32 ワースワンプの王都へ到着、風の踊り子登場
ワースワンプ国王は、『泉の精霊院』をたいそう気に入ったようで、数日のあいだ滞在すると言いだした。
俺とティフォンは国王の関係者に見つかるわけにはいかなかったので、精霊院をこっそり出ることを決める。
泉の精霊たちはとても寂しがっていたが、俺の石膏像があってくれたおかげで、なんとか納得させることができた。
あとは、聖母にも事情を説明しておこう。
しかし俺は口下手だったので、かわりにティフォンの口から伝えてもらうことにする。
俺はティフォンの長い耳に向かって、こしょこしょと囁きかけた。
「ティフォン、これから言うことを聖母に伝えてくれ。
『俺たちはわけあって追われている身なんだ。だからここを出ることにするよ』と」
ティフォンは耳が弱いのか、俺のささやきの最中ずっと身体をくねらせていた。
最後は「あははははは!」と大笑い。
ちゃんと伝わったかどうか怪しかったが、ティフォンはヒマワリのような笑顔で、
「聖母さん! わたしたち、もう行くね! 実をいうとハネムーンの途中だったんだ!」
ブフォッと吹き出す俺をよそに、聖母はふふっと笑う。
「はい、わかりました。それになんとなく、そんな気はしていました。
おふたりの間には、もはや人と人では及びもつかないような、強い絆があるのを感じていましたから」
「へへーん、ぶいっ!」とピースサインを向けるティフォン。
「私も泉の精霊たちと、おふたりみたいに心から信頼しあえる関係になりたいです。
今はまだ近づくだけで逃げられてしまいますが、焦らずじっくりと、絆を深めてまいりたいと思います」
「うん! 聖母さんだったら、きっとできるよ! わたしが絶対保証する!
それにユニバス先生もそう思ってるよね? ねっ!?」
ニコッと俺を見るティフォン。俺は「ああ」と笑い返す。
俺たちがやたらとニヤニヤしていたので聖母は不思議がっていた。
……彼女はまだ、気付いていないんだ。
彼女の長い髪の中には、雛鳥のような泉の精霊たちがいて、ひょっこりと顔を覗かせたり、引っ込んだりして遊んでいるのを。
俺たちは聖母にだけ見送られ、ひっそりと『泉の精霊院』を出発する。
丘を降りる途中、俺は一度だけ振り返った。
そこにはもう、ひとりぼっちの寂しさは微塵もない。
多くの聖女、そして多くの精霊たちに囲まれ、笑顔あふれる空間となっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺たちは街道に戻ると、水の精霊の国、コンコントワレへ向けて再出発。
そしてついに、ワースワンプ王国の王都へと到着した。
王都の少し先にコンコントワレがある。
そのため、この国でもっとも人が多い場所ではあったが、避けて通ることはできない。
人が多いのは我慢するとして、もうひとつ大きな問題があった。
それは、俺たちがフーリッシュ王国からこの国に逃げ込んで数日が経っている。
いくら国をまたいでいるとはいえ、もう俺たちの手配書なりなんなりが出回っているに違いない。
他国からの犯罪者情報というのは、まず真っ先に王都に伝えられ、そこから国内のネットワークを通じて各地に知らされる仕組みになっている。
そのため、王都での行動は細心の注意を払う必要があった。
王都から少し離れたところで馬車を停めて、俺たちは作戦会議をする。
「んじゃあ、変装してから街に入るってのはどう?」
御者席にいるティフォンは、気付くと目出し帽を被ってサングラスにマスクをしていた。
長い耳だけを、横に飛び出させながら。
「いや、いちばん隠したほうがいい所が丸出しになってるぞ。
それにそんな銀行強盗みたいな格好をしてたら、余計に怪しまれる」
「それもそっか、じゃあ、こういうのはどう?」
馬車にシュバッと入ってシュバッと戻ってくるティフォン。
元気いっぱいのワンピース姿から、肌も露わな踊り子の姿に早変わりしていた。
「どう? これなら旅の踊り子だと思われるでしょ?」
「いいけど、なんで踊り子のチョイスなんだ? 旅人なら他にもいろいろあるだろう」
「だって、ずっと街のほうで音楽が流れてるでしょ? それを聞いたら踊りたくなっちゃって!」
王都から遠雷のように届く、重低音のサウンド。
ティフォンはそのリズムに合わせ、上半身を揺らして胸をふるふる、下半身を揺らして腰をくねくねさせている。
「そうか、今は『勇者祭』だったな。だったら踊り子も多く集まってそうだし、それにするか」
「やったーっ! どろどろおどろーっ!」
「いや、踊るのはナシだ」
「えーっ、なんで!?」
「踊ったりしたら目立つだろう、だからこっそり行くぞ」
「むぅ~っ! んじゃ、ユニバスくんも着替えて!」
「えっ、俺も?」
「踊り子の女の子に、作業服の男の人なんて変でしょ!
それに手配書が回ってるんだったら、ユニバスくんが作業服ってのもバレてるはずだし!」
ティフォンはむくれながらも、ぐうの音も出ない正論を放つ。
俺は馬車に連れ込まれ、ウォークインクローゼットの中でいろいろ試着させられた。
結局、ティフォンのお眼鏡にかなったのは、いかにもいまどきの若者が好みそうな帽子にシャツ、ショートパンツ。
手にはなぜだか小さなトランペットみたいなのを持たされた。
「なんだこれは」
「知らないの? 今はやってる『ラッパー』スタイルだよ。その手に持ってるラッパを吹きながら踊るの」
「けったいだなぁ」
「でもこれなら怪しまれないって! さっ、踊りにいこーっ!」
「だからダメだって! いいか、絶対に踊ったりするんじゃないぞ!」
俺はそう噛んで含めたあと、王都へと馬車を走らせる。
しかし城下町の正門をくぐり、ノリノリの音楽に包まれた途端、ティフォンに刺してあった釘は一瞬にして外れてしまった。
「きゃっほーっ! レッツ、ダンシーング!」
彼女はあろうことか、御者席から馬車の屋根に飛び移り、キレッキレのダンスを踊り始めてしまった。
あれだけの美少女が露出の高い服装で踊っていたら、見るなというのが無理な話。
「おい、見ろよ、あの子!」
「おおっ!? すげーかわいいじゃん! スタイルも抜群だし!」
「見た目だけじゃねぇぞ! ダンスもプロ顔負けじゃね!?」
「お嬢ちゃん、最高だぜーっ!」
ティフォンは一瞬にして大通りの視線すべてをかっさらってしまった。
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