19 伝説の聖剣を授かり、ふたりは永遠に…
「うーん、ロークワット湖のときみたいに最後まで監修しようと思ったけど、イドオンちゃんがいるなら大丈夫そうだね!」
イドオンの『勇者サゲ』っぷりはどうやら、ティフォンも太鼓判を押せるレベルらしい。
しかしロークワット湖の時といい、不安に思う。
世間的な人気は圧倒的に勇者のほうが高い。
それなのに俺みたいな無名の人間を推したりして大丈夫なのか、と。
しかし村長は言った。
「ワシらはイドオンの村は、井戸の水を飲み、井戸の水で身体を浄め、井戸の水で作物を育てておりますじゃ。
すなわち、生きるすべてがイドオン様とともにある……。
そのイドオン様が幸せであることこそが、村の幸せに繋がるんですじゃ。
イドオン様にそう言われて、ワシらも目が覚めました」
あれ? その言葉、どこかで聞いたことがあるような……。
と思ったら、俺がかつてブレイバンの不祥事でイドオンが怒ったときに、月夜の下で俺がイドオンに言った言葉だった。
村長は俺に向かって頭を下げる。
「これからは勇者様ではなく、イドオン様と、イドオン様が愛するユニバス様を崇めて参ります」
俺は人間から頭を下げられるのに慣れてないので、うろたえてしまう。
「あ、あの……頭を、あげて……」
「そうそう、そうじゃ。ユニバス様はこれから出発なさるんじゃろう?
その前に、イドオン様のお住まいを訪ねるようにと、イドオン様から言付かっておりました」
イドオン様のお住まいとは、おそらく山の頂上にある古井戸のことだろう。
どのみち村を出る前には挨拶に行くつもりだったので、俺はティフォンとともに山を登る。
すると頂上にある井戸のほとりには、イドオンが佇んでいた。
彼女は俺を見るなり、ひと振りの剣を差し出してくる。
朱色の鞘に、柄頭のところに『井』のマークが入った剣。
ティフォンは幻でも見たかのように、目をこすって何度も見直していた。
「こ……これはもしかして、『イドオンソード』……!?」
『イドオンソード』……俺も噂には聞いたことがある。
抜けば井戸という井戸から水が吹き出し、それは天まで届き、その水はひと振りで星をも割るという。
イドオンはいつになく真剣な表情で、「おぉん」と頷いた。
「これは我が井戸の精霊に伝わる、伝説の聖剣。
ユニバス様、どうかこれをお持ちになってくださいませ」
俺とティフォンは「「ええっ!?」」とハモってしまう。
「なぜ、この俺に……? これは勇者が望んでも渡さなかったものなんだろう?」
「おぉん、たしかに勇者は去り際に、この剣を望みました。でも、イドは渡しませんでした。
そしたらあろうことか、またしても勇者は井戸に毒を放りこんだのです。
それも、最初に入れた毒よりも、ずっと強力なものを……!
このイドを毒殺して、『イドオンソード』を奪うために……!」
「なに? 勇者のやつ、二度も毒を入れてたのかよ!?」
「おぉん、その通りです。イドはその毒から逃れるのに精一杯で、ユニバス様とのお別れの挨拶をすることができなかったのです。
それどころか受けた毒を回復させるために、井戸の底で長きの眠りに就かなくてはなりませんでした」
「そんなことがあったのか……」
「そして昨日、ユニバス様の立ち振る舞いを見て、イドは確信しました。
このお方こそ、『イドオンソード』を持つに相応しいと……!」
イドオンは祈るような瞳で、俺を見た。
「この剣はイド自身でもあります。
ユニバス様のおそばにこの剣があれば、イドはいつもユニバス様とともにあるのです。
ですからどうか、受け取ってください……!
お願いしますっ……! おぉぉ~~~~~~んっ!」
「受け取ってあげて、ユニバスくん! でなきゃイドオンちゃんがかわいそうだよ!
おぉぉ~~~~~んっ!」
ふたりの精霊からおんおん迫られて、俺はその伝説の聖剣を受け取らざるをえなくなってしまう。
鞘を握りしめた瞬間、手のひらと心のなかに、ずっしりとした重みが生まれる。
それはイドオンが勇者の卑怯なやり方にもめげず、ひたむきに守り続けてきたもの。
頼れる者もおらず、暗くて深い井戸のなかで、ひとりで、孤独に……。
俺は重大な使命を帯びた気持ちになり、「大切にするよ」と頷き返す。
するとイドオンの額の文字が輝きだし、その顔がほころんだ。
それは病床の母親が、命にかえて生んだ赤子を、父親の手に託したような……。
もはや思い残すことなど何もないような、いや、むしろ思いが報われたような表情に見えた。
「よかった……!」
次の瞬間、彼女の身体から光の粒子がたちのぼりはじめる。
それはまるで水に溶けるかのように、サラサラと天に昇っていく。
「!? イドオンちゃん!? まさか剣を渡すと、イドオンちゃんは消えちゃうの!?」
今にも泣きそうなティフォン。
しかし消えゆくイドオンの表情は穏やかであった。
「おぉん……悲しむことはありませんよ。
なぜならばこれでイドは、永遠に……ユニバスさまとともに……。
おぉ……ん……」
ティフォンは崩れ落ち、天を仰ぐ。
「そ……そんなのないよっ!? せっかく仲良しになれたと思ったのに、いなくなっちゃうなんて!
う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
ティフォンは天に還っていく光の粒子を、いつまでもいつまでも見送っていた。
もはや見えなくなって、空が夕暮れに染まってもなお、ずっと……。
俺たちはそれから山を降り、古井戸をあとにする。
ティフォンは泣きはらした瞳をうつむかせ、ずっと肩を落としていた。
とぼとぼと村を歩いていると、ふと、道端から声がする。
「なにを泣いているのですか?」
それは、妙に聞き覚えのある声だった。
見やるとそこは、村の井戸端。
井戸のへりに腰掛けて、足をぱたぱたしている白装束の少女だった。
墓場から蘇った死体を見るように、仰天するティフォン。
「い……イドオンちゃん!? なんでそんなところにっ!?」
「おぉん? なんでって、イドは井戸の精霊ですよ?
井戸から井戸のあるところへは、自由に行き来できるのです。
ユニバス様に剣を受け取ってもらったので、もう古い井戸に張り付いている必要もなくなりました。
これからはアグレッシブに井戸を行き来する所存でございます」
「い……いや、そういうことじゃなくて! 死んだんじゃなかったの!?」
「おぉん? なんで死ななくてはならないのですか?
でも確かに、昨日まで死にたいほど絶望しておりました。
なにせ村人たちからこぞって、へんな勇者とカップリングされていたのですからね。
でも、今は違います。
愛するユニバス様と正式に結ばれて、幸せ絶頂なのでございます」
「こっ……こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!
でっ、でも……! 生きててくれて、ありがとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
そんなこんなでいろいろあったが、俺たちはイドオンの村から離れ、旅を再開した。
次回、ついにゴーツアンのざまぁです!
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