43 懲りない面々、さらなる悪だくみ
ホーリードゥームは自宅の使用人に、人魚たちを海に移しておくように命じる。
そのまま屋敷でひと休みすらせずに馬車を走らせ、フーリッシュ王国の端にある海へと向かった。
今日その海では、勇者ブレイバンと、海峡を挟んだ先にある隣国である、キングバイツ王国との会食が行なわれていた。
メニューはもちろんバーベキュー。
ホーリードゥームはきっと楽しげな宴が開かれているのであろうと想像しつつ向かったのだが……。
浜辺では勇者と、魔導装置の開発部署の主任であるアパーレが正座させられており、キングバイツ国王のお説教の真っ最中。
国王はなぜか爆発コントのようなチリチリパーマになっており、全身黒焦げになっていた。
「くらあっ! なにがいま若者の間で大流行のドッキリだ!
さては海では勝てないからって、陸で事故に見せかけて俺を殺そうとしてたんだろう!?
不愉快だ! 俺はもう帰るぞ! 同盟強化の話も白紙だ! 考え直させてもらうぜ!」
なにが原因かはわからないが、どうやら国王は激怒しているようだった。
ホーリードゥームは颯爽と話に割って入る。
「おまちください、キングバイツ国王!」
「おおっ、ホーリードゥーム殿! あいかわらずべっぴんさんじゃねぇか!」
キングバイツ国王は、海の獣のツノで作った兜を被り、ウロコで作った鎧を着ている。
豪快な口調と筋骨隆々とした身体つきは、国王というよりは『海の男』と呼ぶに相応しい。
その見た目のとおり、キングバイツは世界有数の海軍国家であった。
国王が帰ると言いだしたので、沖で停泊してあった戦艦からは迎えのボートが出てきている。
ホーリードゥームはそのボートを見やりながら言った。
「お帰りになるのでしたら、この私が最高のセレモニーを以って、国王をお見送りいたしましょう」
「ほう、なんだ? 聖女の姉ちゃんたちが花道でも作ってくれるのか?」
「そんな、並の聖女たちを集めてお送りするだけなのであれば、何の力もない聖機卿ですら可能です。
私が集めるのは、『海の精霊』……!」
国王はちょっと小馬鹿にしたような表情だったが、『海の精霊』と聞いた途端、表情を一変させた。
「なんだと? ホーリードゥーム殿は、海の精霊たちを自由に集められるというのか?
そんなバカな! そんな芸当、海の男である俺ですら無理だというのに!」
「国王、私の二つ名をご存じありませんか?」
「二つ名……? そうか、ホーリードゥーム殿は『海を持つ聖女』と呼ばれていたな!」
「そうです。この私にかかれば海の精霊ですら自由に操れます。
その力で国王を、船ではなく……。歩いて祖国へとお送りいたしましょう」
「なっ、なにっ!? まさか、海の上を歩けるというのか!?」
「いいえ、そんなチンケな曲芸ではありません。
私がお見せするのは、『海割りの奇跡』っ……!」
「「「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」
これにはキングバイツ国王だけでなく、隣で聞いていた勇者と大臣もビックリ仰天。
正座させられていたブレイバンはあることに気づき、シュバッとホーリードゥームに飛びかかって耳打ちする。
「おい、ホーリードゥーム! 『海割りの奇跡』って、まさかアレのことか!?
魔王討伐の旅のとき、コンコントワレに行くときにやったヤツじゃねぇだろうな!?」
勇者の声は必死だったが、ホーリードゥーム「ええ、そのアレですよ」とあっさり答える。
「なんだとぉ!? そんなのお前にできるわけねぇじゃねぇか!
あっ!? まさか、俺様の力を頼りにしてるんじゃないだろうな!?
あの時、俺様が海を割ったのは偶然だ! 俺様自身、なんで海が割れたのかいまだにわからずにいるんだぞ!」
「あなたの力などなくとも大丈夫です。それよりも、あなたはキングバイツ国王に対してなにかヘマをやったのでしょう?」
「へ……ヘマじゃねぇよ! ぜんぶユニバスが悪いんだ! アイツのせいで……!」
「誰のせいかはともかく、『海割りの奇跡』でキングバイツ国王をお送りすれば、ご機嫌は取り戻せるでしょう。
それどころか自ら進んで、フーリッシュ王国の属国になりたがるかもしれません。
なにせ彼らは国を挙げて、海の精霊とかいう魚のできそこないを崇めているくらいですから」
ホーリードゥームはヒソヒソ話を続けながら、キングバイツの国王をチラ見する。
国王は信じられない様子でワナワナと震えていた。
「『海割りの奇跡』は我らキングバイツにとって、海神の力が具現化したものと伝えられている……!
もし、海割りの中を歩いて我が国に戻ることができれば、民からの人気は不動のものとなるだろう……!」
ホーリードゥームは妖しげに唇を歪め、勇者の耳に息を吹きかけた。
「あなたは前回の会食でワースワンプ国王を怒らせてしまい、首が回らない状態なんでしょう?
もしここでキングバイツ国王まで怒らせてしまったら、精霊姫だけでなく、この国の姫との結婚もおあずけになるのではないですか?」
「ぐっ……! そ、その通りだっ……! だから、俺様からも頼むっ……!
『海割りの奇跡』で、キングバイツ国王のご機嫌取りを……!」
「いいでしょう。そのかわり、それ相応のモノを頂きましょうか」
「わかった、なにをすればいいんだ?」
「そうですねぇ、聖機卿を亡きものにしてもらえますか?」
「なんだと? あんなババア、お前の得意な毒を盛れば一発だろう」
「それがあのクソババア、毒を異様なまでに警戒しているのです。
パーティの料理や差し入れなどはひと口も食べないのですよ」
「わかった。そういうことなら俺様がなんとかしてやる」
「では、契約成立、ですね」
……ニヤリッ!
と笑いあう男と女。
それは世に知られる、世界を救った勇者と聖女の面影などまるでない。
ただの、二匹の魔物であった。