24 ワースワンプ国王、勇者のバーベキュー場を潰しに行く
勇者ブレイバンとの食事会を、途中で辞退したワースワンプ国王。
彼は馬車に乗り込むと、護衛の者たちの馬車に護られながらフーリッシュの王都を出発していた。
本来は『勇者祭』のあいだはこの国に滞在する予定であったが、もはやその予定すらもキャンセル。
こんな不快な思いをさせられた国など、いまは一時ですらいたくないと怒りも露わ。
いつもより風景が速く流れる馬車のなかで、熱せられたヤカンのようにカッカと熱くなっていた。
――まったく、ワシは勇者ブレイバンを尊敬し、彼のバーベキュー場を普及させたというのに……。
まさか、あんなならず者のような考えの男だったとは……!
ああ……! 勇者の質も、地に落ちたものだ……!
ワースワンプ国王が怒ったり嘆いたりしているうちに、馬車は国境へと入る。
丘を越えた先に検問があるのだが、そこには連絡を受けていた数千人の兵士たちが待ち構えていた。
彼らはユニバスの時とは違って力ずくで止めるようなことはせず、一斉土下座。
その隊列は、丘の上から見ると人文字になっており、
『すべてはユニバスがわるいのです どうかおもどりください』
と読める。
なんとも壮大なパフォーマンスであった。
しかし、これがさらにワースワンプ国王の逆鱗に触れてしまう。
なにせ他人にやらせているうえに、この期に及んでもなお謝罪の文字が含まれていないからだ。
国王は怒りの強行突破を指示し、地に伏した兵士たちを蹴散らすようにして越境。
この時すでに国王は、ある決意を固めていた。
――国策として『勇者のバーベキュー場』を推進してきたが、それも今日で終わりだ……!
あのならず者に思い知らせてやるために、縮小してやるっ……!
『勇者のバーベキュー場』というのは勇者を前面に押し出したバーベキュー場のこと。
勇者の真写などを宣材に使ってよいかわりに、売上の何パーセントかがブレイバンの懐に入る仕組みとなっている。
特にワースワンプ王国は、『勇者のバーベキュー場』の数ではトップクラス。
これもすべて、国王が勇者に敬意を払っていた証拠であった。
しかしその敬意はもはや音をたてて崩れ去ろうとしている。
国王はさっそく最初の大ナタを振るうべく、あるバーベキュー場へと向かうよう指示した。
そのバーベキュー場は他でもない、ロークワット湖。
到着するなり国王は馬車を飛び出し、バーベキュー場の入口にいる、小太りの中年男に詰め寄った。
「そなたが管理人であるな!? いますぐここにある勇者の看板を撤去せよ! ひとつ残らず全てだ!」
「は、はぁ……。もう撤去済みですが……」
「えっ」
豆鉄砲をくらったハトのように、キョトンと上を見上げる国王。
目の前には巨大な看板がそびえていたのだが、そこに描かれていたのはあの、いまいましい勇者ではなかった。
まったく見知らぬひとりの男と、よく見知ったひとりの美少女……!
「な……!? なんだ、この男は!?
しかも、隣にいるのはティフォン殿ではないか!?」
そう口にして、国王はハッとなる。
「まさかこの男、『ユニバス』か……!?」
管理人は納得した様子で頷いた。
「おおっ、私は存じ上げませんでしたが、国王はご存じでしたか!
となるとやっぱり、この方は名だたる者なのでしょう!?
なにせこのバーベキュー場にお見えになって、たったの数時間でいくつもの伝説を残していかれましたから!」
「で……伝説、だと………!?」
『伝説』というのは、そう軽々しく口にしてよい言葉ではない。
なぜならば『伝説』というのは勇者のみが作れるもので、国王ですら難しいこととされているからだ。
しかし管理人をはじめとする、『湖の男』たちから熱く語られたのは、まさに『伝説』であった。
「ユニバス様はバーベキューを楽しまれていたのですが、それが輸入モノの食材でも、とんでもなく美味しく調理されたのです!」
「しかもそれだけではありません!
ユニバス様はいともたやすく巨大なモーサンを獲り、世界記録を打ち立てたのです!」
「それと、驚かないでくださいよ!
それまで1位だったブレイバン様の記録はなんと、ユニバス様の手柄を横取りしたものだったのです!」
これは衝撃の事実であったが、国王はさして驚きもしない。
「あの勇者ならやりかねんな」とむしろ納得する。
ロークワット湖にいた者たちは、男も女もユニバスに心酔しているようだった。
誰もがユニバスの話になると瞳孔開きっぱなしで、もはや宗教じみている。
しかし国王はそう簡単には感化されなかった。
「皆の者、落ち着くのだ。ユニバスが凄い男だというのはわかった。
だがあやつは、風の精霊姫であるティフォン殿をさらった大悪人なのだぞ」
「えっ!? ユニバス様が一緒におられたのは精霊姫様だったのですか!?
しかも、ユニバス様にさらわれている最中!?
そんなバカな! 精霊姫様とは恋人どうしみたいにアツアツでしたよ!」
「そうそう、我々がユニバス様をバカにしたら、まるで自分のことみたいに怒りだして!
我々をこっぴどく叱ったんですよ!」
「誰かのためにあんなに怒れるなんて、その人のことをよっぽど愛してないとできません!
あたし、羨ましいって思っちゃいました! あんなに人を好きになれたらなぁ、って!」
誰一人としてユニバスのことを悪く言うものはいない。
国王はとてもではないが信じられなかった。
きっとユニバスは超がつくほどの極悪人で、ここにいる者たちはその凶悪さに怯えているだけなのだろう。
看板に描かれているティフォンは笑顔であるが、それも脅して描かせたのだろうと思っていた。
しかしついに、決定的証拠が突きつけられる。
それは、ユニバスが『ブレイブモーサン』あらため、『ユニバスモーサン』を抱えている真写。
ユニバス自身は浮かない顔をしているのだが、隣でいっしょにモーサンを抱えているティフォンは……。
ハネムーンの最中のフォトグラフのような、これ以上の幸せはない、はちきれんばかりの笑顔を浮かべていたのだ。
それは、ならずもの勇者の狼藉によってささくれ立っていた国王の心ですら、ほっこりさせてしまうほどの素敵スマイル。
そしてその事実に気付いた途端、国王は驚嘆した。
「お……おおっ……!?
私が知るティフォン殿は、ずっと暗く沈んだ顔をしていたというのに……。
その憂いに満ちていた姫を、ここまでの笑顔にするとは……。
ユニバスという男は、いったい何者なのだ……?」
次回、新展開となります! ユニバスとティフォンが、新たなる地に……!
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