25 泉の精霊院、しかしそこに精霊の姿はない…はずだったのにっ!?
俺とティフォンは水の精霊の国『コンコントワレ』を目指して旅を続けていた。
俺は御者席に座っていて、ひたすら馬車で街道を走らせる。
勇者パーティにいた頃と同じようなことをやっていたのだが、その頃とは大きく違う。
それは、隣に精霊姫であるティフォンが座っているということ。
普通、お姫様というのは馬車の中で優雅に寛ぐもので、御者席に座るなんてありえないことだ。
俺は彼女に「ここじゃ退屈だろうから、馬車の中に入ってたらどうだ?」と言ってやった。
すると彼女は風の精霊の特徴である耳を、柳眉とともにピンと逆立てる。
「ええっ!? なにを言ってるの!?
ユニバスくんのそばにいる以上に楽しいことなんてないよ!?
それともわたし、うるさかった!?」
彼女はまるで魔導録音機のように、隣でずっとしゃべりっぱなしだった。
「いいや、おかげで俺は退屈せずにすんでるよ。
でもそんなにしゃべってたら、喉が枯れるんじゃないか?」
するとティフォンは、指摘されて気付いたように喉に手を当てる。
「そういえば喉が渇いたかも!
あ、そうそう、ずっと気になってたんだけど、このワースワンプって湖とか池がたくさんあるよね?
それって飲めるの?」
「全部というわけじゃないが、多くが飲めるみたいだ。
なかでも泉の精霊がいる池の水は、浄められてて飲むと力が湧いてくるんだ」
「あ、それ知ってる! 勇者も魔王討伐の旅の途中で、この国にある泉の水を飲んでパワーアップしたんだよね!?
ユニバスくんも飲んだの!? どんな味だった!? おいしかった!?」
「いや、俺は飲ませてもらえなかった」
「えーっ、なにそれ!? それじゃ飲もうよ! せっかくここまで来たんだし! わたしも飲んでみたい!」
「うーん、それじゃ、この先に勇者が立ち寄った『泉の精霊院』があるから行ってみるとするか」
「やったーっ! いくいくーっ! 泉でいい水を飲もーっ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『精霊院』というのは精霊を祀る施設のことで、同じく精霊を祀る『聖堂』の一種。
『聖母』と呼ばれる人物が管理している。
『聖堂』と『精霊院』の違いはよくわからないのだが、『精霊院』の多くは風光明媚な場所にあるそうだ。
『泉の精霊院』も例外ではなく、森に囲まれた丘の上にあり、外からではあまり目立たない。
そのため前回来たときは、たどり着くのにかなり苦労した。
今回も苦労させられるかと思ったのだが、そんなことは無かった。
なぜならば、丘の上からにょっきりと勇者の石像が飛び出ていたからだ。
「うわあっ、なにあの石像っ!? イドオンの村にあったのよりずっと大きくて、ずっと悪趣味だよ!」
ティフォンは酷評していたが、たしかに周囲を威圧するほどの存在感を放つ勇者像は、自然も景観も台無しにしていた。
俺は、不審に思う。
『泉の精霊院』にいる聖母は、あんな像を建てるような人じゃなかったのに……。
そう思いながらも、あぜ道を登って丘の上まで行ってみる。
『泉の精霊院』は、昔ながらのこじんまりとした佇まいでそこにあった。
しかしその隣には、勇者像に負けず劣らずなほどの悪趣味さ全開の巨大な聖堂が。
看板には、『本家・泉の大聖堂 ※ニセモノにご注意ください』とある。
本家を名乗っている大聖堂は、多くの人手を使い、あたりの森を現在進行形で乱開発していた。
ひとつの丘に、精霊院と大聖堂が混在している。
その事情はよくわからなかったが、とりあえず俺たちは精霊院のほうを訪ねてみることにした。
以前は多くの聖女たちがいたのだが、今はがらんとしている。
出迎えてくれたのは、かつてと同じ上品な聖母だった。
彼女はひさびさの来客なのか喜んでいたが、相手が俺とわかるなり顔を曇らせる。
「おや、あなたは……。よくまたここに顔を出せたものですね。なんの御用ですか?」
「あ……あの……」と俺が口ごもっていると、ティフォンがシュバッと手を上げる。
「泉の水を飲ませてもらいに来ました!」
「そうですか。来る者は拒まず。それがこの精霊院のモットーです。
ただしユニバスさん、もう精霊たちに乱暴するのはやめてくださいね」
「ええっ!? ユニバスくんが精霊に乱暴!? そんなことするわけないよ!」
「まあ、ユニバスさんのせいで泉の精霊はいなくなってしまったので、もう乱暴もできないのですけどね」
素っ気ない聖母から、精霊院の裏手にある泉に案内される。
そこはハムスターが遊びそうな木製の遊具施設があり、金や銀の折り紙で飾られていた。
チープながらも一生懸命楽しそうな雰囲気を醸し出そうとしているのだが、そこには精霊の姿はない。
おかげで泉の水は淀んでおり、毒々しい色になっていた。
聖母は悲しげに目を伏せる。
「お飲みになるのは自由ですが、お身体を壊すのでオススメしません」
ティフォンはガーンと音が聞こえてきそうなくらいにショックを受けていた。
「うわぁ、想像してたのと全然違う!? せっかく喉が渇いてるのを我慢して、ここまで来たのに!」
「怨むのであれば、そちらにおられるユニバスさんを怨んでください。
ユニバスさんはかつて勇者パーティの一員としてここを訪れ、泉の精霊たちに狼藉を働いたのです。
その様子を目撃した勇者様の話によりますと、精霊たちを捕まえて磔にして、ダーツの的にしていたそうです。
それ以来、この泉には精霊たちが近寄らなくなり、泉はこのように荒れてしまいました」
聖母は遠い目をして、離れた場所にある真新しい大聖堂を見やる。
「私はありとあらゆる手を尽し、この泉に精霊たちを呼び戻そうとしましたが、うまくいきませんでした。
そのせいで、私も聖女たちに愛想を尽かされてしまい……。
ひとりの聖女が独立し、隣に大聖堂を建てて泉を作り、『泉の大聖堂』を名乗りはじめたのです」
彼女はサッと両手で顔を覆う。
「これも、これもすべて、ユニバスさんがここにいらっしゃらなければ……!」
それは誤解だったのだが、俺は言い返すこともできない。
ティフォンは俺が弁明できない理由を知っていたので、「それって誤解だと思うよ」とかわりに言ってくれた。
「な……なにが誤解だというのですか!
泉の精霊たちは臆病ですから、どこか別の泉へと行ってしまったのです!
でももしかしたら、ひとりくらいはまた戻って来てくれるかと思い、希望を捨てずにがんばってきたのです!
しかしそれももう終わりです! ユニバスさんがお越しになったせいで、精霊たちはもう……!
この丘からも、引っ越してしまったに違いありませんっ!」
……バッ!
と顔をあげる聖母。
その瞳は涙に濡れ、怒りに満ちていた。
しかし俺の姿を目に映した途端、点になってしまう。
なぜならば俺はこのとき、手のひらサイズの精霊たちにびっしりと抱きつかれ、息もロクにできないほどになっていたからだ。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
次回、さらなる『精霊たらし』が炸裂!
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