38 ワースワンプ国王の決断
それからも国王と王妃は、街の人たちといっしょになってペアダンスを踊り明かした。
その休憩時間の合間、国王は『泉の精霊院』でもらってきた、瓶詰めの泉の水を王妃に渡す。
泉の水を飲んだ王妃の肌はつやつやになり、目元の小ジワやほうれい線が消えた。
見ようによっては30代、いや20代にも見えかねないほどになってしまった王妃。
国王と王妃は、まるで魔法にかけられたかのように、びっくりして顔を見合わせあっていた。
「おい、お前、いつのまにそんなに若返って……!」
「えっ、あなたも、まるで若い頃に戻ったみたいになっているわ!」
そしてふたりは笑いあう。
「あっはっはっはっはっ! 泉の水が、僕たちを若返らせてくれたんだ!」
「そうね! それにふたりではしゃいだのは久しぶりね!
こんなに楽しいと、心まで若返ったみたいになるだなんて!
まるで、神様がくださった奇跡みたい!」
王妃は無邪気にそう言ったが、その言葉は国王に深い感慨をもたらす。
なにせ、その神のような奇跡をもたらした男の活躍を、これまで嫌というほど見せられてきたからだ。
そう、その男の名は、『ユニバス』……!
この時国王は、ある決意を固めていたのだが、そこに衛兵大臣が青い顔をしてやって来た。
「こ……国王、お戻りになっていたのですね! この体たらく、大変申し訳ございません!」
「なんだ、なにかあったのか?」
「はい、ティフォン様をさらった凶悪犯のユニバスの手配書が、民衆に剥がされているのです!
何度も貼り直しているのですが、いたちごっこで……!
しかしご安心ください、首謀者とおぼしき『ジャンジャンバリバリ』を捕らえましたので、事態は沈静化の方向に向かうはずです!」
さらに将軍がやって来て、折り目正しい敬礼をした。
「国王、お帰りなさいませ!
国王がフーリッシュ王国に行かれている最中に、凶悪犯ユニバスを捕まえるための特別捜査班の結成が完了しております!
あとは最後のご決断さえいただければ、すぐにユニバスを捕らえてごらんにいれましょう!
ここで勇者様に協力しておけば、後に帝国になるであろうフーリッシュから優遇されるのは間違いありません!
さぁ、いますぐに我らにご命令を!」
しかし国王は、大臣にも将軍にも首を振る。
「大臣よ、捕らえた首謀者を釈放せよ。その者に罪はない。
そして、もう手配書を貼る必要はない。
国内の手配書はすべて剥がし、あれと同じものを貼るのだ」
国王は、広場にあるダンス大会優勝者を描いた看板を指さす。
さらに将軍にも申し伝える。
「将軍よ、せっかく編成してもらったところを悪いのだが、ユニバス特別捜査班はすべて解体せよ。
国内の衛兵にもユニバスの特別警戒を解き、『勇者祭』の警備に力を入れるように伝えてほしい」
すると大臣と将軍は、「「ええっ!?」」とハモった。
「国王! ユニバスはまだこの国にいるのですぞ!?
それなのに、指名手配を止めてしまうということですか!?」
「そうだ。ユニバス……いや、ユニバス殿は凶悪犯ではない。
ティフォン殿がさらわれたというのは、すべて勇者のウソだったのだ。
ティフォン殿は勇者の暴虐から逃れ、ユニバス殿とハネムーンを楽しんでいる最中。
それを邪魔するのは、このワシが許さん」
「ゆ……ユニバスをそこまで擁護なさるとは……!?
い……いったい、フーリッシュ王国に行かれている間に、なにがあったのですか……!?」
しかし国王の乱心は、これだけでは終わらなかった。
「大臣、そして将軍よ! いますぐにユニバス殿を探し出すのだ!
そして凶悪犯としてではなく、国賓として丁寧に保護せよ!
なぜならばユニバス殿こそが、今の我が国に何よりも必要な存在だからだ!
なんとしても探し出して、ワシの側近として召し抱えたい!
必要とあらば、このワシが自ら出向いてもかまわんっ!!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
凶悪犯から国賓にグレードアップされたことも知らず、俺とティフォンはひたすらに馬車を走らせていた。
「あっ、ユニバスくん! 見てみて! すごいおっきい湖があるよ!」
「いや、あれは湖じゃなくて海だ」
「うみーっ!? うわあっ、海なんてわたし、初めてみたーっ!?」
「キミの住んでるウインウイーンの近くにも海はあるだろう。空を飛べるのに、海を見たことがなかったのか?」
「うん! だって空を飛ぶと危ないって怒られるもん!
移動もずっとちっちゃい家みたいなのに入れられてたし!
ねぇユニバスくん、もっと近くで海を見たい!」
「ああ、それならこのまま行くと岬に着く。そこでたっぷり海が見られるぞ」
「やったーっ! 目から膿が出るほど海をみよーっと!」
それからしばらく走り、俺たちは岬に到着した。
岬の先端は桟橋になっているが、周囲に船の姿はない。
目の前にはパノラマの大海原が広がっている。
ティフォンは手をひさしのようにして、感激しながらあたりを見回していた。
「すごい! 空と海がくっついてるよ! すごいすごい、すごーいっ!
あっ、遠くに島が見える! おーい、やっほーっ!」
「あれが『コンコントワレ』だよ」
「そうなんだ! そういえばコンコントワレって島国だって学校の授業で習った!
じゃあここからは船ってことだよね!? おーい、ふねーっ!」
しかし呼びかけたところで船が来るわけもない。
ティフォンはしばらく叫んだあと、眉をハの字にした。
「ユニバスくん、船、ぜんぜん来てくれない!? これじゃ渡れないよ!
むうっ、せっかくここまで来たのにぃ!」
「大丈夫だ、ちゃんと渡る方法はある」
「ホントに!? どうやるの!? あ、わかった! 泳いで渡るんだね!? ざぶざぶーって!」
「いや、歩いて渡る」
「えっ」