42 海を持つ聖女、彼女の尊敬の源は…
ホーリードゥームは勇者パーティの聖女として、魔王討伐のために世界各地を旅した。
彼女はその最中、いたる所にまき散らしていたのだ。
魔王討伐後に、自分が聖女のトップとなるための『種』を。
『聖母』が管理している聖堂などを見つけると、そこにいる『聖女』に目を付け、聖母失墜をそそのかす。
失敗してバレてしまった場合は、トカゲの尻尾切りとばかりに知らぬ存ぜぬを貫く。
成功した場合は自分の派閥に組み入れ、さらなる勢力拡大を目論む。
そう、彼女は『種』でなく『土壌』を作り上げることにも余念がなかった。
一輪の『聖皇女』として咲き乱れるのではなく、毒の花畑を作り上げ、その地位を盤石なものにしようとしていたのだ……!
しかしその一角が、『へんな男』の手によって崩れ去ってしまう。
ホーリードゥームの頭の中は、ふたりのいまいましい男の顔でグチャグチャに荒されていた。
ひとりはユニバス。そしてもうひとりは顔がハテナマークになっている『へんな男』。
――くそっ、ユニバスめ……!
この私が仕切っている精婚式を台無しにするだなんて……!
アイツはいつもそうだった! 無能のくせに、他人の足を引っ張ることにかけては一流で……!
それに加えてなんなの、『へんな男』って……!
いくら像とはいえ、勇者ブランドに勝つだなんて、きっととんでもない男に違いない……!
彼女はまだ知らない。
気になる男ふたりが同一人物であることを。
ホーリードゥームは『へんな男』の正体を気にはしたが、今はそれどころではない。
今はそれよりも、精婚式を失敗させてしまった失点の埋め合わせを、急遽しなければならなかった。
そして彼女はついに決意する。
禁断の封印を解き放つことを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ホーリードゥームは、フーリッシュ王国の王都のはずれにある山々に来ていた。
あたり一帯の山はすべて開墾されており、贅を尽した屋敷が建ち並んでいる。
ここは王族や貴族などが住む高級住宅街。
ホーリードゥームの邸宅は山ひとつ丸ごと使ったもので、裏手には大きな人工の海があった。
庭代わりの海の前で純白の馬車を降り、砂浜を歩くホーリードゥーム。
完全なるプライベートビーチには、水着姿の美女たちの姿がちらほらあった。
彼女たちは貝殻のビキニを身に着けており、海の中でイルカのように泳ぎ回っている。
しかしホーリードゥームの姿を見るなり、波打ち際に整列してひれ伏す。
美女たちは目も覚めるほどの美女で、いずれ劣らぬナイスバディであった。
しかし足がなく、下半身は魚の形をしてる。
そう、彼女たちは人魚の姿をした『海の精霊』たち。
打ち上げられた魚のような美女たちは、面をあげて聖女にすがった。
「ホーリードゥーム様、お願いです。私たちを本物の海に還してください」
しかしホーリードゥームは白いヴェールで覆われた顔を左右に振る。
「あなたたちは、ユニバスの遺言を守ると誓ったのではないのですか?
ユニバスは死の淵にあって、私にこう言ったのです。
『どうか海の精霊たちよ、ホーリードゥーム様の輝かしい未来のために忠誠を誓ってほしい』と。
ならば海になど還らず、私のそばにいるべきでしょう」
「はい、ユニバスさんの遺言に従い、私たちのすべてはホーリードゥーム様のものです。
でもその忠誠と、本物の海で泳ぎたいという気持ちは、相反するものではないと思います。
お願いです、逃げたりはしません。一度でいいですから、本物の海に……」
ホーリードゥームは魔王討伐後、ユニバスの遺言をでっちあげ、海の精霊たちを連れ去る。
国王から褒美として与えられたこの山に、海の精霊たちの力でプライベートビーチを作らせた。
海の精霊の力があれば、人口的な波を起こすことなどたやすいこと。
彼女は『海を持つ聖女』として、一躍有名になる。
さらにホーリードゥームは、海の精霊たちをプライベートビーチに閉じ込め、決して外に出さなかった。
なぜならば、精霊たちは特殊なネットワークを構築し、情報をやりとりしていることを知っていたから。
今、いちどでも精霊たちを海に放そうものなら、バレてしまうと思ったのだ。
ユニバスは、生きているということが……!
海の精霊達はさめざめと泣き出す。
「ううっ……! 私たちはこんなにも、ホーリードゥーム様のために尽しているのです……!
それなのに、海にすら行かせてもらえないだなんて……!」
ホーリードゥームは口元にサディスティックな笑みを浮かべていた。
「そこまで言うなら、海に行かせてあげましょう」
「ほ……本当ですか!?」
「ええ。そのかわり、条件がひとつあります」
「なんでしょうか!? 海に行けるなら、なんでもします!」
「本物の海で、あなたたちの力を使い……。
『海割りの奇跡』を起こしてみせるのです……!」
「えええっ!? 『海割りの奇跡』ですって!?」
「そんなのムチャです! あの奇跡には、多くの力を使うのです! とても、私たちだけでは……!」
「そうです! 下手をすると私たちの誰かが死んでしまうかもしれません!」
「そうですか、ならば海に行く話はナシということで」
ホーリードゥームはあっさりそう言って踵を返す。
背後から「そ、そんな……!」と人魚たちの悲しげな声が。
やがてリーダーらしき人魚が、自らの半身を刺身にするような切羽詰まった様子で言った。
「わ、わかりました! やります! 『海割りの奇跡』を!
ですから、海に行かせてくださいっ!」
ホーリードゥームは、砂浜に刻みつつあった足をぴたりと止める。
振り向くと、感謝も喜びもない、さも当然といった顔をしていた。
「そうですか。それでは海に連れて行ってあげましょう。
そのかわり、もし失敗したら、あなたたち全員の命はないと思ってください。
1匹や2匹を犠牲にしてでも、必ず成功させること、いいですね?」
その口調はいたって平易。
いままでさんざん尽してくれた精霊たちだというのに、働いて当然の機械にでも命じるかのようであった。