん、人魚たちの表情は明るくなった。
「わ……わかりました! がんばって奇跡を成功させます!
成功したら、自由にしてくれるんですね!? 約束ですよ!?」
「ええ、人間と精霊の約束です」
ホーリードゥームは確かなる言葉で念押ししたが、彼女は当然のようにこの約束を守る気はない。
奇跡が成功しても失敗しても、閉じ込めた檻ごと引き上げて、人魚たちをまた自宅へと戻すつもりでいた。
奇跡が成功した場合は、今後も『人口波マシン』として飼い殺し。
たまに自由をチラつかせてやって、『海割りマシン』として一生使い倒す。
奇跡が失敗した場合は、人魚たちの弱点属性である土の中に生き埋めにして、庭の肥料にするつもりであった。
いずれにしても、人魚たちに明日などない。
彼女たちを見つめるホーリードゥームの顔は、さながら獲物を咥えて離さない猫のようであった。
――水の精霊など、魚と同じ……!
骨までしゃぶられるために、存在しているのですから……!
そしていよいよ、奇跡を披露する瞬間がやって来た。
檻ごと海に沈められた人魚たちは、健気に力を合わせて泳ぎまわり、海割りに適した場所を探す。
『準備OK』の合図である泡がぷくぷくと海面に立ったところで、ホーリードゥームも白い椅子から立ち上がる。
勇者の精婚式に使っていたのと同じ、白い魔導マイクを使って浜辺に向かって呼びかけていた。
『それではこれから、「海割りの奇跡」をお見せしましょう。
これから起こることは、海の精霊たちが私に従っている証!
すなわち、私がその気になれば、海すらも割る力があるということです!』
「うおおおーーーっ!」と歓声が返ってくる。
キングバイツの国王は、戦艦に待機させていた部下たちをみな上陸させ、パレードの隊列を形成していた。
着飾って先頭に立つ国王は、腹からの雄叫びをあげる。
「ホーリードゥーム殿! いや、ホーリードゥーム様!
海割りは、我ら海の男の永遠の憧れ! こんな素晴らしい機会を与えてくださり、感謝しております!
あなた様は聖女の枠に収まる人物ではない! 聖皇女ですらちっぽけに見える! もはや女神様だっ!」
一国の国王にここまで言わしめ、観衆たちは「すげぇぇぇーーーっ!」とさらに大盛り上がり。
ホーリードゥームはもはや神にでもなったかのように両手を広げた。
「それでは皆の者、我が奇跡を拝みたければ、ひれ伏しなさいっ!」
ホーリードゥームは『大聖教女』の地位の聖女である。
世界でナンバー3、国内ではナンバー1の実力者であるが、国王を前にこの態度は尊大すぎた。
しかしもはや彼女に逆らえる者などいない。
浜辺に集まった大観衆は、「ははーーーーっ!!」とマスゲームのように膝を折っていた。
権力を手にした快感が、ホーリードゥームの全身を駆け巡る。
――きっ、気持ち、いいっ……!
今や私の前では、国王ですら思いのまま……!
いままで聖皇女を目指していたのがバカみたい……!
そう、これからは女神……!
私は世界を支配する、『女神』となるのよっ……!
ユニバスは言うまでもなく、勇者が敗れたという『へんな男』ですら敵わない、世界最強の女になるの……!
……バッ!
ホーリードゥームは両手を突き出し、海に向ける。
そのポーズは奇しくも、ユニバスが奇跡を呼び起したときと全く同じであった。
「我がホーリードゥームの名において命ずる! 海よ、割れよっ!」
それはユニバスがした時のような地鳴りもなく、空が渦巻くような空気もなかった。
……ぐおっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
割れたときの音も控えめであったのだが、確かに真っ二つになったのだ。
ユニバスの時は軍隊が通れそうなほどに広い道幅であったが、人ひとりがやっと通れそうなほどの狭い隙間しかない。
それでも、海は確かに割れていたのだ……!
「おっ……おおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
規模はともかく、海が割れたという事実に観衆は大興奮。
キングバイツの国王は、天にも昇ような気持ちで、現れた道へと踏み出していた。
「お……おおっ! 神よっ……! まさに、神の御業……!」
しかし、キングバイツの軍勢が海の底を歩き続け、いちばん深い沖のあたりにさしかかった途端、まるで待ち構えていたかのように、
……どぷんっ。
海は開いていた口を、固い貝のようにぴったりと閉じてしまった。