40 国王、男泣き…! そして聖女はストレート
ワースワンプの国王は、『ユニバス指名手配』を解除した。
その名を『ユニバス国賓待遇』に変え、ユニバスの捜索を家臣たちに指示。
先日のダンス大会の予選において、ユニバスとティフォンが優勝したあと逃走した情報を集めさせ、コンコントワレの方角に向かっているというのを突き止める。
国王は王妃とダンスを踊ったばかりだというのに、自ら家臣たちを引きつれてそのあとを追った。
そしてワースワンプの果てにある岬、その手前にある山にさしかかる。
その先にあるのは国王にとっては見慣れた海のはずであったが、今だけは、我が目を疑うような景色が広がっていた。
ふたりの男女が仲睦まじそうに乗る馬車が、海の中を走る。
海の中といっても水中でも水上でもなく、陸の上。
なんと馬車は、真っ二つに割れた海の間を走っていたのだ……!
それはまるで、神が起こした奇跡のよう。
いままでさんざんユニバスに驚かされてきた国王だったが、これには腰砕けになっていた。
「う……海割りは、精霊王に認められた者にしか起こせぬはずの奇跡……!
精霊王に認められる人間というのは、百年に一度、いや、千年に一度しか現れぬという……!
そのひとりは勇者とされていたのに、まさか、ここにも存在していたとは……!
勇者に匹敵する力を持つユニバス殿は、いったい何者だというのだ……!?」
そう驚嘆する国王のなかで、あるひとつの『もしかして』が浮上する。
――もしや、勇者が起こしたという海割りの奇跡も……ユニバス殿が起こしたものではないか……?
勇者はワシが知る限りではあるが、とてもではないが奇跡を起こせる人間には見えなかった……!
ワシはユニバス殿と会ったことはないが、彼が残した偉業から察するに、とんでもない人間であるというのは明白……!
国王のなかで、あるひとつの結論が弾き出された。
――間違いない……! ユニバス殿は、勇者パーティの一員であった……!
きっと勇者パーティにいる頃に、ティフォン殿と知り合ったのだ……!
そうだ……! そうに違いない……!
そう考えると、ユニバス殿は風の精霊と、水の精霊に慕われているということになる……!
な、なんという……!
なんという『精霊たらし』な男なのだっ……!
国王はついに落涙した。
「ほ……欲しいっ! なんとしても、ユニバス殿を我が国に迎えたいっ……!
ワシの心はとうとう精霊のように、ユニバス殿の虜となってしまった……!」
涙声で手を伸ばし、山の頂上からユニバスを求める国王。
しかしユニバスは海の道を進み、どんどん小さくなっていく。
国王は叫んだ。
「み……みなの者、なにをグズグズしておるっ! 今すぐ山を降り、ユニバス殿を追うのだ!
コンコントワレに入られてしまっては、こちらから手出しが出来なくなってしまうのだぞ!
みなの者、死ぬ気で追うのだーっ!」
「おおーっ!!」
まるで戦争の最中のように、山の斜面を馬車で駆け下りるワースワンプ軍団。
転げ落ちるようにして山を降り、最短で岬にまでたどり着いたのだが……。
残酷にも、眼前で幕は下りてしまった。
……どっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!
割れていた海は砂のように崩れ去り、あたりを荒波で満たす。
国王は波にさらわれそうになるのもかまわず、海に向かって手を伸ばしていた。
「おっ……! おおぉぉーーーーっ!?
い、行かないでくれっ……! 行かないでくれぇぇぇぇーーーーーーっ!!
ゆ……ユニバス殿っ……! ユニバス殿ぉぉぉぉぉ~~~~~~~~っ!!」
とうとう男泣きをはじめる国王。
家臣たちは身体を張って、押し寄せる波から国王を守っている。
彼らは当初、国王がユニバスに熱を上げている理由がまったくわからなかった。
しかし今は口々に、ユニバスのことを賞賛している。
それほどまでに、この海割りの奇跡は効果バツグンであった。
「す……すごい! ユニバス殿はとんでもないお方です!」
「歴代のワースワンプの国王ですら招かれたことのなかった水の精霊の国、コンコントワレに入るだなんて……!」
「ユニバス殿が我が国にいれば、コンコントワレとの同盟も夢ではありません!」
「コンコントワレは隣国にありながらも、我が国とは国交を断絶する間柄でした!
それが改善されれば、国王の名は歴史に残り、初代国王と並び称されるほどの偉大なる存在となることでしょう!」
「ユニバス殿はいま、王都の国民の間でも大人気です!
召し抱えることができれば、大いに国民の支持も得られることでしょう!」
「国王! なんとしてもユニバス殿を我が国に迎えましょう!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し戻る。
フーリッシュ王国の城内を、いかにも位の高そうな着飾った聖女が、多くのお供を従えて歩いてた。
その前に、地味なローブの聖女が現れ、息せききって近づいてくる。
「た……大変です! ホーリードゥーム様っ!」
「なんですかボッコ、騒々しい。それにいま私は聖機卿に呼ばれていて忙しい身なのですよ」
「そ、それが……! 急いでお知らせしておかなくてはいけない大変な事態が発生しました!」
「仕方がないですね、言ってみなさい」
「は、はいっ……! 『泉の大聖堂』が沈黙しました!
勇者様の像が、へんな男の像に敗れてしまったそうです!
そのへんな男は、あちこちでへんなことをしていて……!
いかがいたしましょう!?」
「そうですか。では、そのへんな男がどこまでやれるのか、見ているとしましょう」
「承知しましたっ!」
「などと、言うと思っているのですか?」
ホーリードゥームと呼ばれた聖女は口調は落ち着き払っていたが、腕はローブの裾を跳ね上げるほどに振り上げられていた。
拳に嵌められた『H』『O』『L』『Y』とイニシャルをかたどった指輪がギラリと輝く。
そのまま渾身のストレートを、報告に来た聖女、ボッコの鼻っ柱に叩き込んでいた。
……ドグワッ……シャァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
「げっ……げえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
殴られ聖女ボッコは理不尽きわまりないといった悲鳴をあげる。
カーペットと同じ色の血しぶきをあたりに撒き散らしながら、廊下の果てに吹っ飛ばされていった。
36話の内容につきまして、多くの読者様からご指摘をいただきました。
そのため、36話の内容を一部変更させていただきました。