03 勇者の馬車を乗っ取って逃走、『精霊たらし』の俺に追いつける者はいない
俺はティフォンに引っ張られ、公園の外に出ていた。
外の大通りには、白い魔導馬が牽引する馬車が停まっている。
どうやら『精婚式』のあとにハネムーンに出発するための馬車なのだろう。
やたらと豪華に飾られていて、『勇者ブレイバンと下僕たちの愛の馬車』なんて看板が掲げられている。
ティフォンは迷わずその馬車の御者席に俺をひきずりこむと、手綱を打ち鳴らした。
魔導馬はいななきもせずに走り出す。
どうやら、声帯装置が切られているようだ。
鳴くこともできなくさせられるなんて、かわいそうに……と思いながら馬体を見て、俺は目を剥いた。
「と……トランスじゃないか!」
馬車は大通り沿いに街中を疾走。
手綱を操りながら、ティフォンが叫ぶ。
「なあに!? この魔導馬くん、ユニバスくんの知り合い!?」
「知り合いもなにも、俺が最初に作った魔導馬だよ!
魔王討伐の旅に、最後までついてきてくれたんだ!」
「そうなの!? でもそこに、違う人っぽい名前が書いてあるけど!?」
見ると、トランスのお尻のところには、かつて俺の上司、いまは大臣である『ゴーツアン作』の焼印があった。
あの野郎っ……!
勇者討伐に同行した魔導馬まで、自分の手柄にしてやがったのか……!
今更ながらに怒りがこみ上げてくる。
俺はトランスのお尻を撫でながら語りかけた。
「待ってろ、トランス! 安全なところに行ったら修理してやるからな! その焼印も消してやるっ!」
しかし背後から、おびただしい数の戦闘馬車たちが追いすがる。
相手はひとり乗り用の馬車で軽量なので、ぐんぐん距離を詰めてきていた。
「ああん、これじゃ追いつかれちゃうよ! トランスくん! もっと早く走ってよぉ!」
半泣きで手綱を打ち鳴らすティフォン。
俺は不審に思う。
トランスは俺が作った魔導馬のなかで、現在でも最高スペックを誇る駿馬だ。
たとえ重い馬車を牽引しているとはいえ、あんな量産型の魔導馬に追いつかれるわけがない。
だってトランスはかつて、勇者パーティが乗った馬車を引いたまま、伝説の聖獣サンダーバードをブッちぎったことがあるくらいだ。
俺はティフォンの、風になびく長い耳を見てハッとなる。
「あっ、そうか! ティフォン、俺と代われ!」
「えっ、どうして!?」
「キミは風の精霊だろう! トランスはいま地の精霊たちの力によって動いてるんだ!」
精霊というのはこの世界に数多存在するが、その基本となるのは4つの区分、合計で8種類の属性から成り立っている。
区分1 地属性・金属性
区分2 炎属性・闇属性
区分3 風属性・木属性
区分4 水属性・光属性
これらは『属性相克』といって、ジャンケンのように、他の区分の属性と食い合う関係にあるんだ。
今のトランスを動かしているのは、区分1の地属性で、区分3の風属性を苦手とする。
風の精霊であるティフォンに臆してしまっていて、本来の力が発揮できずにいるんだ。
ティフォンもそのことを理解したのか、俺たちの馬車に飛び移ろうとした兵士を風で吹き飛ばしたあと、俺に手綱を委ねてきた。
「お願い、ユニバスくん!」
「わかった! でも俺には、手綱なんか必要ないっ!」
「ええっ!? 手綱ナシでどうやって馬を……!? きゃあああっ!?」
俺は答えるかわりに御者席からダイブし、トランスの背中に飛び移る。
トランスの首にガシッと抱きつき、頭を撫でた。
「よしトランス、そして地の精霊たちよ、俺の言うとおりに動いてくれっ!」
そしてトランスの首に耳を当てる。
中から、地の精霊たちの声が聴こえてきた。
『こ、この声は……!』
『ユニバスだ! ユニバスの旦那だっ!』
『ユニバスの旦那が、俺たちの所に戻ってきてくれたんだ!』
『あのクソみたいな勇者に跨がられるのはもうウンザリだったんだ!』
『よぉーし野郎ども、ユニバスの旦那にいい所を見せようぜっ!』
『おおーっ!』
俺だけに聴こえる鬨の声が響き渡ったとたん、
……どばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
トランスはまるで飛ぶような速さに加速する。
御者席にいたティフォンはのけぞっていた。
「はっ!? はやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?」
ちょうど十字路の角から、先回りした戦闘馬車たちが道を塞ごうとしていた。
その、針の穴のような隙間に突っ込む。
……どがっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
魔導馬車たちは次々と横転し、兵士たちは「うぎゃー!?」と悲鳴とともに吹っ飛んでいく。
ティフォンはもうスピードにも慣れてきたのか、この状況を楽しんでいるようだった。
「つ、つよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!?!?
いけいけトランスくん! やっちゃえユニバスくんっ!!」
両手も両足もバタバタさせて大はしゃぎのティフォン。
そのはずみで、御者席にあった謎のボタンを叩いてしまう。
すると、牽引していた馬車の上部から、ばしゅっと紙吹雪が噴出し、花びらのようにあたりに舞い散る。
さらに後部からは、チェーンに繋がれた大量の空き缶が飛び出してきて、地面に引きずられてガランガランと大きな音をたてた。
さらに馬車からは、結婚式のときによく流れる曲が大音響で鳴り渡りはじめる。
俺たちは爆走していてただでさえ目立つというのに、とうとう通りじゅう、いや街じゅうの注目を集めてしまった。
誰もが俺たちを指さして叫んでいる。
「おっ!? 勇者様と精霊姫様とのパレードが来たぞ!」
「でも、予定よりだいぶ早くないか!? それにすごいスピードだぞ!?」
「あれ? 乗ってる花嫁はたしかにティフォン様だけど、花婿のほうは勇者様じゃないぞ!?」
「み、見ろよ、あれっ! 勇者様の馬車じゃないみたいだぞ!?」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
高速で通り過ぎていく絶叫で、俺はようやく気付いた。
馬車の側面にデカデカと書かれていた看板の文字が、大きく変わっていることに。
『ユニバスと下僕たちの愛の馬車』
気付くと、トランスの中にいたはずの地の精霊たちが、いつの間にか看板の文字にへばりついていて……。
俺に向かって、グッとサムズアップしていた。
新連載です!
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