16 精霊姫と混浴、そして代理勇者の末路
俺の『精霊たらし』のスキルのおかげで、井戸の精霊イドオンはご機嫌になった。
そして彼女のおかげで、長きに渡ってこの村に伝わっていた『勇者伝説』は終わりを告げる。
村長たちは驚いていた、「まさか勇者様が、そんな無能だったなんて……」と。
そして、この俺に辛く当たっていたことを謝罪してくれた。
なにはともあれ万事解決ということで、俺たちは村へと戻る。
イドオンは井戸のそばから離れられないので、名残惜しそうにしていた。
俺は彼女と約束する。
「この村を出るときに、必ずまた会いに来るよ」と。
そして村長は俺に対し、手のひらを返したような態度になった。
「いやあ、ユニバス様はこのあたりの村々を救ってくださった英雄じゃ!
どうか、この村でごゆるりとなさってくだされ!」
この村に来たばかりの頃は、村長は代理勇者と共謀して、俺を馬小屋に放り込む気マンマンだった。
しかし真実が明らかになったあとは、俺を村の宿のいちばんいい部屋に案内してくれる。
村の宿は村おこしのために新しく作られたものらしく、オープン前で客はいなかった。
女将に勧められて入った風呂は半露天で、誰もいなくて広々と使えて気持ちいい。
宿は少し小高い丘にあるので、村を見渡せて景観も抜群。
空には吸い込まれそうな星空が広がっていて、素晴らしいの一言。
しかし少しでも視線を落とすと、眼下の村でライトアップされている勇者像が目に入ってくる。
そこだけはイマイチだと思った。
地の精霊たちも一緒に湯船に浸かり、アヒルのオモチャのようにプカプカと浮いている。
彼らと今日一日の労をねぎらい会っていると、カラカラと戸が開く音がして新しい客が入ってきた。
男湯は貸し切りかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
編んだ髪の小さなシルエットは、身体にバスタオルを巻いていた。
その華奢なフォルムに、俺はあっと声をあげる。
「ティフォン……ここ、男湯だぞ?」
「となりからユニバスくんと地の精霊さんたちの楽しそうな声が聞こえたから来ちゃった。
わたしも一緒に入ってもいいでしょう? 女湯は誰もいなくて寂しくって」
俺が「まあ、いいんじゃないか」と言うと、ティフォンは「わーい」と白い爪先を湯船ちゃぷんと浸ける。
彼女は身体を湯船に沈めながら、俺に肩が触れるくらいの距離まで近づいてきた。
「ああ~っ、気持ちいい。今日一日の疲れが溶けていくみたい」
「今日はいろいろあったもんな」
「うん、それに本当だったら今頃は、あのへんな勇者と一緒にお風呂に入ってたはずなんだ。
勇者のヤツ、毎日いっしょにお風呂に入って背中を流せとか言ってたんだよ!
それをしなくてすむと思ったら、余計に気持ちがいいなぁ~!」
心からせいせいしたように、両手を上げて伸びをするティフォン。
すべすべした脇と、ほっそりした鎖骨。
その下にあるバスタオルがはだけ、ふっくらとしたラインが見えそうになっていたので、俺はとっさに目をそらした。
俺の気づかいも知らず、ティフォンはずいと顔を寄せてくる。
「あ、そうだ。勇者で思いだしたんだけど、イドオンちゃんにボコボコにされてた勇者って、本物の勇者じゃないよね?」
「ああ、あれは『代理勇者』だよ」
俺は『代理勇者』の制度について、ティフォンに説明してやった。
『代理勇者』というのはその名のとおり勇者の代理で、世界各地に存在している。
勇者の威光を与えられた者として、各地の勇者関連のイベントに登場したり、また問題などを解決するという役割。
ちなみにオーディション制で、毎年多くの若者たちが勇者代理になるのを夢見て参加しているらしい。
その審査はとても厳しく、容姿や能力だけでなく、家柄や親の資産なども問われるという。
「へぇぇ、そんなのがあるんだ……。わたし、最初見たとき本物の勇者かと思って、うげってなっちゃった」
そして話はすこしそれるが、精霊というのは、ほとんどの人間の区別がつかない。
人間と精霊の学者の共同研究によると、精霊は人間の姿形を見ていないという。
『エーテル体』という、人間の目には見えない霊体のようなものを見て、人間の個体識別をしているらしい。
そしてそのエーテル体というのは、持ち主が好感を抱いている相手ほど、鮮明に見える。
たとえばある精霊が、とある人間のことを知りたくても、人間側がその精霊に好意を抱いていなければ、精霊側はその人を個人として認識できない。
多くの精霊は人間が好きで奉仕しているというのに、人間側はそれが当たり前だと思って感謝しない。
だから精霊はずっと片想いを続けているというわけだ。
ティフォンが代理勇者を見たときに、本物の勇者と勘違いしてしまったのは、そういう理由からである。
イドオンが代理勇者をボコボコにしたのも、精霊たちの中では『一緒くたで勇者に見えている』からに他ならない。
話の最中にふと、ティフォンが湯船から身を乗り出し、丘の麓にある村のほうを指さす。
「あれ? あそこにいるの、代理勇者じゃない?」
視線をやると、たしかに代理勇者の若者が、夜の村をさまよっているのが見えた。
なぜかイドオンにやられた時以上に顔はボコボコになっていて、身に付けていた立派な装備は剥ぎ取られ、ボロボロの下着姿。
最後に残った勇者の冠がなければ、ゾンビかと勘違いしてしまいそうな有様。
彼は今にも倒れそうにフラフラと、とある民家の戸にすがっていた。
「お、おねがい……お願いです……今夜、ひと晩だけでも、泊めて……」
しかし、ガラリと開いた戸から突き出た足に蹴られ、勇者は吹っ飛ぶ。
続けて現れた家の主は、鬼のような形相だった。
「お前、イドオン様にたいそうやられたそうじゃないか!
そんなヤツを泊めたりなんかしたら、また井戸が涸れちまうよ!」
「ううっ……そんな……! お願いです、馬小屋でもいいですから……!」
「ダメだダメだ! さっさと出ておいき! あっ! それは村で用意した冠じゃないか! 返せっ!」
「そ、そんな、これまで奪われたら、俺はもう勇者だってわからなくなってしまう……!」
代理勇者は足蹴にされながら、とうとう王冠まで剥ぎ獲られてしまっていた。
ピシャリと戸を閉められ、勇者はそばにあった井戸にしがみついて立ち上がる。
「の、喉が……! 喉がかわいて死にそうだ……!」
彼は、つるべをたぐって水を飲もうとしていたが、
……どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
井戸の水が突如として吹き出してきて、空に打ち上げられていた。
きっと、イドオンの仕業なのだろう。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
冷たい!? 寒いっ!? 死ぬっ!? 凍え死ぬぅぅぅぅぅーーーーーーーっ!?!?
誰か!? 誰かっ!? 助けてくれぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
変わり果てた勇者の泣き叫ぶ声が、村中にこだまする。
俺たちはポカポカの湯船に浸かり、打ち上げ花火のようにその様を眺めていた。
俺の肩に頬を寄せながら、とろけきった様子でティフォンが言う。
「お風呂は気持ちいいし、景色も最高だねぇ。
いまわたし、とっても幸せだよ……。
ああっ……勇者と精婚しなくて、本当によかったぁ……」
なんと! みなさまの応援のおかげで、ハイファンタジー日間ランキングで2位になることができました!
これは私にとっての最高記録です! 本当にありがとうございました!
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