35 風の踊り子と骨董DJ、旋風を起こす
ティフォンは宝石のような最高の笑顔と、真珠のような汗を撒き散らし、ステージの上を舞い踊る。
それはまさに水を得た魚、風を得た翼。
初めての大空へと羽ばたいた、籠の中の鳥……!
その曲を奏でている俺は、泥のような汗にまみれていた。
水のない魚のように口をぱくぱくさせて、土のないモグラのようにもがく。
こんなに大勢の前で蓄音箱を操作するのは初めてだったから、ド緊張しっぱなし。
操作パネルの上では、木の精霊たちが行ったり来たりしてい大忙し。
「お前さん若いのに、いい操盤しとるのう!」
「うむ、しかもこの見事な味付けは、始めてではないじゃろう!?」
俺は右手でレバーを回し、左手で木の円盤をスクラッチさせながら答える。
「ああ、この蓄音箱と同じものが、子供のころのオモチャだったんだ!」
今もそうだが、子供の頃の俺は精霊の友達しかいなかった。
その時に出会ったこの蓄音箱に衝撃を受け、魔導装置に興味を持ったんだ。
それと同じ感動を今の子供たちも味わってほしくて作ったのが『スピリットナイザー』。
世間的にはゴーツアンが作ったことになっていて、ヤツが『現代音楽の父』なんて呼ばれているけど、今はそんなことはどうでもいい。
俺は嬉しかった。
蓄音箱が時代を超えて、いまの若者たちの心を揺さぶっていることが。
見ると、ダンス大会の会場は、外の通りまで観衆で埋め尽くされていた。
海原のようにどこまで広がっているその人々が、完全にひとつになっている。
ティフォンが跳ねるといっしょにジャンプし、ティフォンが回るといっしょにクルリン。
ティフォンは両手を広げ、空を飛んでいた。
もうステージという狭い枠からとっくに飛び出し、会場中を飛び回りながら踊っている。
観客たちの熱狂がうねりとなって、俺のところにまで届いていた。
「あの子のダンス、さいっこー! この曲も、さいっこー!」
「蓄音箱って、見た目が古そうだからバカにしてけど、すげーイイ音してるじゃん!」
「あのDJのアレンジがいいんだよ! さすが伝説のDJ!」
「DJユニバスだっけ!? 私、いっぺんにファンになっちゃった!」
「このステージが終わったら、あの子とセットで契約だ! このコンビは売れるぞぉ!」
「あっ、2曲目に入った! 普通は1グループ1曲の決まりなのに!?」
「まあまあいいじゃん! もう優勝は決まったようなもんなんだし!」
ティフォンは踊れるのがよっぽど楽しいのか、1曲ではまるで足りない様子だった。
俺はもう手を回しているだけなのにもうヘトヘト。
でも彼女の太陽のような笑顔を曇らせるわけにはいかないと、身体にムチ打ってプレイを続けた。
やがて水遊びをする妖精のように、ティフォンは全身の汗を迸らせてステージに着地。
……ジャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
俺は最後の追い込みをかけるサイクリストのようにしゃかりきになって、蓄音箱のレバーを回し、最後のインパクトを作った。
そのあと前のめりに伏し、ぜいぜいと全身で息をする。
ステージでは司会者が戻ってきて、興奮気味に叫び回っていた。
『優勝はもう審査するまでもないじゃん! 「風の踊り子チーム」に決定じゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!』
「うおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺はもう完全に燃え尽きていて、いまにも手放してしまいそうな意識のなか、優勝者インタビューを聞く。
ティフォンは俺の数倍の運動をこなしたあとだというのに、まだ弾ける笑顔のままだった。
『みんなありがとーっ! わたし、みんなといっしょに踊れて本当に楽しかった!』
「うおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
『それじゃみんなで、こんな楽しい時間を過ごさせてくれた人たちにお礼を言おう!
DJユニバスくんと、蓄音箱さん、そして蓄音箱にいる木の精霊さんたちに!』
「ありがとぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺の視界の片隅にいる木の精霊たち。
彼らは観客の目から見えることはない。
でも万雷の感謝は確かに伝わり、精霊たちは泣いてた。
「ううっ、まさかまた、こうやって若者たちといっしょに過ごせる時が来るだなんて……!」
「長生きはするもんじゃのう……!」
「お礼を言うのはワシらのほうじゃ! 生きる喜びを思い出させてくれて、本当にありがとぉーっ!!」
小さな老人たちは操作パネルの上をぴょんぴょん飛び跳ね、観衆に向かって手を振り返している。
これだけで、俺はやった甲斐があったと思った。
これで終わっておけば、めでたしめでたしだったのだが……。
我らが風の精霊姫は、優勝賞品授与のときになってとんでもないことを言いだした。
『優勝賞品はいりません! でもそのかわりに、みんなにお願いがあるんです! それを聞いてもらえませんか!?』
「おおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ティフォンはキリッとした顔で、広場の一角にあった立て看板を指さす。
そこには俺とティフォンの手配書、それもかなり巨大なイラストが貼られていた。
『まずはみなさん、あの手配書を見てくださいっ!
あそこに描かれているのは、わたしと、ここにいるユニバスくんなんですっ!』
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
次回、王都に大旋風が吹き荒れる!
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