28 最後の手段は勇者、それは大いなる過ち
10年かかると言っていた浄化が10分で終わってしまったので、聖女は愕然としていた。
膝から崩れ落ち、四つ足になってガックリとうなだれる。
「わ……私はこの精霊院で育ち、泉の精霊のことには誰よりも詳しいつもりでいました。
しかし私は精霊たちのことを、なにひとつわかっていなかったのですね……。
私は未熟なだけでなく、愚かで、道理に暗い人間だったのです……。
そりゃ、泉の精霊たちも愛想を尽かしていなくなりますよね……」
俺はなんだか気の毒になってきたので、慰めの言葉を探す。
しかしその言葉が出てくるよりも早く、ティフォンが聖母の前でしゃがみこんだ。
「たしかに聖母さんは、わたしたち精霊のことをわかってないかもしれない。
でも、わかりあおうとしている気持ちは伝わってくるよ」
「そ、そうですか……?」
「うん。だって聖母さんは精霊たちのことを『ひとり』って言ってたでしょ?
ほとんどの人間は、精霊のことを『1匹』って数えるんだよ。
わたしたち精霊にとって、人間と同じように数えてもらえるのって、すっごく嬉しいの。
その気持ち、きっといつか泉の精霊さんたちに伝わると思うな」
ティフォンの励ましで、聖母も少しは持ち直したようだ。
「そ、そうだったんですね……! では私も、いつか先生みたいになれますか……?」
「先生? もしかしてユニバスくんのこと?
う~ん、そこまでは無理かなぁ。多分じゃなくて、絶対に不可能だと思う」
おいおい、せっかく立ち直りかけてるんだから、そこまで断言しなくても。
それに、絶対に不可能なんてことが、ありえるわけが……。
「だってユニバスくんって、風の精霊姫であるわたしよりも、ずっとずっと風の精霊に人気があるんだよ?」
「ええっ!? そうなのですか!? やっぱり、先生はとんでもないお方だったのですね!」
「うん! わたしたちの先生は、めちゃくちゃとんでもない方だよ!」
気付くと励ましていたはずのティフォンが感化されていて、ふたりして俺のことを「先生っ!」と潤んだ瞳で見上げていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
泉が奇麗になったあとは、泉に設置されている遊具の調整。
ハムスターサイズのそれは、木の精霊ががんばってくれていたのか、俺が作ったときと変わらずに使えたのだが、ところどころガタが来ていた。
俺は作業服の中に入れてある十徳ナイフを使い、遊具をバラして整備した。
ティフォンは新しいオモチャを見つけたウサギみたいに、長い耳をぴこぴこさせながら覗き込んでいる。
「へぇぇ、ユニバスくんって木工もできるんだ」
「ああ、それにこれは俺が以前ここに滞在したときに、精霊たちに作ってやったものだ」
隣で聞いていた聖母は、「えっ」となっていた。
「その遊具は、勇者様がお作りになったものではないのですか?
勇者様が、そうおっしゃっていましたけど……」
「ああ、聖母さん、それきっと勇者のウソだよ。
ユニバスくんの手柄を、横取りしようとしてたんだよ」
「ええっ、それは本当なのですか? 先生?」
俺は作業の手を止めずに「ま、まぁ……」と頷く。
聖母はすべてを察したかのように、「まあっ!?」と息を呑んでいた。
「ということは、泉の精霊たちを酷い目に遭わせていたのは勇者様たちだったのですね!?
勇者パーティの皆様が、先生がおやりになったとおっしゃっていたので、私はつい……!
でもあのとき先生は、たしかに自分ではないとおっしゃっておりましたね!
あまりに挙動不審だったので信じられなかったのですが、まさか本当だったとは……!
も……申し訳ありませんでした!」
聖母はふたたび俺に土下座する。
「あ……頭を、あげて……」
「そうはまいりません! 私はとんでもない過ちを犯してしまいました!
いいえ、私だけでなく、隣の大聖女も……!
ああっ、どうしましょう……!?」
それはどういうことなのか話を聞いてみたら、聖母は聖堂の奥にある小部屋に俺たちを案内してくれた。
そこには、石膏を彫り出して作った、なんとも微妙な出来の等身大の勇者像があった。
俺はだいぶブサイクだと思ったが、ティフォンは「うわぁ、そっくりー!」と絶賛。
「でもなんで、勇者の像なんか彫ってるの?」
すると聖母は思いつめた様子で語り始めた。
現在、ワースワンプの国王は隣国のフーリッシュ王国に出掛けているそうだ。
国王はその帰りのついでに、この『泉の精霊院』に立ち寄る予定になっているという。
『泉の精霊院』に泉の精霊がいなければ、この精霊院はお取り潰しになってしまうかもしれない。
そう思った聖母は最後の手段として、勇者の力に頼ることを思いつく。
勇者の像を泉に置けば、泉の精霊たちは戻ってきてくれるかもしれない、と……!
そして隣の大聖堂にいる大聖母も同じことを考えていて、あちらは巨大な勇者像を建造中。
ワースワンプ国王が訪れたときに、お互いの像をお披露目し、どっちの像により泉の精霊が集まるか勝負することになっているそうだ。
聖母は真摯なる表情で言った。
「泉の精霊がいない状況を、隣の大聖堂もこの精霊院も、これ以上続けるわけにはいかなかったのです。
それで勇者様のご威光にすがることにしたのですが……。
でも今ならわかります。この像もあちらの像も、決して泉の精霊を集める力などないことが……!」
彼女は頭を抱えて嘆く。
「でも、どうしたらいいのでしょう……!?
像のお披露目はすでに国王には伝達済で、いまさら取り消すわけにはまいりません……!
でも勇者の像などを公開してしまっては、泉の精霊たちにまた嫌われてしまいます……!」
「なんだ、そんなことなら簡単だよ」とティフォン。
「今からユニバスくんの像に作り替えればいいんだよ」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
おなじみの絶叫であったが、この言葉を発したのは言うまでもなく俺であった。
次回、ティフォンの芸術が爆発!
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