26 泉の精霊に懐かれ、姫に懐かれ…この人、いったい何者なの!?
泉の精霊まみれになっている俺を見たとたん、聖母は絶叫する。
俺の身体に張り付いている精霊たちは、ビクッとなった。
「えっえっえっえっ!? えっえっえっえっえっ、えええっ!?!?」
聖母は信じられない光景に呼吸困難になり、えづくような言葉を繰り返しながら、何度も目を擦っては俺を見ている。
「ひぐっ!? そそっ、そんな!? ずずっ、ずっと泉の精霊たちは姿も形もなかったのに!?
はうぅっ!? なんで、なんでなんでなんでっ、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼女は目をグルグル回しながら、バターンと倒れてしまった。
泉の精霊たちはビックリして逃げ去ってしまう。
普段は精霊を大事にする俺ではあるが、今はそれどころじゃなかった。
聖母がとうとう、口から泡をブクブク吹き始めたからだ。
「おおっ、お、おい! 大丈夫か!?」「わあっ、大丈夫!?」
俺とティフォンは同時に駆け寄り、聖母の身体を抱き起こす。
彼女はショックで引きつけを起こしているだけで、命に別状はなさそうだった。
でもこのまま外で寝かせておくわけにもいかなかったので、精霊院の中に連れていく。
俺がお姫様抱っこで運んでいると、ティフォンが妙なことを言っていた。
「そっか……気絶したら、抱っこしてもらえるのか……」
精霊院はかつて多くの聖女たちが暮らしていた。
寝室はいくつもベッドが並んでいたのだが、ベッドメイクされているのは奥にあるひとつだけ。
そこに寝かせると、うんうん唸り始める。
「うぅん……い、いかないで……みんな……戻って……きて……。
もう……ひとりぼっちは……いや、なんですぅ……」
それから彼女はずっとうなされ続けていた。
ほっといて帰るわけにもいかなかったので、俺とティフォンで付きっきりで看病。
聖母は熱を出しているのか汗びっしょりになっていたが、ティフォンが涼しい風を送ってやると、次第に熱も下がり、安らかな寝顔になっていった。
聖母が次に目を覚ましたのは、日も暮れかけた頃。
彼女はまだ夢の中にいるような、ぼんやりとした瞳で身体を起こす。
「……不思議な夢を見ました。ユニバスさんが泉の精霊たちに懐かれている夢です」
「それ、夢じゃないよ」とティフォンが言うと、聖母は「そうだといいですね」と力なく笑う。
「たとえ夢の中だったとしても、ユニバスさんが泉の精霊たちに許されたのであれば、こんなに嬉しいことはありません」
聖母はゆっくりと俺に視線を向ける。
見捨てたような素っ気なさと、張りつめたような厳しさはなくなり、昔のやさしい彼女の瞳だった。
「さっきはごめんなさい、ユニバスさん。つい取り乱してしまい、酷いことを言ってしまいました」
彼女は泉の精霊と聖女仲間を失い、ずっとひとりぼっちで心細かったんだろう。
その原因を作ったと誤解している俺と再会して、取り乱すなというのが無理な話だ。
しかし俺は相手が人間だと緊張して、慰めの言葉すらも思いつかない。
「あ、いや……」と言葉を濁すので精一杯だった。
「今日はもう遅いので、おふたりとも泊まっていってください。たいしたもてなしもできませんが」
聖母がそう言ってくれたのと、俺はここでやっておきたいことがあったので、お言葉に甘えることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の真夜中、俺はベッドを起き出す。
隣のベッドで寝ているティフォンと聖母を起こさないように、そーっと寝室を抜け出した。
向かった先は裏庭の泉。
金紙や銀紙で作られた飾り付けが風で揺れるたび、月明かりに反射してキラキラと輝いていた。
人間であれば、誰もが喜ぶであろう美しき光景。
しかし俺は作業服を袖捲りすると、その飾り付けをむしり取る。
聖母の前でやると、またあらぬ誤解を受けそうだったから、寝静まるまで待ったんだ。
泉にあった人工の光モノを一部除去したあと、俺は近くの岩に腰掛けてひと休みする。
全部取り除くとなると、だいぶかかりそうだ。
朝までに終わるかなぁ……。
なんてぼやいていると、泉にある鳥の巣箱のような小さな家に、精霊の気配を感じた。
見ると、丸い穴の向こうから、雛鳥のような泉の精霊がじっと俺を見ている。
俺は巣箱に向かって手をさしのべた。
「キミは、最近生まれた精霊だな。
そうか、巣箱の前にキラキラがあったから、怖くて外に出られずに、ずっと閉じ込められてたんだな。
もう大丈夫だから、こっちへおいで」
しかし彼女は俺のひとさし指をちっちゃな両手で掴むと、ガブリと噛みついてきた。
怯えている精霊というのは時に攻撃的になる。
しかし痛いからといってここで手を払いのけたりしたら、精霊はもっと怯える。
俺はされるがままになった。
幼い泉の精霊は子猫のようにシャーシャーと威嚇しながら、俺の指をガブガブ噛み続ける。
しばらくして彼女は我に返ったのか、ハッと泣きそうな顔で俺を見上げた。
「落ち着いたか? 安心しろ、俺は敵じゃない」
すると、幼い泉の精霊は「とんでもないことをしてしまった!」と、必死になって俺の指をペロペロしてくれた。
ひと舐めされるたびに、指先の傷が癒えていく。
「これで許して?」と上目遣いで見上げる彼女。
「俺は怒っちゃいないよ。それよりも、キミと友達になりたいんだ」
すると泉の精霊は、パァァ……! と花が咲くような笑顔になった。
「どうぞ、お姫様」とエスコートすると、彼女は「よいしょ」と俺の手のひらに上に乗る。
気がつくと、俺のまわりにはホタルのようにぼんやりと光る泉の精霊たちが集まってきていた。
包囲網を狭めるかのように、じりじりと迫ってきていたので、俺はいちおう断っておくことにする。
「再会したのがいくら嬉しいからって、昼間みたいなことはやめてくれよ。順番だ、ひとりずつ順番に俺のところに来てくれ」
するとホタルのような精霊たちはシュバッと動き、俺の前に光の列を作った。
「じゃあ、5……いや、10人ずつ来てくれるか」と言うと、ぴったり10個の光が俺の身体にぴとっとひっつく。
俺はこの時、泉の精霊たちと戯れるのに夢中で気付かなかった。
そばにある精霊院の建物の窓から、石のように硬直している人物が見ていることを。
「う……うそ……。い、泉の精霊たちが、戻ってきてる……!?
それも、大嫌いなはずのユニバスさんに、あんなに懐いてるだなんて……!?
ゆ……夢に見たのは……ゆ、夢じゃ、なかったの……!?」
「だから夢じゃないって言ったじゃない」
「あっ……ユニバスさんのお連れの方、起きてらしたんですね」
「ユニバスくんはねぇ、精霊にとってもやさしいんだよ!
だから精霊はみーんな、ユニバスくんのことが大好きなんだ!」
「そうなのですか? そういえばあなたも風の精霊でしたね」
「うん! あ、そういえばまだ名前を言ってなかったよね。ティフォンだよ、よろしく!」
「えっ? ティフォン? もしかして、風の精霊姫様の……?」
「あっ、わたしのこと知ってるの? そうだよ、そのティフォンだよ」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
突然、精霊院から絶叫がしたので俺はビクリとなる。
窓のほうを見やるとそこには、Wピースを振りまくティフォンと、またしても目をグルグル回している聖母がいた。
次回、『精霊たらし』の真価が発揮されます!
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