17 お背中流します! そして『よとぎ』もします!
打ち上げ花火を横から見終えたティフォンは、「そうだ!」とさも名案が閃いたかのように声を反響させる。
「わたし、ユニバスくんのお背中を流してあげる! ううん、流させてほしいの!」
「なんでそうなるんだよ。さっき勇者の背中を流すのを、あんなに嫌がってたじゃないか」
「それは、わたしたち精霊のことを粗末にする勇者が相手だからだよ!
わたしたち精霊のことを好きでいてくれるユニバスくんに、少しでもお礼がしたいの!
ささっ、あがってあがって!」
俺は半ば強引に湯船から引っ張り出され、洗い場に連行される。
風呂用の椅子に座った俺の背中を見て、ティフォンは息を呑んでいた。
「お風呂に入っている時は気付かなかったけど……。
ユニバスくんの身体って、なんでこんなに傷だらけなの……!?」
「ああ、いろいろあって付いた傷だよ。
勇者パーティにいる時は俺がいつもオトリだったし、罠のかかった宝箱も俺が開けてたしな。
それにパーティメンバーがムシャクシャすると、いつも俺のことをサンドバッグがわりにしてたんだ」
「そうなの!? それに、つい最近付いたばかりみたいな火傷跡もあるよ!?」
「ああ、それは城で働いていたときのヤツだな。
当時の上司は嫌なことがあると、俺の身体にタバコを押し当ててたからな」
「勇者パーティもお仕事も、どっちも仲間なのに……。
なんでそんな、酷いことを……!?」
「みんな言ってたよ、俺はキモい、って」
すると俺の背中に、無限の柔らかさが生まれる。
……ぎゅっ!
ティフォンは俺の背後から胸に手を回し、包み込むようにして俺を抱きしめていた。
かつて勇者に、焼けた鉄を押し当てられて書かれた『無能』の文字に、頬ずりするティフォン。
「なんで……どうして……!?
どうしてこんなになってるのに、トランスくんの焼印を消そうと一所懸命なの……!?
ユニバスくんの身体についている火傷の跡のほうが、よっぽど酷いのに……!」
「俺の身体はどう扱われようと別にいいさ。でも魔導装置や精霊たちが傷付けられるのは嫌なんだ。
ただ、それだけのことだ」
ティフォンは顔をあげると、ぐしっ、と腕で拭う。
そして決意を新たにするように、握り拳を固めた。
「よ……よぉーし! わたしが絶対にこの傷を消してみせる!
今はまだ無理だから、いつか絶対に!
それまでは、ユニバスくんの身体をごしごしして、少しでもキレイにする!
地の精霊さんたち! ユニバスくんの身体をすみずみまでゴシゴシしましょっ!」
湯船の縁に小鳥のように並んでいた地の精霊たちも立ち上がり、「おおーっ!」と拳を突き上げる。
ただならぬ団結感に、俺は一抹の不安を覚えた。
「え、おい、背中だけじゃないのかよ。すみずみまでってどういう……」
「かかれーっ!」
ティフォンの疾風のような号令一下、俺は精霊たちにまとわり取り付かれ、もみくちゃにされてしまう。
「く、くすぐったいっ! あっはっはっ! そこ、やめて! あっはっはっはっはっ!」
俺は誰かに身体を洗われたことなんてなかったが、まさか初めての体験がこんな賑やかなことになるだなんて思いもしなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は身体をピカピカにされたあと、ティフォンを残して先に風呂からあがった。
相手は精霊とはいえ、年ごろの女の子といっしょに着替えるわけにはいかないからな。
本当は彼女を先にあがらせるつもりだったんだが、
「女の子はいろいろ準備があるの。だから先に上がってて」
と言われたので、お言葉に甘えることにしたんだ。
浴衣を着て部屋に戻ると、そこにはおおきな布団がひと組だけ敷かれていた。
……なんだこれ?
と思っていると、庭に面する引き戸がガラガラと開く。
そして俺はとんでもないものを目の当たりにした。
そこは縁側にあたる廊下だったのだが、おそらく村の者であろう若い娘たちが、白装束で正座していたんだ。
彼女たちは一斉に、土下座のように頭を下げる。
「村をお救いくださったユニバス様に、夜伽にまいりました」
言葉も出ない俺に、少女たちは肩をはだけさせながら、グイグイ迫ってくる。
「今宵はどうか、私たちの身体でお楽しみくださいませ……!」
俺はもう喉に栓がされたみたいに言葉が出なくなっていた。
人間相手だと緊張してどもるタチだってのに、さらに相手が異性となるともうどうしようもない。
しかもこんなに複数相手だと、身体が石みたいに硬直してしまう。
その体質のおかげで、勇者パーティにいた頃は魔導女と聖女にさんざんからかわれてきた。
しかし今回はからかいではなく、本気っ……!?
女たちは獲物を狙う女豹のようなポーズで、俺の浴衣の帯を咥えてほどき、口でするすると脱がしはじめる。
抵抗すらできない俺は、息のできない魚みたいに口をぱくぱくさせるので精一杯。
そしていよいよパンツに手が掛けられ、今にもずり降ろされようとしていた、その時……!
……びゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
突風が俺の横を通り過ぎていき、女たちをみんな吹き飛ばしてしまう。
「きゃあああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
女たちは悲鳴とともに庭に投げ出され、半裸のまま丘から転がり落ちていった。
俺の背後から、あきれたような声がする。
「まったく、油断も隙もないんだから」
俺にとってその声は、天からの救いのように思われた。
我ながら情けないことだが、俺は半泣きで振り返る。
「あ、ありがとう、ティフォ……!」
部屋の入口に立っていたのは、たしかに風の精霊姫ティフォンだった。
しかし浴衣どころか普段着ですらなく、ある装束をまとっている。
そう、先ほど俺を襲った村娘たちと同じ、真っ白な……!
彼女は部屋に入ってくると、布団の上ですっと膝を折った。
足を揃えた正座で、三つ指ついて頭を深々と下げる。
そして、いつもの彼女とは思えないほどにしっとりした声で、こう言った。
「不束者ですが、よろしくお願いたします」
「なんだよ急に、あらたまって……」
すると、ティフォンはパッと頭を上げる。
そこにあった顔は、紅葉が色づいたかのように染まっていた。
唇もいつもと違っていて、桜の花びらのような、初々しいピンク色。
清らかさの象徴のような存在が、ほころぶようにそっと開く。
そして紡ぎ出された声は春風のよう。
しかしその風に乗った言葉は、にわかには信じられないものであった。
「……『よとぎ』なら……わたしがしてあげる……。
ううん、したいの! ユニバスくんの『よとぎ』を……!」
次回、ティフォンによる『ハートウォーミングよとぎ』!
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