27 『精霊たらし』のスキルで10年を10分で
窓越しの聖母は、夜の森に絶叫を轟かせたあと、またしてもブッ倒れる。
前回はドミノのように全身を硬直させたまま後ろに倒れていたのだが、今回は前のめりになって。
俺はマズいと思いつつ、岩を飛び降りて精霊院へと戻る。
しかし俺がまたいなくなってしまうと思ったのか、泉の精霊たちは列を崩し、一斉に俺に張り付いてきた。
俺はまたしても、ミツバチに懐かれた養蜂家のような状態になってしまう。
しかし今は聖母のほうが心配だったので、その姿のまま裏口から飛び込む。
すると明かりさす廊下には、「ありゃ?」という顔をしているティフォンと、彼女に向かって土下座をする聖母がいた。
精霊を祀っている聖堂や精霊院、そして村などは精霊を特に敬っている。
世間的には『人間のほうが精霊よりも格上』という風潮があるが、厳密には細かいヒエラルキーがあって、それは以下のような順列となっていた。
01 人間の国王
02 最高位の賢者・最高位の聖女・最高位の剣聖
03 勇者パーティ
04 人間の王族
05 精霊王
06 精霊の王族
07 人間の有力者
08 力のある精霊
09 人間の一般市民
10 人間の罪人
11 人間の奴隷
12 その他すべての精霊
力関係や当人の性格などによって、ランクについては多少の前後はあるが、おおむねこの通りである。
しかし絶対不変の順位とされているのが、『12』の精霊たち。
世界に存在する精霊の大部分がこのカテゴリに属しているため、『人間のほうが精霊よりも格上』というイメージを形成する要因ともなっていた。
そして『精霊王』は、人間の国王よりも遥かに強大なる力を持っているが、精霊王はみな専守防衛を貫いており、領土を拡大することがないのでこの地位となっている。
言い換えれば、『ナメられている』ということ。
話が少し長くなってしまったが、ようは『泉の精霊院』の聖母はティフォンのことをとても尊敬しているということだ。
聖母は額をガンガン廊下に打ち付けながら叫んでいる。
「まっ……まさかあなた様がティフォン様とは存じ上げず、大変失礼いたしましたぁーーーーーーーーーっ!!」
全身全霊の五体投地であったが、ティフォンは「気にしないで」と軽く受け流す。
それよりも精霊のお姫様は、乱入してきた俺のほうに興味があるようで、
「わあっ! 泉の精霊さんたちがいっぱい!
さっきは挨拶できなかったから、会えてうれしいな! わたしティフォン!
あなたたちもやっぱりユニバスくんのことが大好きなんだね! わたしもだよっ!」
と、俺ごと泉の精霊たちをまとめてハグする。
それを見ていた聖母は、またしても目を擦りまくっていた。
「う……うそ、うそでしょ!?
なんでユニバスさんが、風の精霊姫様と泉の精霊たちに、こんなに好かれているのっ!?
いいっ、泉の精霊は絶対に寄ってこなくて、虫アミを使わないと捕まえられないのにっ!?
それなのにっ!? あんなに懐いてるだなんて……!
なんでなんで、どうして! どうしてぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~っ!?!?」
ウサギのような真っ赤にした目でまたしてもパニックになる聖母。
ティフォンや泉の精霊たちは顔を見合わせ「当然だよねぇ」と笑いあっていた。
「ユニバスくんはぶっきらぼうだけど、エーテル体を見るとやさしさが滲みでてるんだよ。
それが花の香りみたいに漂っていて、気付くと蝶みたいにフラフラ~って吸い寄せられちゃうんだ」
次の瞬間、聖母は土下座の体勢のままシュバッと、俺の足元に滑ってくる。
「お……お願いです、ユニバスさん! どうか、どうか……!
わたしに精霊たちに好かれるコツを、教えてくださいっ!
この精霊院に、ふたたび泉の精霊たちを呼び戻したいんですっ!!」
それは、やぶさかではなかった。
しかし、どうしても聞いておきたいことがある。
俺はつっかえる言葉をなんとか絞り出す。
「な、なぜ……?」
もしここで彼女が、金や名誉を欲したのなら、俺は考えなおすつもりでいた。
しかし彼女はバッと顔をあげ、迷いなき瞳でこう答えたのだ。
「隣の大聖堂は、この丘にある森をどんどん伐採し、開墾しています!
いずれはこの精霊院も潰して、一大リゾート地にするつもりのようなのです!
そんなことをしたら、泉の精霊たちはますます行くところが無くなってしまいます!
それをなんとかしたいのです!
でも私ひとりの力では、もはやどうしようもなくて……! お願いしますっ!」
「わ……わかっ、た……」
俺の言葉はなんとも頼りない。
それを少しでも補いたくて、大きく頷き返した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
というわけで次の日から、『泉の精霊院』に泉の精霊たちを呼び戻すための作業を始める。
まずは、泉の復元から。
ティフォンと聖母も手伝ってくれたのだが、俺は指示する際はティフォンに話しかけるようにして、対人の緊張を和らげた。
「泉の精霊というのは、水以外の反射の光を出すものが嫌いなんだ。
だから、この飾り付けを全部取り払おう」
「そ……そうだったんですね……。
私はキラキラしてたほうが、泉の精霊たちは喜んでくれるかと思ってたのに……。
この飾りを作るのに、何ヶ月もかかったのに……。
まさか、逆効果のことをしてただなんて……」
聖母はショックを受けていたものの、言うとおりに飾り付けを剥がしていた。
半日がかりで飾り付けを剥がしたことで、精霊たちは泉に近づけるようになる。
「ユニバスくん、次は泉の水を奇麗にするの?」
すると俺のかわりに聖母が答える。
「いえ、それは泉の精霊たちがやってくれます。
精霊のいる泉の水は、自然と奇麗になっていくのです。
といってもこれだけ汚れているとなると、元通りになるのに10年はかかると思います。
でも大きな進歩だと思いますので、これから1日1日を、辛抱強く……」
俺は彼女を横目に見ながら、人さし指を天に掲げる。
「それじゃ、俺といっしょに泉を奇麗にして遊びたい者たち、この指、とーまれっ!」
すると泉のまわりを飛び回っていた精霊たちが、一斉に俺の指にまとわりつく。
俺は、ハチの巣のようにもさっと膨れ上がった手を振りかざし、泉に向けた。
「よぉーし、それじゃ、みんなで遊ぼうっ! それーっ!」
「わーっ!!」と歓声をあげ、トビウオの群れのように濁った泉に飛び込んでいく精霊たち。
水しぶきがあがるたび、廃油のようだった汚水がクリアになっていく。
その様子を、目をぱちくりさせながら眺める聖母。
10分もたたないうちに底まで見通せるようになった泉に、もはやおなじみとなりつつある叫喚を響かせていた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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