02 勇者に捨てられ絶望、でも勇者の花嫁は、勇者を捨て俺の元に
勇者パーティどころか、宮廷魔術師までクビになってしまった俺。
その数日後には住んでいた寮も追い出されてしまい、あてもなく城下町をさまよっていた。
人前では緊張してしまい、自分の名前すらまともに言えない俺。
そんな俺を雇ってくれる所など、どこにもありはしなかった。
「今日はせっかくの祭りだってのに、お前みたいな気持ち悪いヤツに居られたら台無しだ!
さっさと出て行け! しっしっ」
どこに行っても野良犬のように追い払われる始末。
明日から、どうして生きていけばいいんだろう。
絶望にくれる俺とは裏腹に、街はどこも賑やかだった。
今日は、勇者と風の精霊姫が契りを結ぶ『精婚式』の式典があるらしい。
『精婚式』というのは、人間と精霊の結婚式のようなものだが、両者の立場は対等ではない。
位の高い人間に対し、精霊が忠誠を誓うという、隷属の儀式のようなもの。
俺は人の名前を覚えるのが苦手なので、勇者の名前はもうあやふやだけど、精霊の名前だけは忘れない。
風の精霊姫の名前も、今でもはっきり覚えている。
俺はかつて世話になったお姫様の晴れ姿をひと目見ようと、式典が行なわれているという丘に行ってみることにした。
美しい彼女の姿を見れば、いくぶん気分も晴れると思ったからだ。
でも人混みは苦手なので、フードを深く被ってから歩き出す。
丘は城下町の中央に位置する、大きな公園にあった。
周囲はかなりの人でごったがえしていたが、式典の行なわれている丘はかなりの高さがあったので、遠くからでもなんとか頂上のステージが見える。
丘の麓から頂上は立入禁止になっていて、この日のためであろう、色とりどりの花が咲き乱れていた。
ステージには国王をはじめとする王族関係者たちと、正装の勇者と、ウエディングドレス姿の精霊姫が。
結婚式と同様に仲介人は聖堂主で、魔導マイクを使って周囲に響き渡る声で進行を行なっていた。
『それでは風の精霊姫、ティフォンよ、この世界を救いし偉大なる勇者に跪き、永遠の忠誠を誓うのです。
そうすれば風の精霊たちは、人間の寵愛を与えられ、末永く発展できることでしょう』
聖堂主はそう言っているが、俺はそうは思わなかった。
人間のほうが精霊より偉いだなんて考えはバカげてる。
むしろ人間は、精霊に感謝しなくちゃいけない立場なのに……。
それでも良い精霊というのは、人の役に立つことを何よりもの喜びとしている。
彼らにとって人間に忠誠を誓えるというのは、大変名誉なことでもあるらしい。
しかも相手がこの世界を救った勇者とあらば、精霊からすれば世界最高の栄誉といってもいいだろう。
最高の晴れ舞台だというのに、ステージにいるティフォンは浮かない顔だった。
膝を折ろうかどうしようか、最後まで迷っているようだった。
俺のまわりにいた観衆たちが、口々に言う。
「どうやらティフォン様は、かなり緊張されているようだぞ!」
「そりゃそうだろう! なんたって勇者様のものになれるんだからな!」
「勇者様に見初められたら、人間の女の子だって天にも昇る気持ちになるんだから、当然よぉ!」
「そのうち感極まって泣き出すんじゃないか!?」
「がんばれー!」と方々から声援が飛び交う。
ティフォンは向き合っていた勇者から視線を外し、下々の者に手を振り返していた。
華やかなウエディングドレスに包まれた彼女は、息を吞むほどに美しい。
しかし表情は真逆で、この世の終わりのように沈んでいた。
ふとその視線が、ある場所で止まる。
幽霊でも見たかのようなギョッとした表情になって、もっとよく見ようとしているのか、ステージから落っこちんばかりに前のめりになっていた。
それはちょうど、俺がいる方角と、ピッタリ一致。
彼女は俺のことなんて覚えてないだろうけど、僕はせっかくだからと手を振ってみる。
次の瞬間、俺は信じられない光景を目撃した。
ティフォンはステージからダイブすると、突風を巻き起こしながら急降下。
……どばひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
丘の花々を吹き飛ばし、舞い散る花びらのなか、まるで獲物を見つけた鷹みたいな速さで飛んできたんだ。
超低空飛行で、麓にいた観客たちを、風圧でドミノのようになぎ倒しながら。
……いったい、誰の元へ!?
「ゆっ……ユニバスくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
「おっ……俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ふたつのドップラー絶叫が交錯した瞬間、俺の目の前には天使がいた。
翼のない天使は、真珠のような涙を振りまきながら、両手を広げ……。
……がしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
まるでめりこんでひとつになるほどの勢いで、俺を抱きしめたっ……!
勢いあまったティフォンは、俺を軸にしてグルングルン回転。
あたりにビュォォォォォ! と竜巻を起こしはじめる。
周囲の観客たちの唖然とする顔が、走馬灯のように巡るなかで、彼女は言った。
「ユニバスくん、死んだんじゃなかったの!?」
「死んだ!? そんなわけあるかよっ!」
俺は驚きの連続に我を忘れそうになっていたけど、相手が精霊だと淀みなく言葉が出てくる。
「ユニバスくんが死んだって聞いたから、わたしは勇者と契りを交わそうとしてたんだよ!
ユニバスくんがいるんだったら、あんなヤツと契るなんて、絶対にイヤっ!」
「なんでっ!?」
話がよく見えないが、勇者のヤツが俺が死んだと偽っていたことだけは理解できた。
ティフォンはハッとした様子で周囲を見渡す。
巻き起こしていた風を収めると、俺の手をしっかりと取った。
「詳しい話はあとあとっ! 今はここから逃げましょっ!」
「なんでっ!?」
「いーから早くっ!」
ティフォンは俺の手を引き、ウエディングドレスの裾をなびかせ走り出す。
後ろからは、多くの兵士たちが追いかけてきていた。
なにがなんだかわからなかったが、これだけは確かなんじゃないかと、俺は思う。
普通、結婚式から連れさらわれるのって、花嫁だろう!?
ただの観客の俺が、なんで花嫁に連れさらわれなくちゃいけないんだっ……!?