34 最新鋭のマシンに対抗するは、骨董品!?
俺はティフォンをダンス大会に参加させるために、楽器を用意すると約束する。
といっても、アテはまるでなかった。
他の参加者から借りるわけにはいかないし、新しく買う金もない。
時間さえあればイチから作れるのだが、どんなに急いでも夜までかかってしまうだろう。
俺は、ティフォンの出番を後回しにしてもらって、時間を稼ぐことにした。
野外ステージのわきにある倉庫のような場所を借りて、ひたすら考える。
そばにはお姫様がいて、いつになくオドオドとした上目で俺を見つめていた。
たぶん、俺が楽器調達をあきらめるんじゃないかと怖れているのだろう。
捨て猫を拾ってきて、飼ってもいいか母親に尋ね、審判を待つ子供のような表情。
俺は、その不安げな頬を撫でる。
「そんな顔をしなくていい。なんとしてもキミをステージで踊らせてやる。
俺は自分のことならあきらめが早いけど、キミたち精霊のためなら最後まであきらめたくないんだ」
するとティフォンは意外そうな顔をしたあと、ふふっと笑った。
「ユニバスくん、勇者と逆のこと言ってる」
「そうなのか?」
「勇者は、なにがなんでも自分が世界でいちばん偉くなってやるって言ってたよ。
そのためにはなんでもするし、絶対にあきらめないって。
そしてわたしに向かって、こうも言ったんだ。
お前のやりたいことはすべてあきらめて、俺様の野望のためにすべてを捧げろ、って」
「で、キミはなんて答えたんだ?」
「わたしがすべてを捧げたいのはユニバスくんだけだから嫌です、って。
そしたら勇者、笑ってたよ。
世界最高の男である俺様を嫉妬させようとして、わざと世界最低の男の名を出したのだろう、かわいいやつめ、って。
おかしいよね、あの人」
ティフォンはあきれた様子で言いながら、倉庫の脇にあった、布をかけてある荷物に腰掛けた。
お尻から「こらお嬢ちゃん、座るでない!」と声がして、ティフォンは「ひゃっ!?」と飛び上がる。
布をめくってみると、そこには古びた『蓄音箱』があった。
『蓄音箱』というのは音楽を流すことのできる木造の装置のことで、魔導装置よりもずっと歴史が古い。
俺は近づいてしゃがみこみ、蓄音箱をあらためる。
「すごくしっかりした作りのようだな。外装は汚れてはいるが、中身はまだまだ使えそうだ。
きっと、相当腕のいい職人が作ったんだろうな。ひょっとして、ドウドーラ製か?」
すると、箱の中から「えっ?」と返事がした。
「お前さん、ドウドーラを知ってるのか?」
「もちろんだ。俺の尊敬する木工職人だよ。ドウドーラ製ということは、音のほうも確かなんだろうなぁ」
箱のメンテナンス用の扉がパカッと開き、手のひらサイズの精霊たちがひょっこり顔を出す。
みな枯木のような老人だった。
「もちろんじゃ、昔は多くの人間たちを踊り狂わせてきたんじゃからのう!」
「じゃが、今時の若いモンはわかっとらん! 耳障りな音でがなりたてる金属の箱ばかりをもてはやしおって!」
木の精霊たちは見た目はくたびれていたが、瞳はらんらんと輝いている。
俺は、これ以上にない頑丈な木の船を見つけた船頭のような気持ちになっていた。
「なあ、もう一度、みんなの前で音楽を奏でてくれないか? 弾き手は俺がやるから」
「なに、ワシらを使おうというのか? お前さん、本当に物好きじゃのう!」
「じゃがワシらが奏でたところで、今時の若いモンは誰も見向きもせんよ!」
「そんなことはないさ、この子のためにも、もう一度だけステージに立ってほしいんだ」
ティフォンはカビ臭い老人たちを前にしても、嫌な顔ひとつしていない。
むしろ宝物を見つけたようなキラキラした瞳で、老人たちに顔を寄せる。
「うわぁ、素敵っ! わたし、ここにいる木の精霊さんたちと、いっしょに踊りたい!
おじいさんたち、お願い! わたしといっしょに踊って! いいでしょ!? ねっ!?」
いくら枯れた老人とはいえ、美少女のおねだりは効果てきめん。
木の精霊たちは遅咲きの恋に目覚めたかのように、「可憐じゃ……」と頬を染めていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
蓄音箱の内部はところどころガタがきていたので調整し、ボロ布とワックスを使って外側をピカピカに磨きあげる。
すると木目の光沢も美しい、新品同様の見た目に戻った。
その頃にはダンス大会も大詰めに迫っていて、残すはいよいよ最後の1組、『風の踊り子チーム』だけになっていた。
俺とティフォンはふたりがかりで蓄音箱を抱え、えっちらおっちらとステージに運ぶ。
すると、あちこちから失笑が起こった。
「うわぁ、なにあれ、古くさっ!」
「あっはっはっはっ! あれは蓄音箱っていうんだ! 俺のオヤジも若い頃に持ってたって!」
「ってことは古くさいうえに、オヤジくさいシロモノってわけか!」
「あんな化石みたいなのを使って、あの子は踊るつもりなのか!?」
「ええーっ、あの子は超イケてるのに、楽器のせいで台無しじゃん!」
「そうだよ、フツーに『スピリットナイザー』を使えばいいのに!」
ぶーぶーとブーイングが飛んでくる。
ステージの司会者も困惑しきりだったが、ティフォンは魔導マイクを奪うと、
『まあまあ、そう言わないで! ここにいるみんなは蓄音箱の音楽を聴いたことがないんでしょ!?
実はわたしもそうなんだけど、サイッコーのステージになるよ!
なんたって伝説のDJ、「DJユニバス」がプレイするんだから!』
おいおいこの精霊姫様、また変なことを言いだしたぞ。
客席がざわめいているじゃないか。
「DJユニバス? 誰だそれ?」
「そんなDJ聞いたこともないわ!」
「もしかして、あそこにいるラッパーのカッコした男か?」
「うわぁ、なんか見るからにイケてなさそー!」
ブーイングがいちだんと激しくなる。
俺は針のむしろに簀巻きにされているような気分で、蓄音箱をセッティング。
逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、ティフォンのためだと自分に言い聞かせながら。
そしてついに、風の精霊姫のステージの幕上げがやって来る。
開始の合図は、ステージ脇に広げられた蓄音ブース。
そこに立った俺は、手回し式のハンドルをゆっくりと回す。
……ふわぁぁぁぁぁ……!
やわらかな音色とともに、風が立ち上る。
ステージの真ん中に立っているティフォンの長い髪とヴェールが、妖精の羽のようにふわりと漂った。
氷上をすべるような彼女のステップと同時に、俺は蓄音ブースにある、木の円盤を手のひらでこする。
スクラッチのような音が鳴り渡り、踊り子は疾風のように舞い踊る。
観客たちは唖然としていた表情で静まり返っていたが、次の瞬間、沸騰した。
「すっ……すげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
次回、精霊ビートが巻き起こる!?
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