18 精霊姫の『よとぎ』、そして彼女は○○○○○になった
ティフォンは『よとぎ』を申し出た途端、顔をさらに紅潮させていた。
正座のまま、しゅばっ! と飛んできて、胸の前で拳を握り固める。
「お願い! させてくださいっ! 『よとぎ』を!」
先ほどまでの新妻のような貞淑さはどこへやら、今はサカリのついた暴れ牛のように鼻息が荒い。
彼女の『よとぎ』の発音がぎこちなかったので、俺は不審に思った。
「さっきから『よとぎ』って言ってるけど、『よとぎ』がなんのことか知ってるのか?」
「もちろん知ってるよ!」
ティフォンは急ききって言うと、どこからともなく小冊子のようなものを取り出す。
そして「えーっと、『よ』、『よ』と……」と、辞書で調べ物でもするみたいにペラペラとページをめくりだした。
「思いっきり調べてるじゃないか」
「『よとぎ』と……あった!
えーっと、まずは殿方に膝枕をします、だって!
ここに寝て、ユニバスくん!」
ティフォンは己の膝をポンポン叩いて促す。
これから何をするつもりなのかわからなかったが、本人はかなりやる気のようだったので、俺は付き合ってやることにした。
横になってティフォンの膝に頭を乗せる。
精霊とはいえ、女の子の膝はすごく柔らかかった。
「もうこれでいいんじゃないか」
「ううん、まだ続きがあるみたい!
えーっと、殿方に膝枕をしたあとは、夜にふさわしいお話をします、だって!
夜にふさわしいお話? それってなんだろう?」
「う~ん」とかわいい唸り声が振ってくる。
少しして、「あ、そういうことか!」と答えがわかったように手を打ち合わせると、
「……これはねぇ、友達の精霊のフゥちゃんに聞いた話なんだけど……。
うちの高校の音楽室に飾ってある肖像画が、夜になると……」
「夜の話って、怪談話か」
しかし始まってたったの数秒で、ティフォンは長い耳を押えてイヤイヤをしはじめた。
「くぅ~っ! わたし、怖い話苦手なの!
ああっ、ずっと忘れてた怖い話の内容、思い出しちゃった! くぅぅ~~~~っ!!」
そして不意に、俺の頭の下から膝が消え去ったかと思うと、
「ああんっ、もう限界! 足がっ! 足がぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
どうやら正座は初めてだったようで、足が痺れたのか布団の上をのたうちまわっていた。
ドスンバタンと部屋が揺れる。
「最初の膝枕以外は、『夜伽』とは程遠い……。まさに『よとぎ』だったな」
俺がそうつぶやくと、急にティフォンは動かなくなる。
今度はなんだと思って覗き込んでみると、
「すー、すー」
と幸せそうな顔で、寝息をたてていた。
「さんざん暴れたと思ったら急に寝落ちだなんて、まるで子猫みたいだな」
生まれて間もない子猫のような、幸せいっぱいの寝顔に、俺は思わず吹き出してしまう。
そして、今更ながらに気付く。
「そういえば……。笑ったの、何年ぶりかな……」
俺は精霊姫の、光輝く髪を撫でた。
すると彼女の口が、ムニャムニャと波線を描くように動く。
「むにゃ……ユニバスくん、わたしの『よとぎ』、どう……?
ユニバスくんに喜んでもらうのが……わたしのいちばんのしあわせなんだよ……」
「うん、いままで生きてきて、こんなに楽しい一日は初めてだったよ。
ありがとうな、お姫様」
俺は彼女の身体を持ち上げ、布団にきちんと寝かせなおし、掛け布団を肩まで掛けてやる。
押し入れからもうひと組の布団を引っ張りだしてきて、横に敷いてからそこに寝た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
俺は、窓から差し込む光に目覚める。
かなり日が高くなっていて、どうやら昼近くまで眠ってしまったようだ。
隣で寝ていたはずのティフォンの姿はなく、布団ごと消え去っていた。
それどころか壁はボロボロで、床と天井に穴が開いている。
まるで極地的な台風が起こったみたいな有様だ。
それを引き起こした当人は、部屋の外にある廊下にいて、風の力で吹っ飛ばしたのであろう扉を布団に、あられもない格好で寝ていた。
「すさまじい寝相の悪さだな……」
俺は廊下に出て彼女の着崩れを元通りにしてから、抱っこして部屋に戻ろうとする。
ちょうど村長が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
「おはようございますじゃ、ユニバス様。
女将から聞きましたぞえ、昨夜はずいぶんとお楽しみだったようで……
激しい振動がひと晩じゅう止まなかったそうですなぁ」
ゲヒヒヒと下卑た笑いを浮かべる村長。
「それと、今日からさっそく改装を始めました。
イドオン様が早朝からはりきっておられて、改装は順調ですじゃ」
改装……?
と思いつつ、宿の縁側から村の様子を見てみる。
すると、山の頂上にある古井戸が噴き出していて、その上空には、クジラの潮吹きで遊んでいるようなイドオンの姿があった。
「おぉん、看板のデザインはそれでいいでしょう!
仕上げのあと、もう一度チェックしますよ!
それでは次は、石像のデザイン変更にまいりましょう!」
村の入口にあった巨大看板は塗り替えの真っ最中。
下絵はすでに仕上がっていて、それは俺とイドオンが抱き合い、ふたりして勇者を足蹴にしているイラストになっている。
絵の片隅にはティフォンと地の精霊も描かれていて、ふたりを祝福するみたいにバンザイしていた。
「わあっ、なにあの絵!?」
ちょうど起きだしたティフォンも、その絵を見て目を丸くする。
白装束のまま縁側から飛び出し、古井戸のほうへとビューンと飛んでいった。
「ちょいまち、イドオンちゃん!
ここはイドオンちゃんを祀る村だから、看板のメインはイドオンちゃんでいいけど、わたしをもうちょっと大きく描いてよ!
身体がちっちゃくて頭がおっきいだなんて、地の精霊さんとおんなじじゃない!」
「おぉん、これはデフォルメといって、イラストにおける新しい表現手法なのです。
ティフォンさんと地の精霊さんは、この村の『ぬるキャラ』として活躍していただく所存です」
「ぬ、ぬるキャラ……?」
井戸の精霊と風の精霊はしばらく言い合っていたが、やがて風の精霊は俺のほうにルンルンと舞い戻ってくる。
「わたし、この村の『ぬるキャラ』になれるんだって!
『ぬるキャラ』ってすごい人気者なんだよ! 知ってた!? ユニバスくん!」
どうやら、すっかり言いくるめられたようだった。
なんと、ハイファンタジーの日間ランキングで、このお話が1位になりました!
ジャンル別のランキングで1位を取ったのは初めてのことなので、とても嬉しいです!
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