64 カレーライス6(後編)
それからさらに、数日後。
馬車の中でユニバスが朝の支度をしていると、「ユニバスくん、大変だよ!」と、新聞を手にしたティフォンが、イズミとガミメスとともに飛び込んできた。
「どうした? ティフォンが新聞を読むなんて珍しいな」と、ユニバス。
「わたしだって新聞くらい読むよ!」
「ざぁこ、四コママンガしか読まないクセに」
「四コママンガも新聞の一部でしょ! って、そんなことより見て! これ、さっき外で配ってた新聞なんだけど、イズミちゃんが見つけたの!」
その新聞の一面を飾っていたのは、見覚えのある顔。カレーキングが法廷で泣き叫んでいる姿だった。
見出しには、デカデカとこんな文字がおどっている。
『カレーキングのカレー、大規模食中毒を引き起こす! 細菌テロリストとして裁きが下る!』
「うわぁ……」と、ドン引きのユニバス。
「大規模食中毒って、相当だな……いったいなにをやったんだ?」
「ざぁこ、そんなの決まってるじゃん。ユニバス様との約束を破って、スパイスの精霊たちを怒らせた……それ以外ないっしょ」
「刑罰は『木の精霊刑』だって! ユニバスくん、精霊刑ってなに!?」
「それは……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
同じ頃、とある町の中。カレイラが屋台を引きながら歩いていた。
――僕はカレーキング様から蹴飛ばされて意識を失って、次に気がついた時には、村長さんの家のベッドにいた。
すでにユニバス様たちはパイススの村を旅立った後だったけど、村長さんによると、ユニバス様が僕を自由にしてくれたそうだ。
屋台を見上げるカレイラ。
――それだけじゃなくて、ユニバス様は僕のために、手作りの屋台まで残していってくれた。
自己紹介の時に、僕はカレー職人を目指してますって言ったんだけど、ユニバス様はそれを覚えていてくださったんだ。
カレイラはグッと拳を握りしめ、やる気を出す。
「僕はやるぞぉ、『ユニバスカレー』を世界中の人たちに広めるんだ。そうすれば、ユニバス様の偉大さが……」
「お願いします、お願いしますぅぅ!」
泣き叫ぶような声がして、カレイラは足を止め、その方向を見やる。
そこは町の広場で、ひとりの罪人が晒し者になっていた。
罪人はガリガリに痩せているというのに、コタツのテーブルくらいありそうな巨大な木枷をさせられており、中央から顔だけ出ていた。木枷の四隅には、テーブルの足のようなものが飛び出している。
カレイラはつぶやいた。
「あれは、『木の精霊刑』……!?」
――ほとんどの国では、下級精霊に対する人間の犯罪は罪に問われない。
だが人間や上級精霊への罪で罰された者には『余罪』として、下級精霊たちにしたことの罪が上乗せされる。
その執行も、下級精霊たちが自ら行なうという決まりがある。
それが『精霊刑』だ。
「でも……」と、カレイラ。
「木の精霊たちは穏やかだから、この国では精霊刑が執行されたことは過去にいちども無かったのに……。あの人、よっぽど精霊たちを怒らせたんだろうな……」
罪人は泣き叫びながら広場をさまよい、道行く人に訴えている。
「お……お願いです! もうずっとなにも食べていないんです! どうか、どうか、食べものを恵んでくださいっ!」
――木の精霊刑は、罪人に木枷を付けて、町で晒し者にする刑だ。
罪人は木枷のせいで自力では食事ができず、物乞いをするしかない。
しかも枷から木の精霊が生命力を少しずつ与えているせいで、餓死もできない。
餓死の苦しみだけが、ずっと続くのだという。
罪人は通りがかった若者たちに跪き、テーブルの下で両手を拝むように合わせて、食べものを恵んでくれと泣きすがる。
若者のひとりが「ほらよ!」とパンを地面に投げてやると、罪人は犬のように飛びついた。
しかし木枷が邪魔で、地面のパンは食べられない。
逆立ちしたところで、枷の足がつかえて届かないのだ。
それでも罪人は必死になるあまり、逆立ちをする。テーブルに突き刺さった人のような体勢で、両足をじたばたさせ、底から出した顔で舌をベロベロやる。地面のパンに、なんとかありつこうと。
が、届くはずもない。
その姿を見て、若者たちは大爆笑している。
罪人は屈辱にまみれ、肩を震わせていた。
そこへ、通りがかった女性が駆け寄った。
「可哀想じゃない、意地悪するなんて! 食べものをあげるから、ほら、口を開けて!」
罪人は「あ……ありがとうございますっ!」と口を開ける。
直後、その口に詰め込まれたのは、画びょうだった。
「ぐえええっ!? げほっ! げほっ!」
血とともに画びょうを吐き出す罪人。
女は笑い、通りすがりの者たちもそれを囃し立てている。
カレイラだけが、憐れみの視線を向けていた。
「可哀想に……。でも、あそこまで大きな枷となっているということは、木の精霊たちは本当に怒っているんだろう……。あの人はいま、当然の報いを受けているんだ……」
罪人と、ふと目が合った。罪人はハッ!? と驚いたあと、一縷の希望を見たような顔になる。
「かっ……! げほっ! れいっ……! ぐはっ! らっ! たっ……たすけ……!」
罪人はカレイラの名を呼んですがろうとした。しかし口からは、掠れた息が漏れるばかりであった。
カレイラも、ハッとなる。
――あの人はもしかして、カレーキング様……!?
そう思ったのだが、罪人が身体を起こした拍子に、垂れ下がった胸の皮に書かれたタトゥーが見えた。
――『PAWN』……。なんだ、別人か。
カレイラはかぶりを振ると、気を取り直して屋台を引いた。
広場から遠ざかり、人混みに消えていく屋台。
最後の希望に見捨てられた罪人は手を伸ばし、掠れた声とともに、今生の別れのような言葉を絞り出す。
「お……おつ……! カレぇぇぇぇっ……!」
消えゆく星のような、ひときわ輝く涙があふれ、頬を伝った。
















